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ゴーストバスターズ  作者: そら
第一章 ようこそ、地獄へ
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7話 焦燥に急かされて

本日もよろしくお願いします。

「ん……」


「あ、ひ、光ちゃん!」


 沈みきった意識の海底から重たい水を掻き分けるようにして、ようやく顔を出した私を出迎えてくれたのは、瞳に憂いを宿した凜ちゃんだった。

 

「り、ん、ちゃん……? それ、に、ここは……?」


 言葉はうまく繋がらず、かすれた音として途切れ途切れに零れる。


 私はゆっくりと首を巡らせた。


 ぼやけた視界の中、白い天井があり、左には四角く切り取られた窓、右には隣を隔てる白いカーテンが垂れていた。 


「あ、えっと、こ、ここはね。訓練施設にある病室だよ」


「びょ、う、しつ?」


 舌の上でその言葉を転がすうちに、朧気だった意識は徐々に輪郭を帯び始める。 


 やがて、奥底に沈んでいた記憶がゆっくりと浮かんできた。


 ――ああ、そうか……私、負けたんだ……


 私の脳裏には、先程の模擬戦の光景が蘇る。


 為す術もなく、ただ圧倒されて終わった戦い。

 敏捷びんしょうも、力も、すべてにおいて凜ちゃんは私を凌駕りょうがしていた。その差は歴然で、そこに抗う余地など、はじめからなかったかのようだった。


 きっと凜ちゃんにとって私は赤子の手を捻るに等しい相手だっただろう。


 それは凜ちゃんに限った話ではない。


 模擬戦の前に見ていた、他の生徒たちの動き。


 どれもが洗練され、身体の隅々にまで技術が行き渡っていた。


 そこには、私のようにぎこちなく、手探りで動く者の姿は一人として見当たらなかった。


 私と凜ちゃんの試合は後半の方だった。だからこそ、ほとんどの生徒の実力を見届けることができた。


 そして、否応なく思い知らされたのだ――あの場にいた誰よりも、私が劣っているという事実を。


 ――もっと努力しないと、憧れどころか、周囲にすら置いてけぼりになっちゃう。


「ひ、光ちゃん!」


「っ……!? ど、どうしたの?」


 凜ちゃんの声が、深く沈みかけていた意識を現実へ引き戻した。

 とっさに返した声は、自分でもわかるほどわずかに上擦っていた。


「ご、ごめんなさい!」


「え、ちょ、り、凜ちゃん!? いきなりどうしたの!?」


 凜ちゃんの唐突な謝罪に思考が一瞬だけ停止してしまう。も、すぐに我を取り戻し、私は慌てて上体を起こして、凜ちゃんの顔を覗き込む。


 ジャージのすそをぎゅっと握りしめたまま視線を落とす凛ちゃんは、消え入りそうな声で続ける。


「わ、わたしが……ひ、光ちゃんの、みぞおちを、強く打っちゃったから……そ、その痛みが残って、それで、辛そうな顔をさせちゃったから……だから、ご、ごめんなさい!」


 私はその言葉を聞いて、ようやくに落ちる。

 

 どうやら凜ちゃんは、先ほど私が浮かべていた表情を、模擬戦で受けた一撃の名残なごりによるものだと受け取ったらしい。


 ――本当は、まったく別の想いに囚われていただけなのに。


 その些細な行き違いが、結果として彼女を追い詰める形になってしまったことに胸の奥がちくりと痛む。


「紛らわしくてごめんね?」


 私は出来るだけ柔らかな声で言う。


「ただ自分の不甲斐ふがいなさを痛感してただけ。だから、凜ちゃんが謝罪する必要なんてないよ」


「で、でも……」


 凜ちゃんは小さく首を振る。


「わ、わた、しが、ひ、光ちゃんを傷つけたことは、ほ、本当だから」


 かすかに震えるその声には、逃れようのない事実を抱え込んでしまった者の、拭いきれぬ罪悪感が滲んでいた。

 

 もしかしたら、彼女は最初から、そのことの謝罪をしたかったのかもしれない。


「仕方ないよ。模擬戦なんだから、どっちかが負傷するのは当たり前でしょ? 私だって、本気で凜ちゃんに向かっていった。ただ今回、それが私だっただけ」


 私はほんのりと笑顔を含ませる。


「だから、凜ちゃんが気にする必要ないよ」


「……」


 気にしないでいい、と伝えたけれど、彼女の表情に差したかげりは、容易には晴れなかった。


 どうすれば罪の意識から遠ざけてやれるのか。


 しばし考えた挙句。


「凜ちゃんはどうして三つ葉女学院に入学しようと思ったの?」


 "話題を変えて、そっちに意識を向けさそう"作戦を私は、企てる。


「ふえ?」


 不意に投げかけた疑問に、凜ちゃんは間の抜けた声を出す。


 その拍子に、張り詰めていた空気がわずかに緩み、彼女の表情にも、ほんの一瞬、淡い明るさが戻った。


「あ、ごめん。言いづらかったら無理に答えなくていいんだけど……ちょっと気になっちゃって」


 本心だった。


 私は雫さんへの憧れを胸にここへ来たけれど、ほかの人たちはどんな想いを抱いてこの場所を選んだのか、少し気になっていた。


 きっと、凜ちゃんにも想いがある。じゃないと、この学院を目指すなどと考えるはずもない。


「え、えっと……そ、その……ま、魔法少女みたいに、わ、わたしも……誰かを、助けられる人になりたいって、憧れて」


 凜ちゃんは俯き、互いの人差し指をちょんちょんと触れさせながら、恥ずかし気に語る。

 

「や、やっぱりおかしいよね!? こ、こんな子供っぽい理由で、こ、ここに入学するなんて」


 凜ちゃんは自分で自分をおとしめるように、自虐する。


「ううん、全然おかしくないよ! 凄く立派な理由だよ!」


「ほ、ほんと、に……?」


「うん!」


 ためらいなく頷く私に、凜ちゃんは信じられないものを見るように、瞳をき出しにする。

 

「えっと、凜ちゃん? どうかした?」


 その反応の理由が分からず、私は戸惑いながら声をかける。


「えっと、て、てっきり笑われるとばかりお、思ってたから」


「笑うわけないよ! 憧れっていうのは、その人にとって、かけがえのない大切な宝物のようなものだから。それを笑うことなんて、私には出来ない。それに――」


「あ……」


 言葉の続きを飲み込むように、私はそっと右手を伸ばし、凜ちゃんの頭に触れた。

 指先でやさしく撫でると、凜ちゃんはくすぐったそうに目を細める。


「凜ちゃんは子供っぽいって言ったけど、憧れに優劣なんてないと、私は思うよ」


 撫でる手の動きに言葉を添えるように伝える。

 すると凜ちゃんは、嬉しそうに小さくはにかんだ。


「え、えへへ、ありが、とう、ひ、光ちゃん」


 目を覚ましてから一度も笑う姿を見せなかった凜ちゃんが、ここにきて初めて笑う。

 半ば行き当たりばったりな作戦だったけど、凜ちゃんから罪の意識を、ほんの少しでも遠ざけられたのなら、それでいい。


 私は凜ちゃんの幸せそうな笑顔を見て、私もまた幸福感に満たされていたのだった。



 

          *



 

 ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ。


 乾いた空気を裂く音だけが、夜の静けさに細く響いていた。

 

 夜八時。


 寮で夕食を済ませた私は、ジャージに袖を通すと足早に訓練所に赴いた。


 模擬戦で負った傷に後遺症はなく、病院のベッドで寝ていたから、身体は拍子抜けするほど軽い。

 けれどその軽さが、かえって胸の奥に沈む焦燥しょうそう感を浮かび上がらせていた。


 ――早くみんなに追いつかないと!


 今日の模擬戦で痛感した周囲と自分の実力差。

 

 その事実が私の焦燥感に拍車をかける。


 一振り、また一振り。


 刀を振るたびに、動きの合間は削ぎ落とされ、間隔は次第に詰まっていく。

 形を意識する余裕なんてどこにもなく、ただ回数を重ねることだけにすがりつく。

 

 そうしていなければ、この差が永遠に埋まらない気がして、怖かった。


「太刀筋がぶれてますよ」


 不意に私の背後から声が落ちてきた。


「え……?」


 その一言は、水滴のように静かでありながら、私の内側で燃え上がっていた焦燥を、音もなく鎮めていった。


 私は振り下ろしかけた腕を途中で止めて、その声に導かれるようにして振り返った。

今日は後、一話か二話投稿出来たらしたいなと思います。

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