佐伯家の日常~間違い電話~
プルルルル…
電話が鳴る。
また来た、彼女はそう思いながら電話を取る。
「もしもし?佐久間さん?」
ほら、やっぱりと彼女は思う。
今回はおばちゃんっぽい声。
「すいません、うちは佐伯ですけど」
「ええっ!!佐久間さんじゃないの!?」
おばちゃんは驚くと、声が1.5倍になってうるさい。
彼女も最初の頃は、耳がキーンとなって辛かった。
今じゃ、その対処も完璧。
佐伯という苗字を名乗った直後に、受話器を耳から離すという技を使える。
そして相手が落ち着いたであろう頃に改めて言う。
「佐久間にお掛けの方は、番号をお確かめの上、
再度掛け直してください」
「あ…すいませんでした」
おばちゃんは冷静になって、恥ずかしそうに謝った後、電話を切る。
その後は家族間での会話。
「また?」
彼女の母、亮子が聞く。
「うん、そう。」
「今日はおばちゃんでしょ」
彼女の妹、未来が言う。
「だよ」
「昨日は若い女の子でね~。
うっかり耳つけてたら、キーンってなっちゃったよ」
「未来はまだまだだね」
「美桜姉ちゃんが上手すぎるんだよ~」
「キャリアが違うからね」
佐伯家はごく普通の一般家庭。
会社員の父、専業主婦の母、そして姉妹の4人家族だ。
彼女、佐伯美桜は17歳の高校2年生。
妹の未来は彼女の6歳下の11歳。
まだ電話応対が出来るようになったばかりの小学生だ。
「でも美桜姉ちゃん、お母さんより上手いよね」
「お母さんもそう思うわ。
美桜は神対応よね」
亮子はニュースで聞いた単語を頻発する。
最近はこの『神対応』という単語を覚えたらしい。
『この前スーパーで新井さんにあったんだけどね。
機嫌が悪かったらしくて、話しかけたら塩対応されたのよ』
昨日の出来事だ。
どうでもいいわ、と美桜は思った。
それをあえて口にしないのは、亮子が意外と落ち込みやすいからだ。
「お母さん神対応って言いたいだけじゃん」
未来はこの佐伯家でツッコミ役を担う。
「でもさ、日に何回も掛かってくるんだから、嫌でも慣れるでしょ」
美桜は言う。
―――そう。
この佐伯家は、間違い電話の数が桁違いに多い。
それがいつからなのか、亮子も覚えていない。
けれど、美桜が小学生で、電話を取れるようになった頃には、
もう多かった。
1日に10回、電話が掛かってくるとしたら、その内の8回は間違い電話だ。
その10回が既に多いのだけど、8回、つまり80%が間違い電話という事になる。
それも決まって、『佐久間』という家と間違われる。
それについては100%の確率。
しかし、佐伯家と『佐久間』には面識は全く無い。
なのにどうしてこんなに間違い電話がかかってくるのか。
不思議に思って、美桜は以前、電話の相手に聞いた事がある。
そこで得た情報は、2つ。
まずは『佐久間』が鹿児島に住んでいるという事。
そして2つ目は『佐久間』がフリーダイヤルにしているという事。
2つ目から、『佐久間』が会社だと分かった。
佐伯家は仙台市に住んでいる。
市外局番が全く違うのに間違いが多い理由がその時判明した。
番号がかなり似ているとも言っていた。
が、それ以上の詮索はしなかった。
相手を知った所で、電話の回数は減らない。
じゃあ逆に楽しんでもいいんじゃないか?
亮子はそう思った。
なにより、佐伯家はこれのおかげで、一致団結している。
美桜と未来の父、和正は少しだけ間違い電話に感謝している。
年頃の娘に邪険にされない父親だと、同僚から羨ましがられたりもしている。
「佐伯部長の家は仲が良くて羨ましい」
そう言われる度に和正は優越感に浸る。
部下から慕われる佐伯部長を作ってくれたのも、
もしかしたら間違い電話の多さゆえかもしれない。
人より許せることが多くなった。
間違い電話の多さは悪いことじゃないかもしれないな。
そんな風に和正は思っている。
総じて言えば、佐伯家はみんな、楽観的なのかもしれない。
―――その電話は、そんな日常の中で、たった1度起きた、非日常だった。
でも、日常をひっくり返すような、非日常だった。