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魔法もスキルもない50歳、腕型PC一台で異世界をハックする。~疲れやすいおじさんは効率重視で成り上がる~  作者: ぱすた屋さん
【第4章】管理者権限の奪還(ルート・アクセス・ウォー) ~偽りの神と虹色の反逆者~

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幕間:伝説の神獣、フルメンテナンスを受ける

幕間です!全3話予定



 「保守運用メンテナンス」こそが、システムの寿命を決定づける。




 華々しいリリースの陰で、ひっそりと蓄積される熱、磨耗する部品、そして断片化されるメモリ。それらを一つずつ丁寧に紐解き、最適化する作業こそが、エンジニアが対象に向ける最高の敬意だと俺は思っている。


 世界の「所有権」が住人たちの手に渡り、空に消えない虹が架かった翌日。

 王都・ルミナスの喧騒を離れた王立庭園の一角で、俺はこれまでにないほど真剣な表情で、目の前の「巨大なハードウェア」と向き合っていた。


「……グルル……」


 伝説の神獣、フェンリル。

 以前、吹雪の山中で出会い、その後も幾多の絶望的な戦いを共に切り抜けてきた俺の最高の相棒だ。

 現在の彼は、庭園の柔らかな芝生の上に、巨大な体を横たえている。以前の灰色のノイズに侵食されていた姿はもうないが、その純白の毛並みには、連戦による魔力のすすや、管理者の要塞で受けた物理法則の歪みが、目に見えない「ノイズ」としてこびりついていた。


「……相棒。フェンリルの『表面魔力層』のスキャンを開始。……物理層の磨耗状況と、深層回路の熱溜まりを可視化しろ」


 俺の声に応じ、左腕のデバイス『Link』が、フェンリルの巨体をなぞるように青い光のグリッドを展開した。

 網膜上に映し出されるステータス画面は、ところどころに赤い警告色が混じっている。


『スキャン完了。……佐藤。……フェンリルの魔力伝導率は現在、定格の72%まで低下しています。

 ……原因は、管理者権限との強制的な衝突による「過負荷オーバーヒート」の痕跡、および魔力回路内での「データの断片化(デフラグの必要性)」です。

 ……特に、空間を蹴り上げた四肢の末端には、深刻な「魔力的金属疲労」に近い現象を確認しました。……放置すれば、彼のレガシーな身体構造に恒久的なダメージが残ります』


「……やっぱりか。……あんな無茶な空中戦、最新のOSでも悲鳴を上げるレベルだったからな。……よし、フルメンテナンスを開始する。……エリナさん、準備はいいか?」


「……はい! サトウさん。……あ、でも、フェンリル、ちょっと緊張してるみたい」


 傍らで控えていたエリナが、以前よりもずっと鮮やかな色彩を放つ聖剣を脇に置き、心配そうにフェンリルの顔を覗き込む。

 彼女の装備は、今やこの世界の新しい法則に従い、目に刺さるような高彩度なマゼンタと、夜の海のように深いシアンが複雑に混ざり合う、極めてエッジの効いた光を放っていた。


 俺はデバイスから、今回のために特別に開発した「魔力洗浄クリーニングブラシ」を実体化させた。

 それは物理的なブラシではなく、特定の周波数で振動する光の粒子を放つ、一種のデバッグ・ポインタだ。


「……いいか、フェンリル。……ちょっとくすぐったいかもしれないが、我慢しろよ。……これでお前のなかに溜まった『ゴミ』を全部デリートしてやるからな」


 俺がブラシをフェンリルの首筋に当てた瞬間、バチバチッという激しい電子音が響いた。

 

「――ッ!? サトウさん、火花が!」


「……大丈夫だ。……これはこびりついていた『管理者の強制命令』の残骸が、俺のパッチと反発して消滅している音だ。……相棒、表面のノイズ・フィルタリングを最大に。……深層のクリーンアップ・シーケンス、開始!」


 俺は、丁寧に、そして力強くブラシを動かした。

 

 フェンリルの首筋から背中にかけて、ブラシが通るたびに、くすんでいた灰色の粒子が霧散し、その下から目も眩むような「本来の白銀」が溢れ出していく。

 それは、ただの白ではない。

 透明感のある幾重もの光のレイヤーが重なり合い、角度を変えるたびに虹色の偏光を放つ、神々しいまでの「生きた色彩」だ。

 

 

 

 ブラシが背中の中心にある、魔力炉の直上に差し掛かったとき。

 

「……ク、……クゥゥゥゥ……ン……」

 

 あの恐れ知らずの神獣が、情けないほどに甘えた声を漏らした。

 巨大な尻尾がバタンバタンと地面を叩き、庭園の美しい花々をなぎ倒しそうになる。


「……あはは、フェンリル、すっごく気持ち良さそう!……サトウさん、私にも手伝わせてください。……この辺、まだ少し魔力が淀んでる気がします」


 エリナが、俺の指示を待たずに、フェンリルの大きくて柔らかい耳の付け根を指先でマッサージし始めた。

 彼女の手から流れるのは、以前の戦いで佐藤から授けられた、純度の高い「最適化された魔力」だ。

 

 おじさんの論理的なメンテナンスと、少女の慈しむような癒やし。

 二つの異なる魔力がフェンリルの体内で融合し、彼の古い「レガシーな回路」を、かつてないほどの解像度で再定義していく。


「……相棒。フェンリルの出力スループットを確認しろ」


『……驚異的です。……魔力伝導率、95%、……98%……。……120%を突破!

 ……佐藤。……フェンリルのファームウェアが、あなたのメンテナンスによって「独自進化」を始めています。

 ……彼はもう、単なる過去の遺物ではありません。……この世界の新しい「オープンソースな法則」に最適化された、唯一無二の神獣へとアップデートされました』


 作業を終える頃には、夕闇が迫っていた。

 

 だが、俺たちの前に立つフェンリルは、夜の闇さえも拒絶するような、圧倒的な輝きを放っていた。

 その毛並みは、極彩色に彩られた庭園のなかで、最も鮮烈で、最も「正しい」存在感を示している。

 

 フェンリルは立ち上がると、軽やかに身を震わせた。

 その瞬間、彼の体から溢れ出した余剰魔力の粒子が、キラキラと雪のように周囲に降り注ぐ。

 

「……グル……、……ワフッ!!」

 

 彼は俺の顔を、巨大な舌でベロリと舐め回した。

 鼻を突く野獣の匂いと、それを上書きするような清涼な魔力の香り。


「……おい、よせ。……せっかく着替えたばっかりなのに」


 俺は苦笑しながら、濡れた顔を拭った。

 

 フェンリルは、俺の隣で微笑むエリナにも、優しく鼻先を寄せた。

 伝説の神獣と、一人の少女。

 以前は「管理者」の道具として、あるいは「生贄」として利用されるはずだった二つの魂が、今、俺の目の前で、自分たちの意志を持って、この鮮やかな世界を共有している。

 

 その光景は、俺がデバイスで描いたどんな完璧なグラフィックよりも、ずっと「解像度」が高かった。


「……サトウさん。……フェンリル、言ってますよ。……『次も、一番乗りで連れて行ってやる』って」


「……あいつ、俺をタクシーの常連客か何かだと思ってないか?」


「……ふふ、いいじゃないですか。……世界で一番贅沢な乗り物ですよ、きっと」


 俺は、満足げに喉を鳴らすフェンリルの体をもう一度だけ強く叩き、デバイスを閉じた。

 

 ハードウェアの準備は整った。

 だが、この世界を本当の意味で「繋げる」ためには、まだやるべきことが山ほどある。

 

 有給休暇を返上してでも守り抜いた、この虹色の平穏。

 それを一時の夢に終わらせないための、次なる戦い――「広域ネットワーク」の構築。

 

 俺は、かつてないほど軽くなったフェンリルの足取りを感じながら、王都の灯りが灯り始めた夜の空を見上げた。

 


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