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スミレの刻印(2)

「ついたって何が――」


 カリムの左頬を確認したカンナが言葉を失う。

 ヴァイオレットが口づけた後には、スミレの花を模した色鮮やかな刻印が、くっきりと刻まれていたからだ。


「必要って……これっ!?」


 カンナは指の腹でぐいぐいとカリムの左頬をこすってみたが、カリムの頬につけられた刻印は消える気配がない。刻んだ本人でないと消せないのだ。

 カリムは頬を強くこすられたせいか、左目を細め、眉根に皺を寄せている。

 そう言えば、昼間、グリードが名前を書いたらどうだとか言っていた。まさか本当につけるとは思わなかったけど――。思わず半眼になったカンナは、冷ややかな眼差しで友人であるヴァイオレットを睨みつけた。

 ヴァイオレットがカリムに刻み付けた印は「所有の印」と呼ばれるもので、普通、人につけたりはしない。自分の持ち物に刻むことで、紛失や盗難を防ぐ効果がある。


「どういうつもり? 人につけるのがどういう意味か、知らないわけじゃないでしょ?」


 口に乗せる言葉も、自然と冷たいものになる。

 これを人につけた場合、少し意味合いが変わってくるのだ。

 ヴァイオレットは困った顔で微笑む。


「もちろん知ってる」

「カリムをペットにするつもり?」


「ペット」と言ったカンナの(ひとみ)が剣呑さを増す。

「所有の印」を人につけた場合、どういうわけか隷属関係が発生するのだ。

 印を付けた者が付けられた者を支配し、従わせる。

 命令を拒もうにも、印による強制力が働くため、この印を刻まれた者は、印を付けた者が与える命令には逆らえなくなるのだ。

 ヴァイオレットは小さく息を吐いた。


「するわけないでしょ」

「だったらなんで――」

「ここにいるのが()()だけなら、こんなことする必要もないんだけどね」


 カンナの言葉を遮って、ヴァイオレットが言葉を被せる。カンナの険しい視線が問うような眼差しに変わった。


「遅かれ早かれ、モルタヴォールトから誰か来るでしょ?」

「それは――そうね」


 森が完成すれば、塔の警護やメンテナンスの任に当たる人達が、地上へとやって来る。


「カリムを見たらどう思うかな」

「それは……」


 カンナには「ただの子供でしょ」とは言えなかった。

 カンナは腕に抱き込んだカリムの顔を見る。地上の人はなんというか、その身を包む気配が地下の者とは違うのだ。グリードがすぐにカリムを「地上の子」と判断出来るくらいには、その気配は異なる。


「だからね。()を付けておいた方が、()()()の時に安心かなって」

「もしもって……」

「ヴァインのことがあったでしょ? ヴァインだからあれくらいで済んだけど」

「……場合によっては殺されるかもって?」

「うん」


 ヴァイオレットの表情が曇る。


「珍しいからって、さらってく人もいるかもしれないし……」

「――まぁ、実際、『手元に置いておく酔狂な人』第一号が目の前にいるからね。否定はしないわ」


 カンナが笑うと、ヴァイオレットは頬を膨らませた。

 そしてまた、スミレ色の瞳にまつげの影が落ちる。


「それに……こんなところに塔を立てちゃったから、いつ争いが起きても不思議じゃないでしょ? そうなったら、ずっと側にいられるか分からないし……」


 戦いの混乱の中、カリムが一人になってしまえば、地上の者だからと間違えて襲われるということは確かにありそうだ。


「少なくとも、()()()って印があれば、むやみに手を出したりしないんじゃないかなって」

「……安全のために“鎖でつないでおこう”ってわけね」


 “鎖でつないでおけ”――いつだったか、ヴァインが言った言葉だ。ヴァインは目を離すなという意味で用いたが、ヴァイオレットはカリムが一人になっても大丈夫なようにと用いた。意味の違いは大きい。

 カンナは腕の中で大人しくしているカリムの顔をあらためて見る。頬に刻まれたスミレの印が殊更にその存在を主張していた。

 まっとうに暮らしている者であれば、「所有の印」を人につけるような(やから)とは積極的に関わろうとはしないだろうから、どうこうされる事もそうはないはずだ。

 カンナは短く息を吐くと、目の前で座り込んでいる友人に肩を竦めてみせた。


「グリードには『名前なんて書くわけない』とか言ってたくせにね」

「あの時とは事情が変わったのよ」

「『あの時』って、何時間も経ってないじゃない」


 二人は目を合わせると、互いに口元で笑う。

 ヴァイオレットはカリムの左頬につけたスミレの刻印を指でなぞると、消え入りそうな声でぽつりと呟いた。


「カリムに命令なんてしないもの」

「そう願うわ」


 カンナもそれ以上、かける言葉も見つからず、膝についた土を払うとゆっくりと立ち上がる。

 ヴァイオレットもそれに(なら)った。

 辺りを見渡せば、先程まで周囲を赤く染めていた太陽が、彼方にある稜線に沈もうとしている。カンナとヴァイオレットはカリムの肩と背にそれぞれ手を回すと、再び家に向かって歩き出した。

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