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TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情  作者: 桜木桜


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第33話

 ロゼリアが山中を泥だらけで歩いている頃。 


トルーニヤ城より北、ラークノール公爵領のとある城にて、二人の男が机の地図を広げ、向かい合っていた。

一人は城主であるトール・エル・ラークノールであり、もう一人は彼の側近にして教育係のコートレイルである。

 地図の上には色付けされた石が配置されている。


 それは帝国軍やクーランベル伯爵軍など、ブドゥーダル公爵領で発生中の動乱に関係する勢力の配置を示している。


「……今からロゼリア姫を救援に向かうのは、やはり不味いか?」


 コートレイルは主君の質問にどう答えようかと悩んでから、首を縦に振る。


「はい。若様がロゼリア姫を己が伴侶としたいのであれば、お勧めいたしません」

「……む? 助けに行ったら、むしろ好感度が上がる気もするが」


 「トール殿……ありがとうございます。その、これはお礼です。……チュ♥」という妄想がトールの脳裏を駆け抜ける。

 危うく口元を緩ませかけたトールは、慌てて表情を引き締めた。


「もっと良い手がございます」

「聞かせろ!」

「休戦協定を破り、このまま一気にトルーニヤ城へと攻め込むことです。そしてロゼリア姫を捕縛します」

「な!」


 コートレイルの提案にトールは不愉快そうに眉を顰めた。


「……そんなやり方で、ロゼリア姫が俺との結婚に同意してくれるとは思えんが」

「そうですか? 腹が膨らめば、自然と同意する気になると思いますが」

「腹……? ……まさか」


 コートレイルの言葉の意味に気付いたトールの体から魔力が溢れ出る。

 強い怒りと殺気の魔力だ。


「貴様、そこからは慎重に言葉を選べ」

「孫娘の膨らんだ腹を見れば、プルーメラ大公も諦めるでしょう。ブドゥーダル公国を取り戻すために若様の協力が必要となれば、ロゼリア姫も積極的に若様を愛してくださるかと」


 西大陸において、結婚とは性交渉を意味する。 

 よって、性交渉が成立すれば結婚も成立したと推定することが可能だ。

 無論、夫婦となるには双方の同意が必要とされるのが慣習だが、これは“後から”でも問題ない。 

 この世界においては“誘拐婚”と呼ばれる手法である。

 戦乱の時代には当然のように横行しており、現在でも騎士以下の階層で行われることがある。

 これはこの世界の倫理観的にも犯罪行為である。

 が、しかしこの世界では「自力救済」「実効支配の原則」が優先されるため、犯罪行為であっても既成事実が出来上がれば、認められる傾向がある。


「いかがでしょうか?」

「……」


 トールはコートレイルを強く睨みつける。

 怒りの形相はそのまま、しかし魔力によって観測される感情の波は少しずつ収まっていく。


「そのような野蛮なやり方……今の時代には通用しないだろう。俺はお爺様やお父様の悪癖を習うつもりはない。外交的な孤立を招く」


 そもそもトールが欲しいのは、ロゼリアの心だ。

 肉体を手に入れる代わりに、彼女に嫌悪されるような選択肢を取る気にはならなかった。


「しかし……俺が今から、トルーニヤ城へと押しかければ、ロゼリア姫から誤解を受けることは理解した。彼女の足を引っ張るだけだ。忠言、感謝する」

「ご理解いただけて何よりです。彼女のことを思えば、信じて静観するべきかと」


 当然ではあるが、コートレイルも本気で「ロゼリアを犯せ」とトールに勧めているわけではない。

 先ほどの提案は、「周囲からそうとしか見えないからやめておけ」という遠回しの忠言である。


 「ロゼリア姫を助けるため」という理由で軍を動かしたとしても、誰も信用しない。

 下手な侵略の大義名分としか捉えられないだろう。

 ロゼリアを助けるどころか、ロゼリアと戦闘になってしまう。

 利するのは帝家である。


「だが、このまま座して待つ気にはならん」


 もしロゼリアがクーランベル伯爵やバールドに捕縛されてしまえば、彼女がどうなるか……。

 考えただけでトールは脳みそが破壊されるような気分になった。


「今、戦局を左右できるのは我々だ。中立を維持するのはせっかくの機会を肥溜めに捨てるようなもの」


 今のラークノール公爵家は帝家と協調してブドゥーダル公国を攻めることもできるし、ブドゥーダル公国を助けて恩を売ることもできる。

 外交的にどう動いても利益を得られる状況で静観するのは勿体ないとトールは考えていた。


「ロゼリア姫の助けとなり、感謝される……恩を売る策はないか?」


 トールの問いにコートレイルはしばらく考え込み、それから答えた。


「ないことはありません」

「教えろ」

「ご自身の愛する女性を救う術は、ご自身で考えるべきかと」


 コートレイルの言葉にトールは眉を寄せる。 

 本来、主君のために策を提案することは騎士の仕事の一貫だが……。


「若様の個人的な野望のために、騎士に死ねと命じるのです。それを説得するためには、若様が自ら考え、道を示さなければ。騎士たちも動こうとは思わないでしょう」


 コートレイルは静観が無難であると主張している。

 騎士たちの殆どはそれを支持するだろう。

 それを覆すのであれば、相応の説得力のある作戦をトール自ら示すべきである。


「……貴殿のおっしゃるとおりだ」


 コートレイルに諭されたトールは地図を睨み始めた。

 数時間の思案のあと、トールはコートレイルに作戦を提案した。


「良い着眼点です。一部修正は必要ですが、大枠は問題ないかと。あとは実現できるか、否かでしょう」

「実現不可能だと?」

「それを判断するのは私ではなく、若様についていく騎士たちです」


 トールがどれだけやる気でも、成功する目算が高かろうとも、騎士たちがやる気にならなければ意味がない。

 コートレイルはそう伝えると、席から立ち上がった。


「どうぞ、演説内容を考えておいてください。私はできるだけ多くの騎士たちを集めます」


 斯くしてその作戦は決行された。

 





 帝国軍敗退の報が届いた翌日。

 ようやく、帝国領で何が起きたのか輪郭が掴めてきた。


 分かりやすくまとめると……。


・帝国軍がオーセン伯爵領に侵攻した隙をつき、ラークノール公爵軍が帝国へと侵攻。

・帝国が設けた物資集積拠点を破壊、その後、周辺地域を騎行で荒らし回る。

・帝国軍は慌てて撤退。撤退先でラークノール公爵軍と鉢合わせる。

・ラークノール公爵軍が勝利し、帝国軍は敗走。


 と、そんな感じである。

 箇条書きすると簡単に見えるが、一つ一つの要素について考えれば考えるほど、よくわからない。


「まず、ラークノール公爵領から、帝国領内の物資集積地までかなりの距離があります。……普通なら二週間は掛かる距離に見えますが。これはどういう魔法ですか?」


 私は地図を指さしながら、騎士たちに訪ねた。

 騎士たちが黙り込む中、騎士サンブラッグが重い口を開く。


「……いえ、少数精鋭の騎士、百以下の編成であれば、一週間まで短縮することが可能です」

「わたくしたちが行ったように?」

「いいえ。我々のように忍ばず、身体能力強化を用いた騎馬による強行軍の場合です」


 なるほど……?

 ツッコミどころはたくさんあるが、とりあえずそれを行ったと仮定しよう。


「しかしあなた方の試算では、トール殿はこの道程を四日で駆け抜けています。三日間はどこに消えたのでしょうか」


 常識的に考えれば二週間掛かる。

 無茶をすれば一週間まで短縮できる。

 しかしトール君はそこからさらに三日縮め、四日で駆け抜けている。

 試算間違えてない? 


「……これはあくまで、憶測ですが」

「はい」

「昼夜兼行での行軍であれば、さらに道程を縮めることは可能です」


 なるほど。

 夜、寝なければ実質、一日の長さは二倍というわけか。

 いや、そんな馬鹿な……。


「申し訳ございません、姫様。今の私の妄言はお忘れください。あらためて情報を集め直し、試算いたします」

「……いえ、一先ずは昼夜兼行で行動したと仮定しましょう。試算は新たな情報が得た時で構いません」


 気になるところは他にもたくさんある。 


「身体能力強化を施した部隊で行軍した場合、どこかで必ず捕捉され、迎撃されませんか?」


 派手に動けば必ず敵に見つかる。

 そしてあっという間に取り囲まれてしまい、敵中で孤立する。

 だから私たちは慎重にコソコソと行動したんだけど……。


「……驚異的な行軍速度であれば、敵の迎撃準備が整うよりも早く、これを打ち破ることは可能です」


 確かに昼夜兼行で動いているとは普通は思わないし、試算通りの進軍速度なら各個撃破はできるかもしれない。

 そういうことにしておこう。


「トール殿は百騎以下の少数の部隊で動いたとのことですが……帝国軍と会敵したラークノール公爵軍は五千だったそうですね。これはどこから来たのですか?」

「おそらく、海から河を遡上して上陸したのでしょう」


 騎士サンブラッグの返答は早かった。

 こちらは彼にとっては、さほど不思議な話ではなかったようだ。


「ご存知の通り、彼らのルーツはガルザァース人の海賊です。彼らは喫水の浅い船――ロングシップで海から河を遡上し、攻撃を仕掛ける戦術を得意としています」

「それは聞いたことがありますが……それは略奪が目的の、少数精鋭での攻撃ではありませんか?」


 数百人規模で河を遡って人間攫って帰るくらいはできるかもしれないけど。

 ラークノール公爵家が展開した軍勢は五千である。


「はい。五千の軍を上陸するならば、それなりの規模の港を事前に占領しなければなりません」

「……あぁ、なるほど」


 トール君が少数精鋭を率いて、敵中を突破し、物資集積地点兼港を確保。

 そこから五千の軍勢を揚陸させたということか。

 食糧は物資集積地にあったものをそのまま使えばいいわけだし、持ってくる物は最小限で済む。

 後からこうして説明されると、利にはかなっている。


「これだけ大規模な作戦……事前に練って置かなければ不可能ですね」


 最低でも二つ以上の部隊を動かしているわけで、綿密な連携や調整が必要になる。

 つまりラークノール公爵家は最初から、私たちと帝国が開戦することが分かっていたということだ。

 ……知ってたのに、教えてくれなかったのか。

 い、いや、別に傷ついてないけどね。


「……いえ、それはあり得ません。帝家がラークノール公爵家に重要な機密情報を漏らすとは考えられません」

「しかし五千の軍を動かす許可を父君に通すには時間が必要ではありませんか?」


 試算が正しければ、トール君は自身の拠点として与えられた城から即断即決の速度で動いている。

 ラークノール公爵に作戦を説明したり、許可を得ている時間はないはず。


「はい。ですから許可は得ていないでしょう。そもそもこのような作戦、ラークノール公爵が許可を出すとは思えません」

「しかしトール殿が単独で五千の軍を動かせるとは思えませんが……」


 トール君は私と同じように後継者指名を受けており、自分の宮廷と城、伯爵領の土地と爵位を持っている。

 彼は元々、帝国国境近くの城で防衛を任されていたので、百騎程度の騎士であれば、彼の独断で動かせるだろう。

 しかし五千の大軍となると、単独では不可能だ。


「おそらく、自分自身を人質に取ったのだと思われます」

「……どういう意味でしょうか?」


 私が首をかしげると、騎士サンブラッグは眉を顰めた。


「これは姫様には決して真似していただきたくない愚行ですが……トール様はラークノール公爵の唯一の嫡子です。彼が飛び出してしまった以上、ラークノール公爵はこれを見殺しにできません」


「それは……極めて危険な行為ではありませんか?」


 ラークノール公爵に見捨てられればトール君は死ぬ。

 もし援軍が間に合わなくても、トール君は死んでしまう。

 綱渡りのような行動だ。


「はい。これほどのリスクを負ってまで、帝国を攻撃する意図が……」

「それほどまでに、わたくしのことを想ってくださっていたのですね」

「「……」」


 不味い、口が滑った。

 私は自分の顔が強烈に熱くなるのを感じた。


「い、いや、その……そういう可能性もあるかなと。思いついただけというか……えっと、その、冗談です! いくらわたくしのことが好きだからといって、わたくしのために命を掛けて戦ってくださったなんて、決して考えているわけでは……」


 必死に言い訳したが、もう遅かった。

 騎士たちは私に言い聞かせるように「そんなことはありえない」「期待をするな」という趣旨の強い否定の言葉を口にした。 

 そ、そこまで怒らなくてもいいじゃん……。


「と、ところで、五千の兵で五万の敵を打ち破ったという情報もありますが、これは真実でしょうか?」


 私は強引に話を戻した。

 会戦で十倍の兵力差を覆すことは並大抵のことではない。


「現時点では詳細は不明ですが……例えば撤退を優先するあまりに帝国軍の隊列が伸び切っているとします。そこにトール様が奇襲もしくは強襲をしかければ、これを打ち破ることは可能です」


 十倍の兵力差を打ち破ったことについては、それほど不思議に感じていない様子だった。

 むしろ、トール君ならそれくらいできるだろうみたいな雰囲気だ。


「トール様は武闘派の戦う貴族。自分自身をも駒として戦場を自由自在に動くことができる将軍です。これを遭遇戦で打ち破ることは、同じ武闘派貴族でなければ不可能です」


 基本的に、この世界の戦争は遠距離から攻撃魔法を撃ち合うやり方が主流だ。

 私とバールド皇子がやったように、攻撃魔法を撃ち、それを迎撃する。

 少しずつ距離を詰め、平民兵を矢面に立たせ、接近戦に移行。

 先に陣形が崩れた方が負けだ。


 当然だが、この戦い方の場合は数が多い方が有利だ。

 それだけ多くの弾幕を張ることができるし、数の暴力で踏み潰すこともできる。


 多くの貴族や騎士がそのような戦い方を選ぶのは、それが一番安全だからだ。

 魔法は距離が遠ければ遠いほど、威力が減衰する。

 貴族や騎士自身が身に纏う、防御魔法の効力が攻撃魔法を上回るので、多少攻撃が当たったとしても死なない。

 死ぬ前に降伏する猶予もある。


 つまりここには「防御魔法>攻撃魔法」という大原則があるわけだが、世の中には例外がある。

 それは超至近距離、もしくはゼロ距離の攻撃魔法である。

 拳、もしくは武器に魔力を集中させることで放たれる一撃は、容易に防御魔法を貫通する。

 防御魔法で全身を固め、配下の騎士と共に敵陣に突撃し、雑兵を消し飛ばしながら一直線に進み、敵将を殺害する。

 これができる貴族は、一般に“武闘派貴族”と呼ばれる。


 この手の貴族が相手の場合、こちらは常に「いつ、どこで突撃してくるか」を警戒し続けなければならなくなる。

 そもそも「普通なら死なない戦争」が「もしかしたら死ぬかもしれない戦争」に変わるのだから、貴族からすれば堪ったものじゃない。

 戦争のルールや世界観が根底から変わってしまう。


 ラークノール公爵やうちの祖父が恐れられているのは、そのような理由からである。

 そしてトール君も同じタイプだ。


 とはいえ、実際に私はそんなバーサーカー貴族と相対した経験はない。

 そもそも今回の戦争も、チマチマ攻撃魔法を撃ち合うだけで終わってしまった。

 だからどれだけ恐ろしいと言われても、その脅威が実感できない。


 何より私の中のトール君は女の子と対面すると恥ずかしくなっちゃうような可愛い男の子だ。

 強いのは分かるが、十倍の兵力差をひっくり返せるようなイメージはないが……。


「おそらく、騎士の比率も高かったのでしょう。ラークノール公爵家は規模に見合わなき数の騎士を抱えていますから……数字ほどの戦力差はないかと」

「なるほど。……今日の会議はこれで解散としましょう。新しく情報が揃い次第、またあらためて会議を開きます」


 トール君の行動と私に対する熱い気持ちが分かったところで、その日は解散とした。

 そして次の日のこと。


「トール様率いるラークノール公爵軍がオーセン伯爵領の通過を求めています。如何しましょうか?」


 騎士からそんな報告を受けた。


 なぜ?と思ったが、どうやら帝国軍を追撃しているうちにオーセン伯爵領まで近づいてしまったらしい。

 このまま元来た道を引き返すよりも、オーセン伯爵領を経由し、ラークノール公爵領へと帰還する方が安全だと判断したようだ。


「いいでしょう。許可します」

「姫様!?」


 私がそう答えると、騎士サンブラッグを始めとした騎士たちが難色を示した。

 彼らはラークノール公爵軍を国内に入れたくないらしい。

 何をするかわからないとか、暴れられたら手に負えないとか……。


 トール君がそんなことするわけないじゃないか。

 

「目的はどうであれ、同じ敵と戦った関係です。敵の敵は味方というでしょう。ここで通過を許さないようであれば、器が小さいと思われます」


 とはいえ、トール君は信用できるが、彼の配下の騎士は信用できない。

 領内で狼藉を働かないことが条件だ。


「せっかくですから、歓迎の準備をしましょう」

「いや、そこまで友好的に接する必要は……」

「当面の危機は去りましたが、我が国の情勢は不安定です。ここで私とトール殿の友好関係を周囲に知らしめることは、安全保障の上で重要です。間違っていますか?」

「……あらぬ誤解を招くやもしれませんが」

「何か、問題が?」


 騎士たちは私がラークノール公爵軍を迎え入れることに後ろ向きだった。

 しかし私が決めた方針を覆せるだけの理屈は出て来ず、不承不承ながらも首を縦に振った。

 何がそんなに不満だというのか。

 私の武功がトール君に奪われるように見えるのが嫌なのかな?


 私の小さな武功よりも、トール君を味方につけるメリットの方が大きい気がするけど。


「ところでトール殿を出迎える場合、鎧とドレス、どちらか適切でしょうか? ドレスの方が喜ばれるでしょうか? しかし有事にドレスを着ているのは危機感がないと思われてしまうでしょうか?」


「……どちらも大勢に影響はないかと」


 騎士サンブラッグは呆れた顔でそう言った。

 何だ、その顔は。


 私は真剣なんだが!?






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