↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷徹なサイボーグ社長とただの契約社員の私が入れ替わったのは、生理初日でした  作者: 名前はまだない


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/55

第五十五話:言質の回収

翌朝。

里桜は、自分の部屋のベッドで、ひどい頭痛と共に目を覚ました。


「……うう」


重い頭を押さえながら、のろのろと身体を起こす。

昨夜は、人生で一番美味しい(そして高価な)フレンチを食べた。

美味しいワインもたくさん飲んだ。

そこまでは覚えている。

だが、その後の記憶が、ところどころ抜け落ちている。


(……私、どうやって帰ってきたんだっけ)


服は部屋着に着替えてある。

たしか、湊の車で家の前まで送ってもらい、彼に肩を貸してもらって部屋まで……。


「っ!」


里桜は両手で顔を覆った。

断片的な映像がフラッシュバックする。

湊のスーツの袖を引っ張った記憶。

至近距離で見つめられた記憶。

そして、自分がものすごく、とんでもないことを口走ったような気がする。


(私……何か変なこと、言わなかった……よね?)


ベッドの上でもだえているうちに、始業時間が近づいてくる。

里桜は慌てて準備を整え、二日酔いの頭を抱えながら、なんとか本社ビルへと向かった。


◇◇◇


同じ頃、最上階の社長室。

湊は、すでに今日の必須決裁を凄まじい速度で片付け終え、デスクの上の時計をじっと見つめていた。


午前八時四十分。

そろそろ、彼女が出社している時間だ。


「神崎」

「はい」

「事業開発本部に連絡しろ。佐伯里桜を直ちに社長室へ呼べ」


即答だった。

しかし、神崎は微動だにしなかった。

中指が、静かに眼鏡のブリッジへ向かう。


クイ。


「却下いたします」

「……何?」

「社長。昨日異動してきたばかりの女性社員を、二日連続で、しかも朝一番に社長室へ呼び出す。これが社内でどのような憶測を生むか、お分かりですね」


湊の眉間に、不機嫌な皺が寄った。


「業務上のヒアリングだ」

「昨日済ませております」

「追加の確認事項が発生した」

「ならばメールで済むはずです」

「口頭で直接確認する必要がある」

「公私混同です」


神崎は一歩も引かなかった。


「彼女の社内での立場を守るという観点から、公式な呼び出しは私がストップいたします。……どうしてもとおっしゃるなら、ご自身のツールで、非公式かつ誰の目にも触れない形でご勝手にどうぞ」


神崎はそれだけ言うと、一礼してさっさと退室してしまった。

湊は舌打ちしそうになるのを堪え、手元のスマートフォンを手に取った。

確かに、神崎の言う通りだ。僕の理性が少々ショートしかけていた。


湊はメッセージアプリを開き、里桜のトーク画面をタップした。


◇◇◇


事業開発本部のフロアに到着した里桜は、自分のデスクに鞄を置いた。

始業まであと十五分。

二日酔い用のドリンクを飲もうとしたその時、バッグの中のスマートフォンが震えた。


画面を見ると、『湊』の文字。

里桜の心臓が大きく跳ねた。


『出社したか』

『うん。今着いたところ』


文字を打ちながら、里桜は意を決して尋ねた。

昨夜の記憶の空白が、どうしても気になって仕方がない。


『あのさ、湊。私、昨日……何か変なこと言った?』


数秒後。

既読がつき、すぐに返信が来た。


『僕を好きだと三回言った』

「…………ッ!」


里桜はスマートフォンの画面を伏せ、机に突っ伏した。

(嘘でしょ!? 三回!?)


『それから』


追撃のメッセージが届く。

恐る恐る画面を見る。


『キスを要求した』


(死にたい)

里桜は両手で顔を覆い、本気で床に沈みたくなった。

どうしてそんなことを。

いくら酔っていたとはいえ、恥ずかしすぎる。


『あれはノーカン! 酔ってたから!』

『僕は「明日、シラフに戻った時にもう一度同じことを言え」と伝えたはずだ』

『覚えてない!』


必死の抵抗だったが、次のメッセージで完全に退路を断たれた。


『8:45。24階の北側、旧資料室に来い。監視カメラの死角だ。誰も来ない』

『行かない!』

『来ないなら、僕が今からそのフロアへ行く』


「…………っ、この横暴社長!」


里桜は小声で悪態をつきながら、周囲を気にしつつ、逃げるようにフロアを出た。


◇◇◇


二十四階、北側の旧資料室。

普段は誰も使わない、薄暗く狭い空間。

里桜が重い扉をそっと開けると、そこには既に、隙のないスーツ姿の湊が立っていた。


「み、湊……」

「遅い」


一歩足を踏み入れた瞬間。

湊の長い腕が伸び、里桜の腕を引いた。

バタン、と背後で扉が閉まる。


「ひゃっ」


気づけば、里桜の背中は冷たい壁に押し付けられ、目の前には湊の硬い胸板があった。

両手は壁に手をつかれ、完全に逃げ道を塞がれている。

いわゆる、壁ドンというやつだ。

だが、相手が高橋湊となると威圧感が桁違いだった。


「み、湊、あのね……」

「言質は取ってあると言ったはずだ」


湊の顔が近づく。

漆黒の瞳には、昨夜からずっと押し留めていた獰猛な熱が、隠しきれないほど渦巻いていた。


「シラフでも、同じリクエストか確認したい」

「っ、だから、あれは酔ってて……」

「酔っていなければ、したくないのか」

「そうじゃなくて……!」


里桜は真っ赤な顔で視線を泳がせた。

逃げたい。

でも、逃げられない。

それに、こんなに熱い目で見つめられて、彼の香りに包まれて。

本当は、したくないわけじゃない。


「……したい」


消え入るような声だった。

湊の動きがピタリと止まる。


「……聞こえないな」

「……したい、です……」


里桜がぎゅっと目を閉じ、震える声で要求を承認した、その瞬間。


「……ッ」


湊の理性が、完全に焼き切れた。

重なる唇は、昨夜のレストランでの額へのキスとは比べ物にならなかった。

甘い。熱い。

そして、容赦がない。

里桜の腰を抱き寄せ、壁と自分の身体の間に完全に閉じ込めるようにして、深く、何度も角度を変えて唇を奪う。

前夜、ギリギリで寸止めした分の飢餓感をすべてぶつけるような、圧倒的で深い口づけだった。


「んっ……ぁ、みな……と……」


里桜の膝から力が抜け、湊のスーツの胸元をぎゅっと掴む。

二日酔いの頭が、今度はアルコールではなく、彼の熱で完全に真っ白に溶かされていく。


(だめ、これ、ほんとに……)


息が続かない。

本気で食べられてしまう。

里桜が限界を感じて小さく身をよじった、その時。


「……っ」


湊が自ら、荒い息を吐きながら唇を離した。

里桜は壁にもたれかかったまま、肩で息をする。

顔は熱で茹で上がったように赤く、瞳は潤みきっていた。


湊は、里桜の肩に顔を埋めたまま、左腕の高級時計をチラリと見た。

午前八時五十三分。始業まで、あと七分。


「……タイムオーバーだ」


低く、ひどく掠れた声だった。

これ以上触れれば、本当にこの資料室で彼女を抱いてしまう。

それだけは、彼女のキャリア立場を守るためにも絶対に避けなければならない。


湊はギリギリで自制心を取り戻し、里桜の乱れた髪をそっと直した。


「……続きは、仕事の後だ」

「えっ……」

「定時で終わらせろ。迎えに行く」


湊はそれだけ言うと、里桜の額に軽くキスを落とし、颯爽と資料室を出て行った。


残された里桜は、壁にへたり込んだまま、しばらく動けなかった。

顔が熱い。心臓がうるさい。唇には、彼の熱がはっきりと残っている。

始業のチャイムが鳴る。


「……むり」


本社勤務、二日目。

里桜は、朝一番から完全に使い物にならなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後までお読みいただき、ありがとうございます! 「面白かった」「続きが気になる!」「二人のやり取りが好き」など、少しでも楽しんでいただけましたら、ページ下部の**【ブックマークに追加】と、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして**応援していただけると大変励みになります。 皆様の応援と評価が、毎日の執筆と更新の最大の原動力です。 何卒よろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。