八方塞がり
こんな夜分にもかかわらず、きっちりお仕着せに身を包んだ使用人の男は、カリムを洗面所まで案内してくれた。
洗面所の中は完全な個室で、窓のようなものはない。
(お手洗いが部屋の外でよかった……)
備え付けの部屋であったなら、説明に困るところだった。
カリムは急いで用を済ませると、廊下に出た。
案の定、男は廊下で待っていた。
カリムはなんとなく気まずいように感じたが、男の方はそうではないらしく、案内してくれた時と同じように、平然と部屋まで送り届けてくれた。
部屋の扉を開けてくれた男は、「おやすみなさいませ」と深く丁寧なお辞儀をする。
「……おやすみなさい」
思わずそう返すと、男はやんわりと微笑んで、部屋の扉を静かに閉めた。
部屋に静寂が戻る。カリムはばったりと弾力のあるベッドに倒れ込んだ。
これでは馬車に乗り込むどころか、部屋から出ることもままならない。
カリムはベッドにかけられた柔らかな布を掻き抱くと、大きく息を吐いた。
部屋の外にいるあの人は、いつまであそこにいるんだろう。夜通し起きているつもりなのか……。
――どうしよう。
皆がここから発つまでに、荷馬車に紛れ込むことができなければ、ついて行くことは難しくなる。
カリムは焦る気持ちにもどかしさを感じながら、室内に目をやった。
少し高い位置に、カーテンの引かれていない窓がある。
あのくらいの幅だったら、通り抜けられそうだ。
カリムはベッドから跳ね起きると、窓に椅子を寄せた。
そこに足をかけ、開けようとして手を伸ばした。その動きが止まる。
窓は破目殺しになっていて、割りでもしないかぎり出られそうにない。
カリムは窓に両手をついた。
――なんだか。
閉じこめられているみたい。
塔が立った村の生き残りで、ヴァイオレット達――村を襲った人達と過ごしていた。頬には奇妙な痣があり、先刻、デフェルには彼女たちが「ひどいやつらじゃない」と告げてしまっている。
――だから、何か疑われているのかもしれない。
そこまで考えて、カリムは慌てて頭を振った。沸いた疑念を振り払う。
ここの人達は、とても良くしてくれている。
この部屋に移ったのだって、人が増えたからのはずだ。
前に使っていた部屋なら、もう何人かは寝られるはずである。
カリムは疑いそうになる心を必死に押しとどめた。
良くしてくれた人達のことを、そんな風に考えたくはない。
カリムは大きく息を吸い込み、胸に溜まった靄を吐き出すと、窓枠にこつりと額を当てた。
扉から出るのは無理だろう。
もう一度あの人に顔を合わせたら、なんて説明したらいいのか分からない。
かといって、他に出られそうな場所もなかった。
(ここで、待つしかないのかな……)
全てが終わって、救貧院へ預けられて――……。
カリムはイヤだな、と思った。
塔が立ってからこっち、流されるようにしてここまで来た。
(――違うな)
思えば生まれてからずっと、そうであった気がする。
父と暮らしていた時も、村に塔が立ってヴァイオレットに拾われた時も、デフェルに村から連れ出された時も――何ひとつ自分で選んではいないのだ。
カリムは窓から見える地面に目を向けた。
初めて、自分の意志で動こうとしている。
もし、このまま行くことも出来ずに全てが終わってしまったら、この先も、自分では何ひとつ決められず、生きていくことになりそうな気がする。
カリムは足元にある椅子を見た。
これをぶつければ、外に出られるかもしれない。
しかし、少年の身体はピクリとも動かなかった。
人の家の物を“壊す”という行為に、少年の良識がブレーキをかける。
それに、たとえ割れたとしても、大きな音が響くだろう。
そうすれば、部屋の外にいるあの人が、すぐに飛んでくるはずだ。
――ほかに何か……。
カリムは窓に額を預けたまま、外に出る方法を考えていると、その背後――誰もいない部屋で、何かが動く気配がした。
扉の開いた気配はなかった。
なんだろうと思って振り返る。
「――――っ!?」
悲鳴を呑み込んだのは奇跡に近い。
振り返った部屋の床――そこに、首から上だけが生えていた。
次回の更新は、明日2/7(木)の予定です。




