19、立つ!
ベートーベン交響曲第九番。略して「第九」で、第1楽章から第3楽章まで座って待機している合唱の話を書いた。
さて、第4楽章がきたら合唱の出番だ。
ただし、すぐに出番があるわけではない。
第3楽章から第4楽章は、いつのまにか曲が移っている。聞いていて明確に「ここから第4楽章」と分かる人はあまりいないと思う。
それで第4楽章の、あるタイミングで一斉に「ザ!」と立ち上がることを決めておく。その立つだけの練習も実はかなりやってある。
ゆったりとした第3楽章で眠くなっていても、第4楽章に入ると、そわそわとし出す合唱の私たち。
椅子にどっかりと座っているとザ!と立ち上がれないので、その時に向けて少しばかり尻の位置をずらしてスタンバイする。
そしてその音が聞こえた瞬間、指揮者の合図もなしに立ち上がるのである。
眠さに負けてうっかり立ち上がらないなんて恥ずかしいことにならないように、それはそれは緊張の一瞬である。
♪ジャーン♪
と聞こえると、合唱が全員立ち上がる。
その時、緊張のあまりか、今まで長時間座っていたせいか、時々立ちくらみを起こす人がいる。
私が初めて第九の合唱に乗った舞台でも、ソリストの後ろにいた男子が立ち上がった瞬間に貧血で倒れた。
ソリストにぶつかってしまったのに、ソリストはまるで何もなかったかのように立っていた姿が印象的だ。
そして、ぶっ倒れた男子は、最前列の合唱団にバケツリレーで運び出されたのだった。




