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女子だって、スラムダンクをしてみたい!  作者:
第四章 バスケって、辛い。
20/34

バスケって辛い。その3



          4



 愛羅と勇羅に散々いじめられた挙句、璃々は地面に仰向けに転がされて放置された。

 ヘアゴムがどこかへ行って、髪が乱れている。普段、頭の天辺で縛っている髪が頬に当たると、少しだけくすぐったかった。


 そこはさくら公園の隅っこにあるバスケットコートだった。ここは璃々がバスケをやろうと思うきっかけになった場所だ。

 スポットライトのように自分を照らす街灯が眩しい。晒し者にされているような気分だ。


 不意に、頬に一滴の水が当たった。それは次第に白いモヤとなり、気がつけばまとわりつくような細かい雨になっていた。髪がどんどん濡れていき、肌に張り付いて気持ち悪い。寝転がったまま、厚い雲の広がった夜空を見上げて、やっぱりぐすんと泣いた。


 このままだと風邪引いちゃう、とは思うけれども、動く気にはなれなかった。

 時刻は21時を回っている。女子高生の一人歩きには少々遅い時間だ。それでも璃々にとってはもう慣れたものだった。高校生になってからのこの二ヶ月は、ずっとバスケの練習で帰りが遅くなっていた。冷静に考えてみると、今日は早々に帰ってきてしまったけれど、毎日毎日よく飽きもせずにこんな遅い時間まで練習をしているものだ。

 しかしどんなにたくさん練習をしたところで、何一つ変わっていない。双子にはあいも変わらずこうしていじめられるし、試合にだって出られない。


 結局、璃々はどこまでいっても観客なのだ。


 バスケは好きだ。大好きだ。

 でも、なんだか馬鹿みたいだ。今のまま続けたって、どちらにせよ観客でしかないのに、何を頑張っているんだろう。意味が無いじゃないか。

 だから、もう――


 バスケ、やめよう。


 本気でそう思った。

 バスケは見ているだけでも十分楽しい。身の程を超えたことはやるべきじゃなかった。

 帰ろう。ベンチから、観客席へ。自分がもともといた場所へ。

 明日にでも先生にいって、チームメイトにお別れしよう。松竹梅や杏樹とは疎遠になってしまうかもしれないけれど、玉子は同じクラスだからまだ仲良くしてくれると思う。いや、途中で逃げ出した根性なしとして、嫌われてしまうかも。

 仕方がない。一人ぼっちは慣れている。中学まで友達いなかったんだもの。


「そうだ……そうだね。辞めよう」


 しかし胸に残るわだかまりは晴れることなく、くすぶっている。


 その時だった。

 どこからかコロコロとバスケットボールが転がって来て、地べたに寝転がっている璃々の頭にゴツンとぶつかった。脳天にストライクである。今日はボールにぶつかってばかりだ。

 璃々は起き上がって周囲をキョロキョロと見回すけれど、誰もいなかった。


 ――転がってきたということは、誰かがいるということなんだけど?


 不安を感じて璃々は立ち上がる。まさか、お化けかもしれない。ちょっと怖い。

 不意に一陣の風が吹く。パラパラと雨の雫が舞い上がる。


 ――どこかに落ちていたボールが、風で転がってきたのだろうか。


 風に煽られ、ボールが足元に再び転がってくる。

 璃々はボールを見つめた。バスケットボールではあるが、白と黒のコントラストで彩られたゴムボールだ――


「――……っ」


 途端に嗚咽が漏れる。くしゃりと表情が歪み、ギュッと唇を噛みしめる。

 足元に転がるゴムボール――それに重なって目に映るは、あの日、璃々が拾ったボールだ。


 思えばあの日、ここでボールを拾ってしまったことが間違いだったのかもしれない。どこかの誰かが置き忘れたあのボール。それを拾ってシュートをうってしまった。だからバスケをやろうだなんて、身の程を知らないことを考えてしまったのだ。

 ボールを拾ったことが、人生を変えた。

 もしここでまた拾ったら、きっと、また無意味に足掻くことになるのだろう。バスケット選手になんてなれやしないのに、まだまだできると勘違いを続けてしまうのだ。


 だから、もう拾わない。


「……えぐっ……拾わない、もんっ……」


 ボールは拾わないんだ。絶対に。

 ――それでも、


「ううっ……」


 胸にくすぶるわだかまりが、ピクリピクリと指先を動かす。


 バスケをしようと心に決めたあの日から、今日までずっと無心で練習に取り組んできた。どんどん上手くなっていくことを実感できて、楽しくて仕方がなかった。

 楽しかったのに、どうして急に不満を持ち始めたのだろう。

 それは『試合に出たい』という欲を持ち始めてしまったからだ。

 それなら、どうして試合に出たいと思ったのだろう。


 ――それはただの観客から、バスケットボール選手になりたかったからだ。


 でも、もうそれもわからない。


 そもそも『バスケットボール選手』って何なのだろう。試合に出てバスケをすればそうなのか。なんだか違う。

 きっと、それがわからないから璃々は試合に出られないのだ。そして、この胸にあるわだかまりは、それがわからないまま終わっていいのかという自分への問いかけだ。

 その問いの答えを出すには――


 手のひらにじんわりと残る、あの日触ったバスケットボールの感触。

 グーパーと手を開閉して確かめる。


「そういえば……」


 そしてふと、思い出した。

 璃々はあの感触を、その時すでに、

 知っていた。


 ――そうだ。ボールを持ったのは、あの日が初めてじゃないんだ。


 璃々の足元にできた水たまり。そこに遠い日の記憶が映しだされる。


 いつだって、始まりはこの場所だ。



         ◆



 璃々がバスケを始めようと決意したあの日よりも、もっと前。

 その時もここに立っていた。

 4歳になったばかりで、言葉もまだまだ舌っ足らずで、当時から図体のでかい双子に追い回されて一人グズグズと泣いていた。

 そんな璃々の前に現れたのは一人の『バスケットボール選手』だった。大きな鞄を肩にかけ、少し、汗をかいていた。どこかの実業団のジャージを身につけた男性。背丈はおそらく190近くはあっただろう。

 その男性はおそらく、幼い子供がこんなところで一人で泣いていることを気にかけて、話しかけてくれたのだ。


(どうしたの?)

 あいとゆうがいじめるの。

(あはは、お友達と喧嘩したんだね)

 おともだちじゃない。


 なかなか泣き止まない璃々に、男性は困ったように笑って、しゃがみ込み、璃々と視線の高さを同じにしていうのだ。


(すごいものを見せてあげる)


 男性は肩にかけていた鞄を下ろすと、そこからバスケットボールを取り出した。

 とはいえ、その時の璃々はそれがバスケットボールだということは知らないし、そもそもバスケを知らなかった。


 みかん!

(違うよ、バスケットボールだ)

 ばすけっとぼーる?


 男性はそれをテインテインと弾ませると、璃々は音の大きさにビクリと肩を揺らしていた。


(ちょっと、そこで見ててご覧?)

 なにするの?


(『スラムダンク』)

 

 そして、男性は設置されたゴールに目を向けた。

 男性は『テインテイン』とバスケットボール独特の弾む音を鳴らしながら、ドリブルをして、ニコリと笑う。

 タイミングを見計らい――加速。


 そして、璃々が「あっ――」と息を呑むと同時に、男性は『飛んだ』。


 フリースローラインからテイクオフ。

 空を駆ける。

 背中に翼が生えた鳥のように――


 しかし、

 ガシャン! と大きな音を響かせ、男性は――見事にダンクに失敗した。

 リングの端にボールをぶつけて、空中でバランスを崩してズデンと地面に落下。

 

(あいたた……準備運動が足りなかったわ)


 そんなちょっと無様な姿でも、璃々は彼が何をしようとしたのかは理解できたし、その目には確かにかっこ良く映っていた。

 空をかける姿。それはテレビの中にいるウルトラマンのようじゃないか。

 人間も空を飛べるんだ!


 璃々は先ほどまで泣いていたこともすっかり忘れて、満面の笑みで男性に駆け寄るのだ。


 りりもやる!

(え、ああ……さすがに無理じゃないかなー)

 やる!

(はいはい、わかったよ)


 璃々はそのあと、男性に抱っこしてもらってボールをリングに叩きつけようとしたけれど、さすがに届かなくて、ポイポイと投げて遊んでいた。

 もう1回、もう1回、と璃々がしつこくねだっても、男性は嫌な顔ひとつせずに、ずっと付き合ってくれていた。


 はいんない!

(うーん……小さい子に7号球は重いからなぁ)


 190センチ近い男性に抱っこされれば、それなりにゴールに近いところまではいけるのに、璃々はその時からシュートが決められなかったという悲しい思い出。


 ――おい璃々、こら! いい加減に帰って来い!

 いい時間になると、璃々の母が迎えに来てくれて、『ばすけっとぼーる』はそこでお開きになった。


 男性は去り際にいった。


(もう、元気になったかな?)

 げんき? りり、いつもげんき!!

(お、そうかそうか!)


 すっかり涙のことなど忘れて満面の笑み浮かべる璃々を見て、男性は楽しそうに笑っていた。

 

(バスケは楽しかったかな?)

 ばすけ、たのしい!

(それはよかった)


 男性は荷物をまとめ、去っていく。

 それから璃々もまた母に手を引かれ、家に帰るのだが、そこで母はいった。


(ありゃ■■選手だぞ? なんだってまたこんなとこ、うろついてたんだろうな)


 あいにくと、その名前はもう覚えていないけれど――

 それから璃々は母からその選手がテレビでやるバスケの試合に出てることを聞き、彼を探すためにひたすらバスケを見続けることになる。

 いつか――璃々も彼が失敗した『スラムダンク』をやってみたい、と思った。

 でも、バスケを知るにつれ、女子には明らかに不可能なことを理解し、それでも「バスケ楽しい」と、ただバスケを見ることだけが習慣になったのだ。


 これが全て、璃々がバスケにハマったきっかけ。 


 あの男性の名はなんといったか。

 いつかまた、母に聞いてみるべきかもしれない。

 あの背中。ジャージに刻まれた文字は――


『ANJO』

 

 小さな子供にローマ字なんて読めやしない。

 でも、どこかで何かしらの運命に、すでに巡りあっているのかもしれない。


 残念ながら、璃々はその文字すら覚えていないのだけど。 

 

 少なくとも彼の姿があったからこそ、今日の璃々は存在する。



          5



 そして今――

 いつも何かが始まるこの場所で、再びボールが転がっている。

 だから、このボールは、バスケの神様が与えたテストなのだと思った。


 璃々は気がつけばボールを拾っていた。

 結局こうなるのだ。

 だって、


「だって、バスケが――」


 璃々は今まで簡単に口にしていたその先の言葉を、グッと飲み込んだ。


 霧のような雨は舞う。

 まとわりつくような嫌な雨。璃々を、ボールを濡らしていく。

 ポトリとボールに落ちた一滴。しかしそれは間違いなく、バスケを愛する少女の涙だった。



          ∞



 璃々はボールを手に持つと、ゴールを見つめた。


 初めてシュートができるようになった時から約二ヶ月。たくさんシュート練習をしてきた。

 朝練に200本。

 お昼休みに100本。

 練習後に200本。

 計500本を毎日毎日。

 本当に、楽しかった。だから――


「外れたら、もう辞める」


 バスケットボール選手になりたかった――

 だからシュートの成否によって今後を決める。それならどんな答えでも納得できるはず。


 立つ場所はスリーポイントライン上だった。

 スリーポイントシュートなんて、どうせ届かないと思っていたからチャレンジすらしたこともなかったけれど、練習を続けてきた今なら、もしかしたら、もう届くかもしれない。

 でも外れる可能性のほうがはるかに高い。しかも雨が降っている。

 だから、これは最初から答えがわかっている賭けである。ただの自分を納得させるためのポーズだ。


 雨に濡れた手をスカートで拭う。さらにボールもゴシゴシと。

 それからじっとゴールを見つめる。霧のような雨によってゴールはモザイクが掛かっていて、距離感がいまいち掴めない。


 ――まあ、いいさ。ゴールの高さは3.05メートル。スリーポイントラインからゴールまでの距離は6.75メートル。そんなこと知っている。


 呼吸を整え、今この瞬間に集中する。


 璃々の周囲が静まり返っていく。遠く国道を走る車のエンジンの音。木々の静かなざわめき。風の音。降り注ぐ雨の音。それら一切が消えていく。

 どこかのバカ二人と追いかけっこをしたおかげで、身体はしっかり温まっている。


 おかしなことだ。こういう時に限って、無駄に何でもできる気がしてしまう。


「よし」と、覇気とともに動き出す。


 ボールをお腹の前に構え、膝をかがめる。一度息を深く吐いて、全身のバネを躍動させる。

 身体が伸び上がる動きに合わせてボールを頭の位置に持ってくる。膝のバネから生じた勢いを殺さずに高く跳躍。手を伸ばし、その頂点でボールを送り出す。ボールをリリースするときは、指先までしっかりと神経を研ぎ澄ます。リリースしたあとのフォロースルーも忘れない。


 ――嗚呼、見よ。


 その瞬間、璃々のその姿は、憧れてきたバスケットボール選手たちと重なった。


 雨空の下、

 空高く舞ったボール、

 弧を描いて飛んで行く。

 今日までの努力を乗せて、美しく――


 ゴールフープを、抜けていく。



          ∞



 再び世界に音が帰ってくる。途端にザッと雨が降り注いできたかのようだ。


「えっ……?」

 

 璃々は、抜けた声を上げる。

 シュートを放ったら、ボールがリングを通り抜けた。単純なその光景を受け入れるまで、時間がかかった。

 やがて璃々は驚愕する。


「え、うそ。は、入った!? 入っちゃった!?」


 どうしよう。入っちゃったよ!

 スリーポイントシュート入ったよ! すごいよ! 誰か、褒めて!


 周囲をキョロキョロと見回すけれど、一緒に喜んでくれる人は、当然、ここにいない。

 その笑みは、いつもの元気いっぱいの璃々のものである。


 しかし、それはすぐに歪んでいく。


 入った。入ってしまった。その事実が、胸を締め付ける。

 スリーポイントシュートを決められるようになることは、バスケットボールプレーヤーの一つのステップアップを果たした証である。つまり、璃々は間違いなく、上手くなっている。


「ほら、入った。璃々、うまくなったの」

 璃々は点々と転がるボールを拾い上げると、それを宝物のように強く抱きしめた。


「試合に出たいよぉ……」


 練習だって頑張っている。一度たりとも手を抜いたことなど無いし、ましてやサボろうだなどと、頭にかけらほども浮かんだことがない。ただただ、上手くなるために頑張ってきた。

 それでも、試合に出られない。

 もう、璃々にはわからない。練習を頑張るだけでは――上手くなるだけでは試合に出られないというのなら、あとは何をすればいいというのだ。

 やがて、璃々はポツリというのだ。


「誰か――教えてよ……」

 きっと、それはバスケを始めてから、初めての懇願。


 まだまだ努力が足りないというのなら、そういって。

 ――璃々はそれに歯向かうことはしないから。もっと努力するから。


 才能がないというのなら、そういって。

 ――それでもできることを探すから。


 辞めろというのなら、遠慮しないでそういって。

 ――そうなれば今度こそ、辞めるから。


 もう、どこへ向かって進めばいいかわからないんだ。璃々は初心者なんだ。言い訳をしているわけじゃないんだ。どこへ向かって進めばいいかなんて、最初から知らないんだ。

 見よう見真似で、まっすぐに走ってきただけなんだ。

 だから、お願い。


「誰か、教えてよ! イジワルしないで! 璃々、頑張ってるの! 本当に……本当なんだからぁ……うわあああああん」


 溢れるは大粒の涙。今まで積み重ねてきた鬱憤が、雨となりて流れ流れて地へ落ちる。

 そして――その哀願は空に吸い込まれ、届くのである。


「「それならば! 教えてしんぜよう!」」

 突如として現れた二つの影が、滑り台の上から璃々を見下ろしていた。



           ∞



 璃々は目をゴシゴシこすると、ちらりと声の方を見て、


「うるせぇ……ばかあ……帰れぇ。失せろぉ」

「こやつ……泣きながら罵声を!?」

「せっかくタイミングもセリフも狙いすまして、かっこよく再登場したのに!?」


 愛と勇気の正義の双子が再び現れた。彼女たちは「とう!」と滑り台から華麗に飛び降りると、璃々のもとまでやってきた。そして璃々を取り囲み、ワシャワシャと頭を撫で回してきた。


「ぐすっ……愛、勇? 帰ったんじゃなかったの? 戻ってこないでよぉ……ぐすっ」

「ボールを取りに帰ったのさー」「うっかり忘れてたのさー」


 このボールは愛羅と勇羅のものだったらしい。よくよく考えれば、璃々の頭にボールをぶつけるような連中はこの二人しかいなかった。

 璃々にとって二人が戻ってくることははた迷惑極まりないことなのだが、


 そんなに邪険にしてはいけない。だって、彼女たちは見ていてくれたのだ。


「それにしてもすんごい、いいシュートですなぁ」

「あれを体育館で見せてもらいたかったですなぁ」


 それを耳にするなり、あっという間に璃々の涙が引いていく。


「……見た? 璃々、スリーポイントシュート入ったの!」

「見た見た。スゴイスゴイ」「まあ、私たちのほうがすごいけど」


 どうして素直に褒めてくれないのかしら。ぐすん。

 それでも自分の成果を誰かが見ていてくれたことが、璃々は嬉しかった。相手が双子でなければなお良かったのだが、贅沢はいわない。

 見ていてくれたからこそ、バスケ、もうちょっとだけ頑張ってみよう、そう思えた。

 ――ただ、それだけではダメだ。このまま続けたって『観客』であることに変わらない。

 だから愛羅と勇羅は教えてくれるのだ。誰よりも璃々と長い時間を共にしてきた彼女たちが。

 戻ってきた二人は、なぜか運動着の姿だった。

 愛羅は璃々からパシっとボールを奪うと、ニヤリと笑う。


「さて、リリー? 私たちと練習しようか? 今のリリーに一番大事なこと、教えてあげるわ」

 その言葉を聞いて、愛羅の揺らめく瞳を見た璃々は、空恐ろしさを感じてゴクリと息を呑む。


 雨が、強くなった気がした。



         ∞



 璃々は公共の場で制服をひん剥かれて運動着に着替えさせられた。ちょっとだけ恥ずかしい。

 シャツはともかく、スカートは脱がなくたってバスパン履けるのに! 

 さらに靴を変えろと言われて、愛羅が用意した運動靴を履いていると、勇羅がポケットからヘアゴムを取り出して、璃々の髪の毛をまとめてアンテナを再建してくれた。どうせなら後ろで縛ってくれればいいのに。ぐすん。


 しかし、不平不満を漏らせる雰囲気ではなかった。


 璃々にはわかる。

 口調も態度もいつも通りなのだけど、愛羅が怒っている。

 とはいえ、何に怒っているのかはわからない。とりあえず、練習に付き合わないと酷い目に遭うのは明らかだった。


 ひと通り準備が終わった。

 これから行うものは練習、とはいうものの、それは愛羅との一対一の戦いだった。


「ルールは簡単。外から勇羅がパスを入れるから、私はそれを貰う。そんで攻める。それを繰り返す。リリーは私を止められたら勝ち。止められなかったら、飽きるまでやる」


 勇羅が出すパスは当然、カットしてもいいとのこと。


「これをやれば、璃々は試合に出られるの?」

「そりゃ、リリー次第だわ」


 そして合図もなく戦いは始まった。勇羅が適当な位置でボールを持って、愛羅にパスを入れる。璃々は今日まで練習してきたディフェンスの型をしっかり構えた。


「お、しっかり腰を落としてるね。見た目だけは」

「見た目だけじゃないもん!」

「まあ、れーなセンセーに今日までひたすらフットワークやらされてたから、それなりにはできるんだろうね。でも、リリーのそれは見た目だけだよ」


 愛羅が動く。

 さくら公園のバスケットコートは綺麗に整備されているとはいえ、コンクリート敷のもので、体育館のようなグリップは出ない。しかも今は雨に濡れてなおさら滑りやすい。だから強く踏み込むと、滑って転んでしまう可能性がある――はずなのに、


 愛羅の最初のドライブは恐ろしいほどに速かった。璃々はそのあまりの速さに反応が遅れ、おまけにズルリと足を滑らせた。


 瞬間、璃々を猛烈な衝撃が襲う。愛羅の大きな身体がぶつかってきて、数メートルをゴロゴロと転がされたのだ。

「――っ!」

 声にならない悲鳴が喉から漏れ出る。その間にあっさりとシュートが決められる。


「はい、まず2点。何点取れるかなぁ?」


 愛羅の呑気な声は璃々の耳には聞こえていなかった。アスファルトに叩きつけられて背中が痛い。肘と膝からじわりと血がにじみ出ると、それが雨に濡れて足を伝って流れていく。


「ほら、リリー。立てよ」


 璃々に怪我を負わせたというのに、愛羅は何一つ悪気を感じていないようだ。

 それもそうだろう。今のプレーは璃々が派手に吹っ飛んだけど、愛羅は何も悪いことはしていない。バスケットボールのルールに則るのなら、愛羅の進行を不正に邪魔しようとした璃々のファールなのだ。


 ――ああ、そういうことね。


 これから愛羅は今のようなプレーをずっと続けてくるのだろう。

 そしてルールに則って、璃々を痛めつけてくるのだ。


 ズキンズキンと身体が悲鳴を上げる。

 でもこれはバスケで負った傷。文句なんていえなかった。





 ――つづく。

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