第6話 人質(自分)
手毬お姉ちゃんを自立させて追い出したいのであれば、アコギな商売を黙認した方がいいだろう。だけどな、遅かれ早かれトラブルになると分かってて見過ごせるはずがないだろ(というか手毬おねえちゃんが他人に下着を見せることに耐えられん)。
「なるほどー、友達をスパイにしたんだねー」
「容疑を認めるってことでいいんだね?」
「容疑って、言い方にトゲがない?」
容疑だろうが! 普通の飲食店で性的なサービスしていいわけないだろ! 下着当てギャンブルなんて認めたら、この国は終わりだよ!
「とにかく客に下着を見せるなんてダメだから」
「ふーん?」
何? 『ふーん?』って何? なんでニヤニヤしてんの? 怒られてるってことを理解してないのかな? してないんだろうなぁ。
「何を笑ってるの? 俺、結構真面目な話してんだけど」
「いや? 嫉妬する健志君、可愛いなぁって」
は、はぁ? そりゃ多少の嫉妬はあるけど、怒ってる理由はそこじゃないんですけど? っつーか、俺はお姉ちゃんの下着洗ってるし? わざわざ洗い方を調べて、手洗いしてるんですけど?
「嫉妬とかじゃなくてだね、居酒屋で下着なんて見せていいと思ってんの?」
「見せるって言っても、なるべく下着だけが見えるようにしてるよ? 鼠径部とか谷間は見せてないし、ただの布だって」
それはまたずいぶんと器用なことを……。というかそれでお金貰えんだな。とりあえずガッツリ見せてないってのは、俺的に安堵ポイントだな(それでもあんまり面白くないけど)。
「だとしてもよくないって。店長さんにバレたらまずいでしょ?」
「バレないって、個室のお客さんにしかやってないし」
「だーかーらー、そのお客さんが別の店員に絡むかもしれないじゃん? 女性のバイトってお姉ちゃんだけじゃないでしょ?」
他の女性スタッフが下着ギャンブルを頼まれたら、必然的に他のスタッフの耳にも入る、それなれば確実にお姉ちゃんが犯人だってバレるよ。
「私以外はこのギャンブルしてないってのは事前に言ってるよ? えへへ、私って意外とシゴデキでしょ?」
うるせぇ、八年もニートやってたくせに。
「相手は酔っ払いでしょ? というか、その念押しがどこまで効力を持つんだよって話なのよ」
「えっ? 今のって一旦褒めるところじゃないの?」
はぁ? どれだけ恵まれた教育環境で育ったんだ? 褒めて伸ばす方針の末路がこれなのか?
「バイト中に違法なギャンブルで稼ぐ貴女をどう褒めろと?」
「トラブル回避のために、お客様に忠告してるじゃん。その用意周到さを褒めてくれないとー」
転売ヤーが『俺らは苦労して並んでるし、赤字のリスクも背負ってる』とほざいてるのを見た時と同じ感情だよ、下手をすればそれ以下かもしれない。
「最低限の危機管理能力はあるみたいだね、最低限の」
「ふふん、ダテに健志君より長く生きてないからね」
そっか、長生きしても皮肉を理解する能力は身につかないのか、こんな初歩的で分かりやすい皮肉なのに。
「とにかくチップ稼ぎは禁止!」
「えー!? 感情論で物事を決めるのは良くないぞー!」
手毬お姉ちゃんの下着を他の男に見せたくないって意味では感情論かもしれないけど、基本的には論理的な意見だよ? だって危ないじゃん、なんらかの罪に引っかかりそうな稼ぎ方だし(少なくとも脱税には引っかかるし)。
「税金の兼ね合いもあるしさ、やめときなって。ね?」
「バレないって、そもそもこんなの言い出したら大人のお店で働いてる人達なんてアウトじゃん。同級生が今キャバ嬢やってるけど、給料手渡しだから源泉徴収分しか納税してないって言ってたよ?」
「それは泳がされてるだけでそのうち捕まるんだよ」
「知ってるよ、それぐらい。でも客から貰った現金はチョロまかせるじゃん、少額ならさ」
うぐっ……完全に無知なら説得できたかもしれんけど、中途半端に知識を持ってるから食い下がってくるな。短期間とはいえ社会人やってただけのことはある(社会人経験をもっと良い方向に活かしてほしかったけど)。
「なんにせよやめときなって、一度でもこういう稼ぎ方をするとクセになるっていうか、歯止めが利かなくなるよ?」
「あっ、その発言は〝お姉ちゃん侮辱罪〟でアウトです」
なんなのさ、〝お姉ちゃん侮辱罪〟って、なんで一般人とお姉ちゃんで罪状が分かれるんだよ(お姉ちゃんも一般人だけど)。というか侮辱じゃないし、全然。
「どこが侮辱なのかな?」
「私のことをバカにしてるもん、調子に乗って破滅するタイプのバカだって」
皮肉は汲み取れないくせに、こういうのは汲み取れるんだね(汲み取るというかただの言いがかりな気がするけど)。アレかな? うっすら自覚してたのかな?
「じゃあお姉ちゃんは切り上げ時を間違えないって言うの? 上手くいけばいくほどやめられないと思うんだけど」
「大丈夫だって」
何を根拠に言ってるんだろうか、説得力の欠片もないんだけど。
「だってどうせ、そのうちバイトなんて辞めちゃうだろうから、この稼ぎ方はできなくなるよ」
うわっ! 説得力あるなぁ! 負の信頼に限っては誰よりもあるよ、この人。
「……俺的にはその稼ぎ方だけやめて、バイトは継続してほしいんだけど」
「ないない、一番ありえないって」
うん、よく分かったよ、その身振り手振りの激しさと表情で。本人が無理だというなら、実際無理なんだろうね。
「……バイト辞めたいの?」
「そんなの当たり前でしょー! 私はなんやかんや溶け込めてるけど、正社員がバイトをイジメてるところしょっちゅう見るから、気が滅入っちゃうよ」
うっ……辞めたい理由が生々しすぎて、あんまり強く言えないな。いや、アラサーならそれぐらい割り切れよって思うけど、難しいところだなぁ。実際俺も、正社員にイジメられてる派遣社員とかパートのオバちゃんを目の前で見たら、胃が痛くなるだろうし。うーん……。
「それはまあ、どこの会社でもあることだし……」
「それって関係なくない? 悪いことを皆でしてるってだけの話じゃん」
ニートチャンスを見つけた瞬間、口が回りだすのなんなの? やっぱり人間って、サボる理由を見つけるのが上手いんだなぁ(ダイエットとか勉強も、やらない理由はいくらでも思いつくもんな)。
「さぁ、バイトを辞めたお姉ちゃんを養うか、お姉ちゃんがバイト先で汚いオジさん達に下着を見せるのを黙認するか、二者択一だよ!」
自分の貞操を人質にしてきやがった! 仕事も貞操も自分に関することなのに、それを脅しに使うってどういうこと? 世話になってる人に対してこういうことするのは敬意が足りないというか、人としてダメだよね。
「二週間だけだよ……充電期間は」
あっさりと屈服する俺も、お姉ちゃんに負けず劣らずダメだよなぁ。




