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龍石水

 夕飯をすませたカリムは家の外、衝立の向こう側にある洗い場へとやってきていた。今日は一人だ。

 当然のごとく付いて来ようとするヴァイオレットに対し、初日以降、断固拒否を貫いている。幸い、カンナがカリムの気持ちを汲み取ってくれたようで、そんなヴァイオレットのことを引き留めてくれていた。

 カリムはたらいに張ったぬるま湯に自分の顔を映すと、その左頬を確認した。家に戻ってくる途中、ヴァイオレットが唇を押し当てた場所である。


(スミレ……?)


 そこにはスミレの花を模した刻印がくっきりと浮かんでいる。

 試しに手に持っていたタオルを湯に浸し、こすってみた。


(消えないや)


 あの時、カンナもごしごしこすっていた。どうやら指やタオルでこすったところで落ちるような代物ではないらしい。


(何か意味があるのかな……)


 カンナの様子からして、あまり「良いもの」ではないような気がした。しかし、その後の二人の様子から、「悪いもの」でもないような気がする。そもそも、ヴァイオレットが「悪いもの」をおいそれと付けるようには思えない。思いたくないと言った方が正しいか――。

 カリムはもう一度、同じ場所をタオルでこすり、落ちないことを見て取ると、気にしても仕方がないと諦めることにした。


 カリムが洗い場から戻ってくると、ヴァイオレットがいそいそと近付いてきた。濡れた髪を乾いたタオルで優しく拭かれる。

 一応、髪も拭いてきたのだが、まだ乾ききっていないことが気になるらしい。

 放っておいてもしばらくすれば乾くのだが、洗い場まで付いて来られるよりかは遥かにましであったし、こうして髪を拭かれるのは嫌いではないので、ヴァイオレットの好きにさせておいた。

 ヴァイオレットはカリムの髪を丹念に(ぬぐ)い、しっかり水気が切れたことに満足すると、カリムを居間にあるテーブルの椅子へ招いて座らせ、一旦その場を離れて台所へ姿を消す。

 再び居間へと戻ってきたヴァイオレットの手には、水の入ったコップがあった。

 それを見たカンナは、今度は何を始めるつもりなのかと、カリムの正面に足を組んで腰を下ろす。

 ヴァイオレットは手に持ったコップをテーブルに置くと、カリムの隣に座った。

 次いで、昼間にグリードから受け取った小瓶を取り出す。


「それ、龍石水だよね? どうするつもり?」


 テーブルの上に頬杖をついたカンナが龍石水の入った小瓶を見つめる。ヴァイオレットは小瓶のコルクを抜くと、水を張ったコップに一滴垂らした。


「カリムの身体――痣があるのよ」


 ヴァイオレットは躊躇いがちに口を開いた。初日にカリムの身体を洗ってあげた際、目にしたものだ。どこと言わず、あちこちについていた。

 カンナが眉をひそめる。


「痣?」

「ほとんど痛みは引いているみたいなんだけどね。跡になっちゃってるの」


 ヴァイオレットの声のトーンが下がる。


「ああ、それで……」


 カンナは何に使うのか納得して頷いた。


「でも、それじゃ足りないんじゃないの?」


 カンナはコップを指差す。ヴァイオレットは一滴だけ入れていた。

 カンナ達が傷跡を消すために用いる場合、通常五滴ほど入れる。


「カリムに使うからね」


 ヴァイオレットは隣に座るカリムの頭を優しく撫でた。

 カリムはまだ小さな子供で、ヴァイオレット達と同じ量を与えるのは躊躇われた。

 龍石水は万能薬だが、効き目もやはり強いのだ。強すぎる薬は毒にもなり得る。

 それに、地上の者であるカリムの身体に合うかどうかもわからない。

 ヴァイオレットは、普段用いる量の五分の一程度で様子を見ることにした。


「うまく消えてくれるといいんだけど……」


 ヴァイオレットが左手の薬指に少しだけ傷を付けると、そこに銀色の玉がぷくりと浮かんだ。


 薬の指は命にいちばん近い指――


 昔から謡われた歌を口ずさみながら、血を一滴コップの中へと落とす。

 垂らした血と、コップの中の龍石水が反応して、一瞬淡い光を放つ。ヴァイオレットはコップを揺らすようにして中の液体をかき混ぜると、カリムに手渡した。

 カリムはコップを受け取ると、戸惑うように首を傾げる。ヴァイオレットが飲む様に促すと、カリムはコップの中の液体をじっと見つめた。

 そこには見慣れた自分の顔がある。左頬には先程洗い場で確認した通り、スミレの刻印がくっきりと浮かんでいた。

 カリムは隣のヴァイオレットの顔を見上げ、次に正面のカンナの顔を見る。

 二人とも、カリムが飲むのを待っているようだ。

 短く息を吐く。

 カリムは意を決すると、一気に飲み干した。


(う……)


 カリムは思わず、口元を押さえた。

 なるべく舌で触らないように喉の奥に流し込んだが、それでも口の中にとろりとした触感が残る。嗅いだことのない、苦いにおいが鼻腔に広がった。

 ヴァイオレットは空になったコップをカリムから受け取ると、えらいえらいとその小さな頭を撫でた。

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