036 いわんやケモミミをや 3
「……よし、ここだ……」
到着したのは、1軒の飲み屋。
ギルドで聞こえた話によると、飯屋タイプじゃなくて、バーみたいなお店らしい。
静かにお酒を楽しむ空間であり、食べ物は軽食やナッツなどの簡単なものしかないところだ。
本格的に食べたい者は飯屋やパブへ行き、騒ぎたい者や女性目当ての者はスナックとか、もっと下品なタイプの店へ行く。
……こういう店には、静かに飲みたい大人だけが来る……ということらしい。
そして俺がこの店に来たのは、別にお酒が飲みたいからじゃない。
……というか、このちっこい身体でお酒を飲むと、少し飲んだだけで血中アルコール濃度がとんでもない数値になりそうだぞ。
当分は、お酒には手を出さない方が良さそうだな。
……で、到着したのはいいけれど、店に入ろうにも、ドアノブに手が届かない……。
まあ、たとえ届いたとしても、この肉球のお手々じゃあノブを回せないし、勿論ドアを開けることもできない。
こりゃ、誰かが開けるのを待つしかないよなぁ……。
そして、待つこと十数分。
幸いにも、比較的早く客が来て、ドアを開けて店に入った。
そしてドアが閉まる前に、素早くすり抜けて、店内へ。
ドアを開けた客は店内しか見ていないし、照明もあまり明るくない。
電灯があるわけもなく、オイルランプの薄暗い明かりがあるだけだけど、欧米系の人種はあまり明るいのは好まないそうだし、店の雰囲気としても、この方がいいのだろう。
ロウソクは高く付くから使わないにしても、安い獣脂や魚油ではなく、植物油を使っているみたいだな。俺の高性能な鼻だと、ドアが少し開いた瞬間にはっきりと分かったぜ。
まあ、獣脂や魚油だと煙が出るし臭いも強いから、お酒の香りや味を楽しみたい場所では使えないよなぁ。
こういう店では、店に入ってきた客の方を他の客が一斉に見るなどという不作法をすることはないだろう。
そして勿論、マスターはチラリと客の顔を見るだけであり、足元をコンマ数秒ですり抜けた小さな影になど気付かない。うむうむ……。
そっと、空いている席の下に潜んで、と……。
そしてその客がカウンター席に座り、注文した1杯目の飲み物を受け取り、軽く口を付けた時……。
俺はぴょんと飛び上がり、その隣の空き席にちょこんと座った。
「わふん!」
ぎょっとした顔のマスターと、近くの席の客達。
離れた席の客は、カウンターチェアに座っている俺の姿が見えないからか、マスターや一部の客の不審な挙動に、何事かとざわついているみたいだ。
こういう店だと、不審者が入ってきたり、官憲のガサ入れがあったりするのかな?
マスターが動揺したのはほんの一瞬であり、すぐに平静を取り戻したみたいだ。
まあ、バーのマスターというのは『何事があっても動じない』というのが売りだから、さっきの一瞬の動揺は、一生の不覚、とでもいうところか……。
なのでそれを払拭するためか、にやりと笑みを浮かべて俺に向かって声を掛けてきた。
「お客さん、この店は初めてですね。何をお作りしましょうか?」
うんうん、状況が分かって店内の客達がこのハプニングとマスターのユーモアに笑っている、ここで仕掛けよう。
「ミルク、シェイクで。オリーブはふたつ!」
「「「「「「ギャアアアアア、シャベッタアアア〜〜!!」」」」」」
……いや、オマエラ、みんな獣人じゃん!
全員、ケモミミが生えてるじゃん!
なのに、そんなに驚くんかい!!
* *
この店の名は、『狼と犬の巣』。
狼系と犬系の獣人オンリーのバーだ。
……犬系の獣人、格下として肩身の狭い思いをしないのかな?
いや、親戚筋として対等であり、どっちが上とかいうのはないのかも。
でないと、犬系の客が来ない……、って、そんなことはどうでもいいか。
ここへ来たのは、アレだ。
狼系と犬系の獣人しか来ない店。勿論、マスターも狼系獣人。
……ということは、アレが期待できる。
アレ。
俺達『フェンリル』がこの町に着いて、リゼルのハンター登録とパーティ登録をするためにハンターギルドへ行った時。
俺達に絡もうとしたハンターを追い払ってくれた、あの渋いベテランハンターらしき獣人。
あの、おそらく狼系か犬系の獣人だと思われるハンターの、俺に対する態度。
……あれから考えて、このあたりの狼系か犬系の獣人にとっては、俺はかなり偉いんじゃないかと思うんだよなあ……。
そして、獣人には俺の偉さ……格とか、存在自体の高貴さとか……が分かるんじゃないか、と。
もしかすると、ここでは俺は獣人にとっては上位種なのかも……。
エルフにとってのハイエルフとか、オークにとってのオークキングとかな。
なので、狼系と犬系の獣人しかいないこの店で試そうと思ったんだよ。俺の言うことを聞いてくれる者達が手に入らないかな、って……。
いくらセリアとリゼルが才能ある将来有望なハンターだとしても、今はまだただの小娘だ。味方は多いに越したことはないからな。
……で、オマエラ、そろそろその硬直状態から抜け出せよ……。
* *
「あ……、あ……」
ありゃ、鉄の自制心を持っているであろうマスターが一番早く復活するかと思っていたら、傭兵かハンターらしいおっさんが最初に復活したぞ。
鉄の自制心を上回る、鋼の自制心を持っていたか?
「しっ、神獣……、さま……?」
え?
上位種を飛び越えて、神獣? 聖獣ですらなく?
がた。
がたがたがた!
全員が、立ち上がった。
そして椅子から少し離れて……。
全員が土下座!!
……いや、どうすんだよ、コレ……。
拙作『ポーション頼みで生き延びます!』の小説イラストを担当し、スピンオフコミック『ポーション頼みで生き延びます! ハナノとロッテのふたり旅』を描いていただきましたすきま先生のオリジナルコミック、『さいはての塔、いやはての少女たち』第1巻が、8月17日に刊行されます。(^^)/
Amazonの注文ページに、サンプルとして数ページが掲載されています。
すきま先生御自慢の、SSR、スーパーアシスタント氏による背景ががが!!
是非、御覧ください!(^^)/
そして、来週と再来週の2回、夏期休暇としてお休みをいただきます。
休暇期間中は、たっぷりと書籍化作業に勤しむ予定です。
よろしくお願いいたします!(^^)/




