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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
ネトゲは戦争に入りますか?
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ネトゲは戦争に入りますか?その七

 秀樹とロキが出会って二ヶ月の三週間が立とうとしていた。散々考えて、現実的じゃないのだろうとも思い、それに想像のようにはいかないのではないかとも思ったが、それでも一度決めてしまったら他のことは浮かばない。


 その日は朝からロキ達と共に新メンバーの育成を行った。課金アイテムと効率化により三日間でレベルをカンストさせることに『名古屋県民市民団体』は成功していた。同じ方法は誰にもすることは現実的ではないだろう。故に真似をされる心配も無い。


 育成は夜の二時まで永遠と続き、解散となった。メンバーのほとんどがログアウトしたのを見ると、秀樹はロキだけにVCを送った。


「ん……どうしましたか」


 倦怠に満ちたようなロキの声がした。前日からボスを休まず狩った後に合流したので仕方の無いことだろう」


「ごめん。疲れてるなら明日にするよ」

「どうせいつでも疲れてますから。それで用件は?」

「その……なんて言ったらいいんだろうか」


 VCを送った時から秀樹の疲れはどこかに飛んでいる。なのに疲れと眠気はまだここにあるから、頭痛などに形を変えて存在している。巧い言葉が秀樹の口からは生まれそうにない。だが、秀樹はなんとか形にしようとした。


「どうしましたか、何か私様が忘れてましたか?」

「……結婚しよう」

「……はい?」


 しまったと秀樹は自分のやらかしたことに全身の血液が沸騰する思いがした。


「いや……はしょりすぎた。その…ロキさん、一緒に暮らしませんか。もちろん現実での話です」

「罰ゲームですか。その手の冗談、あんまり好きじゃないんですが」

「違う。本気だ。本気なんだ。ロキさん、俺は貴方が好きなんだ」

「……ふえ? だけど、無理じゃないですか」

「無理じゃない」

「無理ですよ。だって、さらまんどさん、無職ですからね」

「働くよ」

「え?」

「就職するんだ。それで、君の生活費を養う」


 絶句したような息の音を秀樹は聞いた。どうやら秀樹の本気がロキに伝わったようだった。


「ちょ、ちょ、ちょ、え? 就職って? だって、それじゃ『ヨトゥン・ヘイム』出来ないじゃないですか。まさか、その……え? ゲーム内で?」

「プログラマーに再就職することは難しいかもしれない。だけど働こうと思えばどうにでもなる。拘るつもりはない。だけど、絶対にロキさんを養うだけの金は稼いで来るよ」

「あの、それじゃだめなんですけど、え? え?」

「それならロキさんはお姉さんの支援無しで今の生活が続けられる。確かに俺は同じようにゲームはできないけど、その間ロキさんが『ヨトゥン・ヘイム』をプレイしているのなら、最高に幸せなんだ。だって、懸命にゲームをしているロキさんが好きなんだ!」


 これが秀樹の考えうる最大の告白だった。だが、それこそが秀樹というちっぽけな常人がロキという少女の感情を現実から守る最大の方法だった。


 VCで流れた秀樹の言葉。一言一句嘘が混ざっていない。口にして恥ずかしいほどの告白で全ての関係を壊してしまうような言葉。それでも伝えないでいることが秀樹には出来なかった。


「そ、あの……だ、駄目駄目駄目駄目駄目! 『ヨトゥン・ヘイム』に集中しないとか駄目だから! 何、就職って、おかしいじゃん! な、何でそうなるの!」

「すぐ返事を聞こうだなんて考えてない。だけど……その、考えてくれないか」

「駄目! 就職して『ヨトゥン・ヘイム』の時間を削るなんて駄目だって! そんなこと、絶対に許さねえからな!」

「なんかロキさんの本当の言葉が聴けてうれしいよ。いつもは、ですますだったから」


「何、そりゃそうですがね……ああ、もう! 待つまでもねえよ! 駄目だ! もしも就職の面接に行ったらそれだけでてめえとはおさらばしてやる! クランも抜けて二度とてめえとは会わねえし、スカ〇プのフレンドだって解除してやるよ! だが続けるってんなら、付き合ってやるよ! 生活費が気になるなら金だってやるよ、一億でも十億でもな! これで一生『ヨトゥン・ヘイム』出来るだろ! そうだろ!」


「じゃあ、その一億でロキさんと一緒に住めるのか」

「そ、そりゃ駄目だ。だってよ、それじゃ、オーディンの施しを受けることになっちまうから……てめえなら、そりゃ兵の生活を保障するのは重要だから……駄目、ですか」

「それじゃ駄目なんだ。駄目、なんだ……」


 口にして秀樹は自分がどうしたいのか分からなくなってしまった。確かに一億を貰ってゲームへ没頭することは出来るのかもしれない。普通ならそんなうまい話は存在しないと思うのが普通だが、ロキならばという信頼感から生まれる選択ではあった。しかし、それでは駄目であるように思えた。そこが全部、何もかもがぐしゃぐしゃであるようだった。


「ともかく、最近狩りばっかで疲れてるんだよ。ですよ。そう……だから、今日は寝ましょ? じゃあ、また明日に!」


 ロキの方も混乱と平穏が混ざったように丁寧語へと無理矢理戻したようだった。


 切れたVCの終わりの静寂を秀樹は聞くと、マイク付ヘッドホンを外してキーボードの置かれたテーブルに肘をつき顔に手を当てた。もう何も考えたくは無かった。




 翌日の『名古屋県民市民団体』の活動は無かった。秀樹もロキもログインしなかったからだ。


 まだクランに入っていないキャラクターを秀樹は起動させた。このキャラを作ったのは大分昔で、ロキと出会ってからは一度もログインさせていなかった。装備も貧弱で、レベルも低い。アース族の戦士だった。


 そのキャラで秀樹はフレイアの岩場付近でゴブリンを殴っていた。黙々と、課金アイテムを一切使わず、黙々と。


 倒れるゴブリンを幾らも眺めながら、こんな日々をずっと送って来たことを思い出した。あの頃はもっと効率は悪かった筈だ。レベル50であっても、二日かかったのだ。だけど秀樹はそんな日々を続けていたのだ。


 その狩りも30分もしないうちに切り上げて、街に戻り、そのまま放置した。非効率に見るのは時間の浪費だ。この時間にいつもの狩り方ならばもうレベル20はあがっているのだろうという、時間の浪費に対する苛立ちだ。馬鹿馬鹿しい苛立ちだ。ゲーム自体が、時間を浪費することだけが目的だというのに。


 放置しながらネットを巡回し、スルトの動画を眺めて、幾らものブログを秀樹は見た。もう自分の考えは決まっていた。



 

 深夜に至って秀樹は『名古屋県民市民団体』へとログインした。アクティブは何人もいる。だが秀樹はロキだけにVCを送った。既にロキはアースガルズにいたので、すぐにVCに出た。


「こんばんは。少しくらいは頭、冷えましたか」


 ロキの声の少しだけ秀樹は貯める。


「ああ、一晩寝て、ずっと考えて、結論が出たよ」

「そうですか。じゃあもう変なことを言わないで、一時間後に沸くテュールを巨人垢で倒しに行きましょう」

「きっと駄目なんだ。これだと、やっぱり」


 沈黙が流れた。不思議な、しかし冷たくは無いと秀樹は思った。


「ロキさん、やっぱり駄目だ。確かに今の生活を続けるのは出来る。だけど、やっぱりこれだけじゃ駄目なんだ。現実の俺は、ずっと立ち止まっていた。だけどロキさんと一緒に『ヨトゥン・ヘイム』を走り抜けて思ったんだ。もう現実でも歩き出さないと駄目なんだ。そうじゃないと、俺はどうしてロキさんと一緒に狩りが出来るっていうんだ。駄目なんだ……俺はロキさんが好きだから、このままじゃロキさんと『ヨトゥン・ヘイム』をプレイできないんだ……きっとそれが昨日の答えだったんだ。だから……やっぱり、就職するよ」


「……もう私様とは会えなくなりますよ。課金アイテムだって……」


「もう送ったんだ。履歴書を」


「……それが答えですか」


「なあ、ロキさん。俺は必ずロキさんに見合う男になる。確かにロキさんにとって『ヨトゥン・ヘイム』をやってない俺には何の価値もないのかもしれない。それでも……」


「もういいですよ。終わりです。終了です。じゃあさようなら」


 クランのチャットに『ロキ@ヨルムンガンドがクランを抜けました』というシステムログが現れた。途端にクランの構成員の混乱するようなチャットが入り混じった。秀樹への個人チャットも飛んできた。秀樹は、それを全部無視した。まだロキとのVCは切れていないのだ。


「ロキさん。必ずまた会いに行きます。絶対に」


 不思議なほどに秀樹の心は安堵していた。安堵の正体は分かっている。


 ロキは秀樹の好きなロキに他ならない。秀樹の好きなロキはやるといったらやるのである。秀樹におかまいない。絶対に秀樹には届かないような、憧れの英雄ロキはそのような少女なのだ。


「二度と会わないと思います。だけど、今でも私様はさらまんどさんはヴァルハラに相応しい戦士だと思っていますから」


 それを最後にロキはVCを切った。フレンドもスカ〇プにもロキとの繋がりは秀樹から完全に消え去った。

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