ずっとそばに
本日、三つ目の投稿になります。
ヴァイオレットに連れられて、カリムは森の境界に来ていた。
先程、カリムの目の前に座り込み、ひたすら頭を下げていたヴァイオレットのことを思い返す。
どうやら謝っていたらしい。
謝るならヴァイオレットのことを傷つけた自分の方じゃないのか、とか。謝る時に両手をこすり合わせるのは同じなんだなあとか。
困惑した頭に色々浮かんだ気がしたけど、ヴァイオレットの身体を見て、傷が塞がっているのを目にしたら、他のことはどうでもよくなってしまった。
本当に傷が塞がったのか、確認したくて手を伸ばしたら、ヴァイオレットがびっくりした顔でこっちを見るから、手のやり場に困ってしまった。伸ばした手前、引っ込みがつかず、どうするか迷い――カンナが頭をなでてくれたのを思い出し、同じようにしてみたら嬉しそうにしていたから、あれでよかったのだと思う。
カリムはヴァイオレットに手を引かれたまま、周りに目を向けた。
暗い森を一歩出れば、まばらに木が生えているものの、陽の光を遮るほどではない。
今朝、ここに足を踏み入れたとき、昇ったばかりだった太陽は、今は空高くにあった。
二人の他に人気はない。
しかし、ここから少し進めば、エマたちのいる場所に出られるはずだった。
ヴァイオレットは、そっとカリムの背中を押した。
背中を押され、カリムの足が一歩、二歩、前に出る。
いけ、ということだろうか。
カリムは振り返った。
彼女のその白い顔に浮かんだ表情を見て、息を呑む。
ヴァイオレットは今、自分がどんな顔をしているのか、わかっているのだろうか。
そこに張り付いているのは、笑顔というにはあまりに悲しげで。
カリムは自然とうつむいた。
ヴァイオレットが首を傾げたのが、視界をかすめるワンピースの動きでわかる。
――離れたくないなら、そう言えばいいのに。
そこで、カリムは自分にも言えることだと気がついた。
ヴァイオレットにそんな顔をさせたのは、紛れもなく自分なのだ。
カリムはこれまで、“人の気持ち”を優先させるあまり、人にばかり言わせてしまっていた。
自分からは何も言わず、相手にばかり求めるのはどうなんだろう。
カリムは自分がどうしたいのか考えた。
――そんなの。
自分の中で、すでに答えは出ている。
でなかったらわざわざこんなところまで――荷馬車に紛れ込んでまで、ついて来ようとは思わない。
カリムは大きく息を吸うと、ヴァイオレットを見上げた。
言葉が通じないのはわかってる。
だったらもう、伝える手段なんて一択だ。
カリムは顔に熱が溜まるのを感じた。
ヴァイオレットたちの距離感が近いのは知っているし、自分がそれをしたところで、彼女からしたら、なんでもないことなのかもしれないけれど。カリムが今からしようとしていることは、彼にしたらとんでもなく近い距離で。
思えば自分からそんな風に、人と接したことないなあと思う。
ちゃんと伝わるか不安だし、拒まれたらショックで寝込むかもしれない。
それでも、このまま何もしなかったら、きっと後悔しそうだから。
カリムはヴァイオレットに一歩近付くと、思い切って両腕を伸ばし、その細い腰に巻きついた。
ヴァイオレットの後ろに回した両手に力をこめる。頬に当たったワンピースの布越しに、ヴァイオレットのぬくもりを感じた。
離れたくない。
ヴァイオレットが、一瞬、身を固くした気配が伝わってきて、ちょっと不安になったけど、すぐに頭に柔らかな感触があって。
なでられているのだと気がついた。
「****の?」
耳を打つ柔らかな声に、かすかな震えを感じ取って、カリムは笑った。
「行って欲しいなんて思ってないくせいに」
なんて言ってるかはわからないけど、伝わるものは確かにある。
多分、カリムがしゃべったことなんて、ヴァイオレットは聞き取れなかったはずだけど。
ヴァイオレットの伝えたいことがカリムにわかるのと同じように。
きっと、ヴァイオレットにも伝わっているはずで。
カリムはもう一度、抱きしめた腕に力をこめると、ヴァイオレットの顔を見上げるように、その瞳を覗き込んだ。
スミレ色の瞳とオリーブ色の瞳が交差する。
「ずっとそばにいさせてよ」
ヴァイオレットの隣にいたい、と言ったら、強く抱き込まれた。
カリムの顔は耳まで真っ赤になったし、ヴァイオレットの抱きしめる腕が強くて、ちょっと苦しいと思ったけれど、カリムの言いたかったことはちゃんと伝わったみたいだから。
まあいいか、と素直に思えた。
小刻みに震えるヴァイオレットの背中をゆっくりとなでる。
一瞬、ビクリとその背が跳ねた。
そのまま安心させるようになでてやる。
正直、この距離感に、カリムはいっぱいいっぱいだったけど。
ヴァイオレットが落ち着くまで、もう少しの間、このままで――。




