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TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情  作者: 桜木桜


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第32話

 クーランベル城を陥落させてから、三日が経った。

 私の勝利が各地に伝わった結果か、クーランベル伯爵領だけでなくトルーニア公爵領各地からも騎士たちが集まり……。

 現在、私の下には百騎ほどの騎士がいる。

 またクーランベル城でほぼ無抵抗で降伏した平民兵千人も、そのまま徴用している。

 果たして捕虜を兵士として使って裏切られたりしないのか疑問だ。


しかし騎士サンブラッグ曰く「徴兵されただけの平民兵に忠誠心を期待する必要はありません。彼らはより強い者に従います」とのことである。

“強い者”とはつまり魔力量の多い者だ。

彼らはみな、私の魔力の前に屈服しているため、少なくとも逆らうことはないらしい。

私とクーランベル伯爵に挟まれた場合、クーランベル伯爵と戦う方を選ぶとのことだ。


そういうわけで私は今、彼らを率いてクーランベル伯爵と対峙している。

士気は低いが、確かに逃げ出す様子はない。


「クーランベル伯爵の様子は如何ですか?」


 私の問いに騎士サンブラッグは答えた。


「依然として動きを見せません」


 少し前までクーランベル伯爵はシュミシオン城を攻撃していた。

しかしクーランベル城が陥落してビビってしまったのか、その包囲を解き、現在は領内の山城に布陣している。


 封鎖が解けたおかげで、私は容易にブドゥーダル公爵領と連絡を取ることができるようになった。

 とりあえず、今はデラーウィアをブドゥーベル城に派遣中だ。

 すぐにブドゥーダル公爵領からも騎士たちが集まるだろう。 


「できれば降伏してもらえると助かるのですが」


 山城というのは防御力が高い。

 下手に手を出すとこちらが火傷する可能性がある。

 そこで直接は攻めず、遠距離からチマチマと攻撃魔法を撃ち込んでいる。

 直接攻撃は十分な数の騎士が集まってからと考えているが……。


 しかし戦わずに済むならそれに越したことはない。


「もう戦の勝敗は決しているように思えますが……」

「帝家の援軍を期待しているのでしょう。もっとも、帝家がクーランベル伯爵のために血を流すとは考えられませんが」


 現在、クーランベル城に残された文書を精査中だが、今のところ帝家と共謀していたことを示す証拠は見つかっていない。

 怪しいやり取りはあるが、確定的とは言えない状況だ。


「しかし帝国軍の進軍速度は、想定以上です。場合によってはクーランベル伯爵を放置し、帝国軍と刃を交える必要があるかもしれません」


 今、私にとっての最大の脅威は帝家である。

 彼らはすでに五万を超える大軍を率いて、オーセン伯爵領へと迫ってきている。

 クーランベル伯爵の相手をしている場合ではない。


「それに王国諸侯の動きも気になります」

「……そちらはもう、それほど気にせずともよいのでは? 無礼な手紙を送りつけてから、動きもありませんし」


 ブドゥーダル公国が危機的状況と見るや、我が国に攻め込んできた王国諸侯がいた。

 彼らは「助けて欲しければ結婚しろ」と私に無礼な手紙を送りつけてきた上に領境を侵犯し、一時はトルーニア城を攻撃した。

 しかし私がクーランベル城の占領に成功したと聞いて、慌てて逃げ帰った。

 後で落とし前をつけさせる必要はあるが、脅威ではない。


「今、もっとも危険な相手はラークノール公爵家です」

「あぁ……」


 騎士サンブラッグの険しい表情に私は思わず口籠った。

 実は一度だけ、「ラークノール公爵家に援軍を求める」という案を提案したことがある。

 一応、王国諸侯同士ではあるし、援軍を求める根拠にはなる。

 借りを作ることにはなるが、帝家に領土を奪われるよりはマシではないか。


 と提案してみたが、猛反対された。

 あんな奴らに援軍を求めたら、それを口実に侵略されるだけだ! というのが騎士たちの主張である。


 実際、内乱勃発以降、ラークノール公爵家は怪しい動きをしているらしい。

 そのせいでラザァーベル伯爵は身動きが取れないでいる。 


 ……私のことを助けるためにトール君が動いている説はない?


 試しに言ってみたところ、凄い顔をされた。

 冗談だと誤魔化したが、時既に遅し。

 

 ラークノール公爵家が私を助けるために動くわけがない理由を丁寧に二時間かけて教わる羽目になった。

 そ、そこまで怒らなくてもいいじゃん……。


「休戦協定もありますし、そこまで心配せずとも良いのではありませんか?」

「この手の約束事は破られるのが常です。信用してはなりません」


 トール君は約束を破ったりしないと思うけど……。

 しかしこれを言ったらまた怒られる。 

 私は不満を抱きながらも、口を噤んだ。


 と、そんな調子で騎士サンブラッグと今後の方針について協議をしていると、城内が慌ただしくなった。

 また新しい情報が来たのだろう。

 できれば悪いニュースはやめて欲しいのだが……。


「姫様。朗報でございます」


 私の下に訪れた騎士は、明るい表情で最初にそう告げた。

 思わず期待が高まる。


「旦那様の生存が確認できました! 確かな情報です!!」

「そう、ですか……」

「姫様?」

「……少し外してください」


 感極まったせいで溢れ出る涙をハンカチで押さえながら私は騎士にそう告げた。

 少しだけ気持ちを落ち着かせてから、私は騎士から改めて報告を聞く。


 どうやら父は五体満足で生きているらしい。

 現在は捕虜となっているらしく、カルタリア公爵家から身代金の請求書が届いたようだ。

 今すぐにでも身代金を支払いたいところだが、今はそれどころではない。

 必ず払うから丁重に扱うように、使者に言い含めるしかないだろう。


「姫様。このことをすぐに領内に知らせましょう」

「はい。すぐに取り掛かってください」

 

 こうして父の生存は領内全土に伝わった。

 そしてこの事実はクーランベル伯爵の心を折るのに十分だったらしい。

 二日後、彼は私に降伏を申し出た。




「ひ、姫様。ど、どうかお命だけは……」


 私の顔を見るなり、クーランベル伯爵は跪き、号泣した。

 命乞いはされるだろうと思ったが、ここまで全力の謝罪をされると思っていなかった私は困惑する。


「わ、私は、帝家に騙されたのです!! ひ、姫様に……ブドゥーダル公爵家に弓引くつもりは微塵もございませんでした!!」

「は、はぁ……」

「こ、こちらは我が服従の証でございます! ど、どうぞお受け取りください……」


 クーランベル伯爵はそういうと、手に持っていた箱を開け、私に差し出した。

 その中には人間の目玉が入っていた。

 クーランベル伯爵の目玉だ。


 この世界には「支配者は完全無欠でなければならない」という価値観がある。

 肉体に瑕疵があってはいけないのだ。 

 故に政敵の政治能力を失わせるために、目玉をくり抜く、潰すことがよく行われる。


 そしてそれをあえて自分からやってみせることで、相手に対して服従を示す。

 この世界でもっともポピュラーな謝罪手段である。

 

 もちろん私にはおっさんの目玉をもらって喜ぶ性癖はない。

 むしろドン引きで冷める。


「一つだけですか」


 それ故か、目玉が二つではなく一つであることが引っかかってしまった。

 謝罪パフォーマンスをするなら、全力でやって欲しい。

 こういう中途半端なことをされるのが一番困る。


「あ、いや、その……」

「どのような騙され方をすれば、わたくしに婚姻を迫ることになるのでしょうか? 詳細を教えていただけますか?」

「そ、それは、その……」


 そこで詰まるのか……。

 こんなの、想定質問でしょ。日本の就活生だって、もっと真面目に考えて来るのに。

 ましてや、あなたの場合は就活じゃなくて終活になるかもしれないんだぞ!

 もっと真面目にやれ!


 ちゃんと私が「そんな事情があったなら仕方がないか!」「それだけ反省しているなら、減刑してあげよう!」と言えるような言い訳と謝罪を考えておいて欲しい。


「ご、誤解です! そ、その、私はただ……」

「降伏した以上、一先ずあなたの命は保証しましょう」


 クーランベル伯爵本人の生命の保証が降伏の条件ではあったので、そこは守る。

 自分の命はいいから、せめて家族や臣下の命だけは助けてくれ……みたいなこと、嘘でも言えないのだろうか?

 自分の命だけは助けてくれとか、印象最悪なんだけど……。


「あなたにも言い分はあるでしょう。それは後ほど聞いた上で、最終的な沙汰を下します。よくよく話を整理しておいてください」

「ひ、姫様……! ど、どうか私の話を……」

「言い訳を考える時間を与えると言っています。……このようなことを言わせないでください」


 これ以上、クーランベル伯爵の話を聞くのはお互いにとってよくない。

 そう判断した私は騎士たちに命じ、彼を下がらせた。

 どうして私が気を使わないといけないんだか……おかしいでしょ。


「戦の勝利は、もっと心地が良いものだと思っていました」

「……心中、お察しいたします」


 騎士たちの慰めが物悲しい。

 戦後処理が非常に憂鬱だ。

 ……まだ終わっていないうちに考えても仕方がないか。


「切り替えましょう。これよりオーセン伯爵領で帝家を迎え撃ちます」

「「ははっ!」」


 私は軍を率いて、オーセン伯爵領へと向かった。





 オーセン城にはためくブドゥーダル公爵家の旗。

 それを睨みつけながら、バールドは不敵な笑みを浮かべる。


「結果だけを見れば、我々は共に予想を外したわけだ」

「申し訳ございませぬ。私が耄碌しておりました……」

 

 バールドの言葉に筆頭騎士頭は平伏し、謝罪する。


 バールドはロゼリアはトルーニア城で籠城すると考えた。

 一方で筆頭騎士頭はロゼリアは撤退すると考えていた。


 結果は、「ロゼリアはクーランベル城を少数の手勢で攻撃し、迅速に反乱を鎮圧。オーセン城にて迎撃の構えを見せた」である。

 どちらも予想は外しているが、本来はバールドを補佐するべき筆頭騎士頭の責任は重い。


「耄碌かどうかは理由を聞いてからにしよう。なぜ、ロゼリア姫は撤退を選ぶと考えた?」

「宮廷の騎士たちがそれを勧めるからです」


 宮廷の騎士たちにとって、ロゼリアの身の安全を守ることが自らの保身に繋がること。

 確実に勝てる手段があるのであれば、最もリスクの低い策を提示すること。

 筆頭騎士頭は指折り数えながら、宮廷の騎士たちにとって「撤退」こそがもっとも無難な選択であることを説明する。


「特にブドゥーダル公爵家の場合、宮廷の方針は騎士たちの合議で決まります。筆頭騎士頭であろうと、一人の騎士であり、投票権は一票です。……そのような場で、君主の身を危険に晒すような方針を議題に上げることは憚られるでしょう。ましてや、可決することは絶対にありえません」


 ましてや、ロゼリアは十三歳の少女だ。

 十三歳。

 それはこの世界においては大人と子どもの境目であり、守るべき存在。

指示を仰ぐよりは、守ることに意識が向く。

 それが「か弱い女」であれば尚更だ。


「真っ当な騎士であれば、もっとも安全な撤退を選びます。そして筆頭騎士頭サンブラッグは、有能で誠実な男です」

「……なるほど」


 自身の筆頭騎士頭の言い分を聞いたバールドは大きく頷いた。


「納得した。貴殿は耄碌しているとは言えない。今後も補佐を頼む」

「ははっ!」

「その上で聞こう。では、なぜロゼリア姫はここにいる?」


 筆頭騎士頭の説明は的を得ている。

 しかし現実はそうなっていない。

 つまり何らかの前提が誤っていることになる。


「ロゼリア姫が強い意思を見せたから、かと」

「ほう?」

「私がロゼリア姫の筆頭騎士頭であれば、安全な道を提案いたします。しかしそれでもなお、ロゼリア姫がそれを拒絶し、そして強い意思で敵に立ち向かうことを選ばれるのであれば……それに従うほかはありません」


 合議で決まるというのは、あくまで騎士同士が話し合い、主君に提案する場合だ。

 主君であるロゼリアが絶対の意思で方針を示せば、話は変わる。


「とはいえ、寡兵での山脈越えなど……想像するだけでゾッといたします。初陣の経験もない、十三歳の少女を連れて行うのは憚られます」


「しかし密偵からの情報が偽りでなければ、ロゼリア姫はそれを敢行した」


「はい。ですから、それが真実かと……」


「さすがは山羊の娘というべきか。角は飾りではなかったか」


 バールドは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 彼個人としてはロゼリアが逃亡を選ばず、戦うことを選んでくれたのは喜ばしいことだった。

 もっとも、帝家の軍を率いる者としては話は別。


「その上で我が騎士たちに問おう。あれは落ちるか?」


 バールドはオーセン城にはためく旗を指さしながらそう言った。

 ロゼリア率いる兵は合計一万。

 うち千が騎士であり、九千が平民兵だ。


 対するバールド率いる兵は合計五万。

 うち五千が騎士であり、四万五千が平民兵である。


 兵力差は五倍。

 これが通常の攻城戦であれば、落とすのは不可能ではないが……。


「それはロゼリア姫の覚悟次第でしょう。ご存じの通り、攻城戦で重要となるのは士気です。もし仮にロゼリア姫が強い覚悟もなく、我々の猛攻の前に怖気づくようであれば、戦力差で押しつぶすことは可能です」


 兵の数はもちろんだが、質という意味でも帝家の方が優っている。

 総大将であるロゼリアとバールドでは、年齢の問題から後者の方が僅かに魔力量で優っている。

 また、伯爵級以上の魔力を持つ貴族の総数も帝家が優っていた。


 故に常識的に考えれば、帝家の勝利は堅い。


「しかしロゼリア姫が不退転の覚悟を決めているのであれば、話は別です。彼女は最前線で戦い、死ぬまで城に残り続けるでしょう。となれば、参戦している貴族や騎士たちも下がることは許されません」


 守るべき主君を前にして、怖気づいて逃亡する。

 これほど不名誉なことはない。

 故にロゼリアが戦う意思を見せ続ける限り、その配下の者たちは死ぬまで戦わなければならない。


「後者であれば、相応の犠牲を覚悟しなければなりません」

「なるほど。……つまり犠牲があれば勝てると」

「若様のご命令とあらば」


 バールドの言葉に筆頭騎士頭は答えた。

 バールドはしばらく考え込んだ様子を見せてから、他の騎士たちに声を掛ける。


「お前たちはどのように考える?」


 しばらくの沈黙の後、口を開いたのは若い騎士頭であった。


「恐れながら。五倍の兵力差がありながら、逃げかえったとならば若様の評判に傷が付くかと」

「この戦では少なくない諸侯を動員しております。何の戦果も得られないようであれば、若様の武名に傷がつきます」

「此度の戦で、殆どの仕掛けを使い切っております。両家の反乱を扇動することは、難しくなるでしょう」

「何より、ブドゥーダル公爵が遠征中に捕虜となるなど……このような好機はまたとありません」

「プルーメラ大公領での反乱もしばらくは続く見込みです」


 騎士頭たちは口々に継戦を主張した。

 なるほどと、バールドは頷く。


 そしてオーセン城に手のひらを向けた。


「……では、小手調べとしよう」


 その言葉と共に、バールドの肉体から莫大な量の魔力が膨れ上がった。

 その魔力は彼の手のひらへと集まり、一つの火球を生み出した。


「さあ、どうする?」


 バールドは魔力を解放する。

 火球は真っ直ぐオーセン城へと向かい……。


 空中で撃ち落とされた。

 少し遅れて強い衝撃と、殺気の篭った魔力が迸る。


「ロゼリア姫は……やる気十分か」


 バールドの強化された視界には、城壁でこちらを睨みつけるロゼリアの姿が映っていた。

 彼女もまたバールドと同じように魔力を練り上げ、臨戦態勢に移行していた。

 二人は互いに睨み合う。

 バールドは小さく笑みを浮かべた。


「やめだ」


 そして踵を返した。

 外套をはためかせ、騎士頭たちに命じる。


「撤退だ」

「……よろしいのですか?」

「構わん。元より、俺は父上ほど帝冠に拘っていない。何より……」


 バールドは小さく肩を竦める。


「お前たちの命に比べれば、大した価値はない」

「若様……」


 バールドの言葉に騎士頭たちは感嘆の声を上げる。

 実のところ彼らもそれほど、戦いを望んでいなかった。

 バールドはその雰囲気を汲み、騎士たちが望む撤退を選択したのだ。


「しかしロゼリア姫がこれほど勇ましい女だったとは。もっと本気で求婚しておけば良かった。困ったな……心の底から俺の妻にしたくなった」

「機会はまだまだあるかと。ロゼリア姫もまだ婚約の段階。此度の戦では王家は援軍一つ送っておりませんし……婚約破棄もあり得るかと」

「確かに。では、恋文の中身を考えよう。あぁ……そうだ。一つ大事なことがある」


 バールドは今までの冗談めいた笑みを引っ込めた。

 そして鋭い眼光で騎士頭たちを見渡す。


「ただ撤退するだけでは、我らの面子が丸つぶれだ。道中、徹底的に騎行を行う。殺し、燃やし、破壊しろ。彼女の目に見えるように、耳に聞こえるように」


 騎行とは、敵の生産能力を落とすことを目的に行われる殺戮・破壊行動である。

 この世界では極めて一般的に行われる戦術であった。


「羊の悲鳴を聞けば、山羊も顔を出すやもしれん。その時は反転し、攻勢に出る」

「ははっ!」


 バールドの命令で騎士頭たちは慌ただしく動き始める。

 一通りの命令を下した彼はロゼリア姫にどのような恋文を贈るか、悩み始めるが……。


「若様! 急報でございます!!」


 突如、バールドにもたらされた一つの知らせ。

 それにバールドはもちろん、騎士頭たちも目を見開いた。


「……やめだ。騎行など、している場合ではない! 全軍、直ちに撤退しろ!!」


 バールドの命令により、帝国軍は即座にオーセン伯爵領から撤退した。





 視界を埋め尽くす五万の大軍は、ゆっくりと隊列を整えながらオーセン城から去っていった。


「……撤退を選びましたか」


 バールド皇子が魔法を撃ち込んできた時には開戦かと覚悟を決めたのだが。

 少々、拍子抜けである。


「追撃しましょう!」


 戦争の前後には軍隊による略奪が行われるのが常々である。

 帝家が腹いせにオーセン伯爵領を破壊しながら帰ることは十分にあり得る。

 逃げ帰る彼らの背中に攻撃を加えれば、戦果が得られるのではないか。

 略奪を防げるのではないか。


 そう思い、私は身を乗り出すが……。


「お気持ちは重々承知ですが、どうか気をお静めください。追撃は危険です」


 騎士サンブラッグに制されてしまった。

 こうしている間にも敵は略奪を開始するかもしれないのに。


「追撃での戦果の拡大は定石ではないのですか?」

「戦闘で勝利し、敵の組織力を十分に削ぎ落した場合であれば、おっしゃる通りです。しかし今は状況が異なります」


 戦闘で私たちは勝っていない。

 城を落とせないと判断し、一時的に引いただけである。

 敵は十分な戦闘能力を有しており、また撤退には十分な数の殿を置いている。

 今、追撃をしようと城を飛び出せば、敵は必ず反転し、攻撃を仕掛けてくる。


 騎士サンブラッグは淡々と私に語った。


「追撃は無謀です。何より、我々はすでに十分な成果を上げています。これ以上の戦果を求める必要はございません」


 だからといって、このまま領地が荒らされるのを指を咥えて見ていろというのか。

 私は思わず騎士サンブラッグを睨む。

一方、彼も私の目を見つめ返して来た。


「……あなたのおっしゃる通りです」


 反論が見つからない。

 私は騎士サンブラッグの進言を受け入れるしかなかった。


「しばらくは警戒を怠らず、守りを固めましょう」


 私は断腸の思いで、オーセン城で守りを固めることにした。

 領地が略奪される様を黙ってみるしかないのは、非常に歯痒い。

 勝っても負けても、嫌な思いになる。

 戦争なんて嫌いだ……はぁ。


 そんな憂鬱な気持ちになったのだが、しかしなぜか帝国軍はオーセン伯爵領を略奪せず、大急ぎで自領へと逃げ帰ってしまった。

 騎士たちは私の武威を恐れたに違いないと噂していたが、そんなはずあるまい。


 意味がわからない。

 困惑していると……。


「姫様。急報でございます」


 そういう騎士サンブラッグは非常に困惑した表情だった。

 今までに見たことのない顔だ。

 良い知らせではないが、悪い知らせでもなさそうだ。


「聞きましょう」

「帝国軍が撤退中、帝国領内で敵と遭遇、敗走した模様です。バールド皇子の生死は不明です」


 ……はい?

 どうして帝国軍が帝国領内で敵と遭遇するの?

 というか敵って誰? 少なくとも私はそんな部隊知らないけど。


「情報が交錯しており、敵の正体は不明です。しかし……トール・エル・ラークノール率いる、ラークノール公爵軍であるという情報が、現時点ではもっとも確度が高いものとなります」


 ふむ、つまり……。


「どういうことですか?」

「調査中です」


 もう意味がわからない。

 わからないけど……。


 何故か、ドキドキした。


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おお! 誠実な方向で男を見せたなトールくん お姫様ポイントが加算されたぞ
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