アリス イン ザ ピッチ ダークネス その六
全てが夢のようだった。いい夢か、悪い夢かはわからない。ただ夢のように過ぎて、ただ残ったのは、暗い現実だった。
あれから一週間滞在していたホテルからアリスは追い出され、自分の住んでいた汚れきったアパートに戻るとその部屋全てを買っても余るほどの宝石や衣服や装飾品などを汚らしいベッドの上に投げた。
散らかった部屋のクローゼットからまだ着られそうな服を出すと、高級な服から着替えた。酷い安っぽいシャツだったが、これしか汚れていないものはない。他はもう洗うことも出来ず放っておいたせいでカビまで生えている服までがあったのだから。
部屋の隅にあるゴミをどけて腰を下ろすと、前には古い注射器が見えた。それは一ヶ月前、少女達に止められたときのものだろう。針は既に折れていて汚れていた。中にはクリスタルの粉が見えていたが、これを使えば確実に感染症となるだろう。
ふとアリスはクリスタルを使いたくなった。すると自然と鞄に手が伸びて、そこにある茶封筒を掴んでしまう。
封筒の中には何万かわからないが、ドルの札束が入っていた。何ポンドになるか想像もつかない。これだけあればアリスが必要としているクリスタルの値段など大した額じゃない。一生分のクリスタルに困らないような気がした。
アリスは立ち上がり、慌てるように外に出る。今は昼間だから、買おうと思えば地下鉄に乗って少し遠くのバイヤーのアジトまでいかないといけない。けど、それも大した道のりじゃない。
外に出て地下鉄に乗り、街に出れば人が沢山歩いている。誰もアリスを見ようとはしない。誰もアリスのことを知らない。
街の外に出てアリスは高いビルや人々の中に立ち、見渡す。
闇だ。
アリスの現実には、もう闇しか存在していない……
…………!
めい一杯、アリスは紙幣の入った袋を高く上方に投げた。これまでの自分では考えられないほどの、まるで脳筋少女のような腕力で、空に何百もの紙幣を放り投げたのだ!
纏まっていたそれは、放物線の一番てっぺんで止まると散らばり、風もない都会のアリスの上にばらばらと落ちていった。
辺りに居たものは騒然となって彼女を見た。
だが今度はアリスが彼らを見たりはしない。
アリスが彼らのことを見ないで、そして踊り出した。
アリスはあの少女達の正体に気がついた。
彼女達はもう一度アリスを踊らせる為にお父さんが送った天使だったに違いないのだ!
ばらばらになった散らばった紙幣を見て幾らもの人々が彼女の周りに屈む。その中心で狂い舞うアリスの踊りは、まさにニヴル・ヘルを思わせるような呪わしい狂気的な、だがアリス自身が美しいと思えるような最高の踊りだ。
アリスはまさに闇を踊った。
幾ら者見物人と紙幣を拾う人々の中心で、警察が現れるまで踊り羽ばたいた。
たった一人、踊りを見せたかった父親のために。




