理由
本日、二つ目の投稿になります。
カリムはヴァイオレットにしがみついたまま、きつく瞳を閉じていた。
突き刺すような痛みが身体を貫くところを想像し、全身に力が入る。
しかし、いくら待ってみても、思ったような痛みは襲ってこなかった。
「……?」
不思議に思い、細く目を開ける。
緊張からか、カリムの目元がひくひくと引き攣れた。
最初に目に入った赤に、カリムは既視感を憶えた。
村に塔が立ったあの日、確かに見た、炎の揺らめきにも似た赤い色。
顔をあげれば、凛としたカンナの背中が見えた。
その手はあのときと同じように、右手を鞭に変えている。
違うのは、そばに誰も倒れていないことだった。
あのとき、そのそばには父親の変わり果てた姿があった。
カリムはぼんやりと“あの日のこと”を思い出し、焦点の合わない目で辺りを見回した。不思議なことに、先程、すぐそばにいた男は、影も形も見えなくなっていた。
ただ、その存在があったことを示すかのように、少し離れた場所に、男が手にした抜き身の剣が一本、無造作に落ちていた。
こちらに背を向けていたカンナがくるりと振り返る。
丁度、見下ろされるような形になり、カリムの肩がビクリと跳ねた。
その瞳は険しい。
カンナは右手を振って、変形させていた手を元の形に戻すと、カリムの前で身を屈め――
おもむろにヴァイオレットの耳を捻り上げた。
「いたい、いた……いた、いたたたちょっと、ほんといたい!」
ヴァイオレットの悲痛な叫びが、放してと言わんばかりに辺りに響いた。
その様子に、カリムはぽかんとしてしまう。
「あんたは、そんな恰好で、何を、してるのか、私にもわかるように、ちゃんと、説明してくれるかな?」
一音一音はっきりと、短く区切ってカンナが尋ねる。区切るたびに、ぎりぎりと耳を引っ張って、ヴァイオレットを無理やり起き上がらせた。
ヴァイオレットの身体からは、依然としてだらだらと血がこぼれている。
カリムは漠然と、「そんなにしたら、死んじゃうんじゃないかなあ」と頭のどこかで思ったが、ぼんやりと二人のことを見守るのみで、その場に固まったまま動けないでいた。
冗談みたいなその光景に、頭がうまく働いていないようだった。
そんなカリムの目の前で、二人はお構いなしに続ける。
「いやあ、ちょっと、死んでみるのも悪くないかな……って、ちょっと! ちぎれる! ちぎれるからっ! いい加減、放して!」
「私、一応ケガ人なんだけど!」とヴァイオレットが訴えれば、
「私ねえ。『死ぬ』とか言ってる人に、優しくする必要、ないと思うの」
「むしろ手伝ってあげてるんだから感謝して欲しいわ」と、カンナがにこりと告げる。そのヴァイオレットに向ける目が、微塵も笑っていない。
「やばい……命の危機を感じる……」
その眼からカンナの怒気を感じ取り、ヴァイオレットは懐から龍石水を取り出した。
それを見たカンナはひとつ頷くと、カリムに視線を移した。
吊り上げた眼を和らげ、怪我がないか確認しようと手を伸ばす。
すると、最初に会った頃のように、ビクリとその身体が竦んだ。
カンナは苦笑して、構わずその頭に手を乗せると、よしよしとなでる。
そうしている内、次第にカリムの身体から、強張りが取れていった。
力の抜けた少年のそばに、短剣が落ちていることに気づく。
カンナはそれを拾い上げると、その刀身を検めた。銀色の液体がてらてらと光っている。
「……ねえ、ちょっと、これ、どういうこと?」
カンナは刀身についた銀色を指でなでながら、ヴァイオレットを振り返った。
カリムに構っている間、ヴァイオレットはきちんと龍石水を使ったようで、その体にあった傷は全て消えていた。一部、短剣なんかでつけた傷とは違うようなものも見えた気がしたが、そこはあえて突っ込まずにおく。あんな傷をつけられるのは、一人ぐらいしか思い浮かばない。性格にやや難はあっても、同族を手にかけるような人でもないので、何かあったんだろう。
ヴァイオレットに視線を向ければ、そのスミレ色の瞳が宙を泳いでいた。
カンナの瞳がストンと据わった。
「もう一度、耳を引っ張られたい?」
「待って! 待って、わかった、言うから!」
こちらに足を踏み出すカンナを、ヴァイオレットは両手を左右に振ってとどめた。
直情的な友人は、怒ると遠慮がないので本当に怖い。名は体を表すと言うが、名前よりもその身に宿した色こそが彼女の性格をよく表していると思う。
ヴァイオレットは包み隠さず、かいつまんで全てを話した。
始めは目を吊り上げ、眉根を寄せて話を聞いていたカンナだったが、話が進むにつれ段々と眉尻が下がり、今は額に手を当てている。
「つまり……」
「うん。やっぱり、許せなくてここまで来たのかなって思ったから、仇を討たせてあげようかなあと……」
命令して自分を斬らせたらしい。
カンナは盛大にため息を吐いた。
ここのところ、ずーっと、うじうじしていた友人は、どうもその眼が曇っていたらしい。少なくとも、駆けつけたカンナの眼には、カリムが仇を討ちに来たようには見えなかった。
「……仇を討ちに来た人は、あんな風にかばったりはしないんじゃないかしら」
「……かばった?」
「あんたのこと守ろうとして、覆いかぶさってたじゃない」
「……え?」
「気づいてなかったのか」
あんなにしがみついてたのに、と言えば、目に見えてヴァイオレットが狼狽える。
「えええ、だって、短剣持ってこんなところまで来たんだから、そうだとしか思えないじゃない」
「『こんなところ』だから、短剣ぐらい、持ってても不思議はないと思うけど?」
言外に護身用でしょと告げたカンナの言葉に、ヴァイオレットは口をぱくぱくさせたあと、ぎぎぎ、とカリムに顔を向けた。ヴァイオレットと目が合った瞬間、カリムが気まずそうに視線を逸らす。
親も知ってる人もいなくなった村に、しかもこれから何が起こるか予想はしていたはずのカリムが、のんきに墓参りに来たとは考えにくい。敵討ちでもなくこんな場所に来るとしたら、考えつく理由はひとつぐらいのものだ。
カンナは、このどこか抜けてる友人にもわかるように、わざとらしく声に出した。
「あーあ、カリム、かわいそー。やりたくもないことやらされてー。しかも会いに行こうと思ってたその人に傷つけさせられるとか。ないわー」
「……会いに……。私に?」
どうやらまだ寝ぼけているらしい。カンナは止めとばかりに続けた。
「心配してきてくれたんじゃないの?」
「……心配」
ヴァイオレットは、ようやくカンナの言っていることが呑み込めたのか、嬉しいような慌てたような、その白い顔いっぱいに、風雑怪奇な表情を浮かべた。
その口からは、「えっ、うそっ」とか「だって……」とかいう声が漏れている。
ヴァイオレットはひとしきりその場で身もだえたあと、カリムの正面に正座をし――
平謝りに謝ったのだった。




