第2章 第1話 新たな依頼人と、微笑む大魔王
あの前代未聞の奇跡――もとい、珍事から数ヶ月。
皮肉なことに、街の教会の影響力はかつてないほどに跳ね上がっていた。
「聖母マリア様」を一目見ようと、大聖堂には毎日黒山の人だかりができていた。
しかし、肝心の像は、司教の「不用意に近づくと奇跡が消える」という大勘違いによって、何重もの柵と厚い布で厳重に保管され、民衆は拝むことすらできない。
そこで強欲な教会が目をつけたのが、新たな商売だった。
「本物の聖母様は滅多に拝めない。だが、このお札を買えば聖母様の慈愛によって全ての罪が赦される!」
そう謳って売り出された『免罪符』は、像を見られない民衆の飢餓感も手伝って爆発的に売れ、教会という名の絶対権力が大金を貪り尽くす、完璧な集金システムへと化けたのだった。
ちなみに、ロッシュが描いたあの変態デッサンが、そのまま免罪符の絵柄として採用され街中に流通したのは言うまでもない。
そのすべての元凶であるアーティストふたりはと言うと。
「ガハハハハッ! おいルッカ、これ見ろよ!」
新しく与えられた小綺麗な作業場で、ロッシュがおもむろに一枚の羊皮紙を突き出してきた。
「ヒィーッ! ギャハハハハ! なんだこれ、光に反射して神々しく輝くハゲ司教じゃねえか!」
覗き込んだルッカが腹を抱えて爆笑する。
「大真面目に『古典神話の崇高なる寓意』に擬態させて描いてあるから、天地がひっくり返っても気づかないってーの!」
「「ギャハハハハ!ヒィー笑い死にそう」」
晴れて教会お抱えの芸術家になった二人だったが、教会の威厳に対する敬意など、職人魂の前には一ミクロンも持ち合わせていなかった。
「へぇ、上手に描けてるじゃない? あの頭、いつも眩しくて目に毒なのよねぇ」
「おっ、だろ? わかってるじゃん! この脂の乗った肌の色と、光の加減が絶妙に難しいんだよなー……って」
「「えっ!? 誰!?」」
ふたりは同時に息を呑み、お互いに顔を見合わせた。声の主は、私でもルッカでもない。
いつの間にか、部屋の開け放たれた木扉の前に、見知らぬ少女が立っていた。
10代前半くらいだろうか。艶やかな金色の髪に、意志の強そうな大きな瞳。裕福な商人の出なのか上質な、しかし動きやすそうな服装に身を包んだ愛らしい姿の少女だった。
「扉が開けっ放しで、大声でバカ笑いしてるから気になって入ってきたの。初めまして、私はアリアよ。」
アリアと名乗ったちんちくりんな少女を、ロッシュは上から下まで値踏みするようにじっと見つめ、ぽつりと呟いた。
「おぅ……。あともう少し成長して、曲線美が備わったらなぁ……」
「ロッシュ、あんたは本当にブレないね。」
ルッカが心底呆れたようにジト目を向ける。
「なによ、その目! まぁ、いいわ。あんたら二人に、直々の『依頼』よ!」
アリアはふんっと鼻を鳴らすと、短い足を器用に動かし、私たちの作業台の上に土足で堂々と立ち上がって仁王立ちした。
「私をモデルにして、最高の絵を描きなさい! あと、それと同じデザインで、いつでも持ち運べるような小さな彫刻を彫ること!」
「「えぇーーー……」」
二人の返事は、完璧にやる気ゼロだった。
ロッシュが退屈そうに頬杖をつをつく。
「美がない。こう……まだ子供すぎて、芸術のインスピレーションが湧かないてーの」
「俺だって、この変態画家と同じデザインの彫刻なんて彫りたくねえよ。絶対にろくな出来にならんわ!」
ドンドンッ!!!
アリアが作業台を靴の踵で激しく踏み鳴らした。
「生意気言うんじゃないわよ! ちゃんとロベルタから許可はもらっているんだから。やってもらうわよ!」
そうなのだ。
あの珍事のあと、自分の若い頃の姿が「聖母」のモデルだと気づいたロベルタは、それを二人の“弱み”として握ることに。
いつの間にか「芸術家コンビの敏腕マネージャー」というポジションに収まっていたのだった。
「「げぇ……姐さんの差し金か。あの人は怒らせると怖いからな……」」
「あーん? なんだってぇ……?」
ゾクッ、とアトリエの温度が氷点下まで一気に下がった。
振り返れば、いつの間にか部屋に入り込んでいたロベルタが、拳をみしみしと鳴らしながら、本物の大魔王へと変貌を遂げる寸前の笑顔でそこに立っていた。
「「やりますっっっ!!!!」」
吸い込まれるような完璧なシンクロ。
彼女の「フフフ」という笑い声が、作業場の壁に恐怖のファンファーレのように響き渡るのだった。
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