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正体(2)

 カリムは天地がひっくり返ったような強い眩暈(めまい)を感じた。

 思わず目を閉じる。

 しばらくそうしていると、次第に眩暈も収まってきた。そっと目を開ける。

 最初に覚えたのは違和感だった。

 確かに自分の身体であるはずなのに、常とは違うそれ。

 不思議に思い、自分の手に目をやった。

 そこには普段見慣れたはずの小麦色の肌ではなく、浅黒く変色した手があった。

 驚いて、掴んでいたマントから片手だけを放し、ためつすがめつその手を眺める。

 次いで、全身を確かめた。

 少年の肌は、グリードのように浅黒いものへと変わっていた。

 試しに歯列を舌でなぞってみると、四角く並んだそれではなく、ギザギザに尖っているようだった。

 カリムは自身に起こったことが理解できず、目を白黒させる。


「よお、坊主」


 呼ばれた、と思った。

 自分の身体から視線を外し、目の前へと移す。

 そこには先程と変わらず、カリムにマントを(つか)まれたグリードがいた。やや不機嫌そうに眉をひそめている。


「いい加減、手ェ放してくれないか?」


 そう言って、掴まれたマントを指で差す。

 扉一枚隔てた向こうに人がいるとわかっているからか、その声音は聞き取るのがやっと、というくらいに抑えられている。


「えっ!? あっ、はいっ」


 グリードが小さな声でしゃべるので、カリムの声も自然と小さくなった。

 カリムは掴みっ放しだったマントの裾を慌てて放す。

 見ると、強く握っていたためか、そこにシワが寄っている。


「……ごめんなさい」


 なんとなく申し訳ない気になって、カリムは謝った。


「うん、まあ、それはいいんだけどな」


 言いながら、グリードはシワになったそこを手で伸ばす。

 そこでまた、カリムは違和感を覚えた。その正体がわからずに首を(ひね)る。


「で?」

「え?」


 戸惑うカリムに、グリードが疑問を投げて寄越した。


「何か用があったんだろ?」


 この際だから聞いてやると言われ、違和感の正体に気づいた。

 カリムは思わず大きな声をあげそうになって、口を押さえる。

 グリードも慌ててカリムの口を押さえた。


「おいおい、勘弁してくれよ。まだ外にいるんだろ?」


 目線で扉を指し示すのに、カリムはこくりと(うなず)いた。

 手を離すぞと言われ、これにも素直に頷く。

 グリードがゆっくりと、カリムの口から手を離した。

 グリードの手から解放されて呼吸が楽になったカリムは、息を吸って吐く。

 一呼吸の間を置いて、グリードに尋ねた。


「あの……どうやってここに?」


 どうして言葉がわかるのかとか、自分は今どうなっているのかとか。聞きたいことは他にもあった。しかし、今はそれよりも、気にしなくてはならないことがある。

 カリムの問いに、グリードは少年の頬の痣を指差した。


「それ。坊主にはわからんかもしれんがな。お前さんから、お嬢ちゃんの気配がしてるのよ」

「ビオレの?」


 カリムは左頬に手を当てた。

 自分の身体を確かめるように見下ろす。

 しかし、カリムにはそのような気配は感じ取れなかった。


「そう。あとはその気配を頼りに、地下を通ってここまで来たんだ」


 そう言って、キシシと笑う。

 グリードとしては、ヴァイオレットが少年に名前を書こうが書くまいが、正直どちらでもよかった。しかし、印を刻んでおいてくれたお陰で、慣れない地上をウロウロすることもなく、こうして一直線にここまで来ることができた。

 保険は掛けておくものである。


「地下……」


 少年は視線を落とした。

 地下を通ってということは、地面の下を掘ってここまで来たのだろうか。

 あの村からここまでは、結構な距離がある。

 “掘る”と言っても、そう簡単なことではないはずだ。とはいえ、塔を一瞬で立ててしまうような人達である。カリムは不思議とは思わなかった。


「聞きたいことはそれだけか?」


 かけられた声にはっとした。視線を上げれば、グリードがカリムの帽子に手を伸ばそうとしているところだった。

 カリムは慌てて、頭に乗った帽子を押さえる。

 グリードが「あん?」と片眉を跳ね上げた。


「オレも暇じゃないんだけどな?」

「ぼ、ぼくも連れてってください」


 カリムは咄嗟にそう言った。途端、グリードの顔が(いや)そうに歪んだ。


「連れてけって言われてもな……」


 グリードとて遊びに来ているわけではない。小さな子供一人を抱えて、こんな場所をウロウロするわけにもいかなかった。

 どうしたもんかと顎に手をやったところで、カリムが更に言う。


「ここから出してくれるだけでいいんです。あとは自分でなんとかしますから」


 少年は頭を下げて懇願した。

 そんな少年の必死な様子に、グリードはふむと顎をなでた。

 無視してもよかったが、ここまで難なく来れたのは、少年のおかげでもある。グリードは、ひとつくらい言うことを聞いてやってもいいかという気になっていた。

 ばさりとマントを後ろに払うと、その場に座り直す。

 それを見たカリムもグリードの正面に正座した。


「なんとかするって、具体的にどうするんだ?」

「庭に荷馬車が停めてあるので、それに乗り込もうかなって」

「荷馬車?」

「武器とか、いろいろ積んであるんです。明朝出発するみたいだから、そこに紛れて村までいこうかなって……」


 グリードは、カリムの話をふんふんと聞いていた。その間、いくつか質問を重ねる。

 カリムはグリードの質問に、知っている限り、正直に答えた。

 一通り、少年の話に耳を傾けたグリードは、ぽんと膝を打つと「わかった」と頷いた。


「送れるのは庭までだ。それでもいいか?」

「はいっ」


 カリムはホッとして、笑みを浮かべた。

次回の更新は、2/18(月)の予定です。

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