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第100話、眠れる秘宝は誰のモノ ~其は惰眠を貪って~【ヴェルザの街】


 【SIDE:幼女教皇マギ】


 あくまでも陽気な口調を保つ魔族、食人鬼ロロナ。

 その大胆な無謀さを目の当たりにした戦術師、シャーシャはため息に言葉を乗せていた。


「あなたの無礼は見過ごせませんね。よくお考えなさい、もしわたくしたち人間が同じようにあなたの陛下の部屋に忍び込み、密談を覗いていたらどうしますか?」

「くふふふふ、そんなの殺すに決まってるじゃない」


 女は愛嬌のある顔立ちのまま、きひぃっと口元を歪めている。


 種族ピラミッドの頂点となった魔族は、驕った種族となり果てた。

 旧人類を完全に劣等種族だと認識している。その心を隠そうともしない使者はある意味で厄介。ここで使者を殺してしまえば、状況は変わる。魔猫の楽園と化し平和な時を過ごしていたヴェルザの大陸と、世界の八割を支配している魔族との関係は変わってしまう。今はただ、ここが魔猫の棲家という事で戦争には発展していない、それだけなのだ。


「ねえ頂戴よ。ダンジョンに入る許可。あたしたちもあんまり遊んでいるわけにはいかないのよねえ。見たでしょう? あのヌートリア。うちにも攻めてきてるし、うっかり魔王陛下に憑りつかれたらそれこそ世界の終わりだと思わない?」

「聞くまでもないと思いますが、断った場合はどうするおつもりですか」

「決まっているでしょう、勝手に入っていくだけっしょ? 一応穏便にって命令だし? 先生もアイツも許可を待っているけれど、最終的には強行突入も許可されている。あたしは待つのはうんざり。イイ女ってのはね、待たされるのも焦らされるのも嫌いなの。言っておくけれど、先生とアイツはあたしなんか比べ物にならないくらい強いわよ?」


 戦術師は赤い瞳を尖らせ。

 戦術予測を転用した読心術で相手を読み取り、浮かべたのは――ふっとした微笑だった。


「理解しました。あなた、あのアヌビスに惚れていますね?」

「う、うるせえな! ほっとけよ……っ!」

「図星をつかれると本性を出す。あなた、こういう外交には全く向いていないと思うのですが……なぜ魔王があなたを派遣してきたのか。理解に苦しみますね」

「ちょっと、魔王陛下の悪口だけはマジで止めてよね。こっちもそれだけは我慢できなくなるから――」


 影から拳武器ナックルを召喚した女の目は笑っていなかった。

 戦術師も魔導書をさらに輝かせる。

 幼女教皇の部屋には、黒鶏魔導書グリモワールから浮かぶ鶏の影がコケケケケっと踊り始める。

 一触即発の空気の中。


 動いたのは――。


「ええぇぇぇい! やめんか、若造どもが!」


 魔力操作した幼女教皇マギが、太った魔猫を数匹召喚し、ぶにゃぁぁぁぁぁ♪

 一触即発だった彼らをモフモフプレッシャーで制圧。

 目の前で勝手に話を進めていた二人を睨み、荒ぶる聖母のような顔で幼女が言う。


「たわけども! もうちっと冷静にならんか! ヌートリアスモンスターとやらの存在を確認しているのであろう、盤上世界の危機じゃぞ、危機! おぬしらで争ってどうする!」


 肉球をででーんと出すデブネコ、その群れに潰され動けぬロロナが言う。


「ちょ、ちょっと! 魔猫召喚なんて、反則よ!」

「やかましいわ! 人の部屋を滅茶苦茶にしようとしおって。誰が片付けると思っておるのじゃ!」

「それは鷲鼻で口うるさい、あの……」

「シャーシャ坊も黙らんか! だいたいじゃ! おぬしが手にする魔導書は強力ゆえ、みだりに使うでないと口を酸っぱくしておったじゃろうに。あまり多用すると、異世界の邪神に逆に世界を乗っ取られる可能性すらあるのじゃからな!?」


 異世界の邪神。

 その言葉を聞き、デブネコによる圧迫拘束を受けながらも、ロロナはシリアスに顔を引き締めていた。


「あんたら、まさかヌートリアどもの仲間なのか」

「勘違いするでない。おそらく、その異界魔導書グリモワールに記されし黒鶏の邪神は、ヌートリアと敵対する邪神なのであろう。さきの戦い。ヌートリアキング戦で力を貸してくれたことが何よりの証拠じゃ」


 ロロナの顔がキラキラと輝き。


「へぇ、そう! 異世界の神同士でも争っているってことか。そうよね、うちらだって同じ世界の住人でありながら、敵対して殺しあっているわけだし……異世界の神だって全員が全員仲良しってわけじゃあない。これは魔王陛下にご報告しないと! ねえ、その魔導書。あたしにくれない? 陛下に献上したいなぁって、駄目?」

「駄目に決まっておろうが!」

「えぇぇぇぇ、ケチぃ」

「まったく、魔王め……あえて愚者を送り付けることで無理難題を通しやすくしおったのだな。もはやあやつにとって人間は過去の存在。一度、たもとを分かった種族。最終的にこの大陸と戦争となったとしても、仕方ないと判断しておるのじゃろうが……」


 幼女教皇マギは太った魔猫達に封印されている使者ロロナに目をやり。


「ともあれじゃ。ダンジョン探索の許可を断れば、強行突入するつもりじゃという事は理解した。おぬしという爆弾をあえて仕掛けていることで、確信へと至ったわけじゃが」

「ご理解いただけて嬉しいわ」

「だいたい、おぬしら魔族があの迷宮に何の用があるのじゃ。そちらにも妾らの文明や文化が迷宮化した、新たなダンジョンがあるのであろう? ここにこだわる理由が分からん。その理由次第で、まあ許可を出してやらんこともないが……まさか、塔の魔物を活性化させ。こちらの塔の魔物たちと手を組もうなどと企んでいるわけではあるまいな?」


 統治者として、それは看過できんと幼女はジトり。


「心外ねえ~。そんなことしないわよ。たしかに魔族は魔物から進化した種。けれど、彼らは魔王陛下の慈悲によって進化した種じゃあない。いわば別種なのよ。あなたたちだって知恵もなく暴れているだけのサルを助けようなんて、思わないでしょう?」

「ふむ――」


 太った魔猫を引っ込めて、幼女は考え口にする。


「そちらの目的も聞かせよ。このままでは判断できん」

「あららぁ? それを答えたら、こっちの要求ものんでもらう事になるけど、いいのかしら?」


 言葉の意味を考え。

 幼女教皇マギが思い至り――。


「なるほど、その答えこそが使者アキレス殿の目的とも一致する。おぬしら魔族と北砦の勢力は別に動いているが、目的は同じ。行動理由は一緒ということか――構わぬ、申してみよ。どうせ勝手に入っていくのならば、まだ監視できる状況であった方が楽であろうしのう」

「オーケー。でも契約は、してもらうわよ?」


 魔導契約――。

 口ではなく魔術による約束を取り決め、幼女教皇マギは使者ロロナの言葉を待つ。

 統治者とはいえ、勝手に契約することは本来ならあまりいい判断とはいえない。けれどシャーシャは口を出さなかった。

 なぜなら彼には、幼女教皇マギの意外と狡猾な駆け引きが見えていたからである。


 理由……北部の使者と魔族の使者。その共通目的を語ればダンジョン攻略の許可を出す、そこまではいい。

 けれどマギは、一度たりとも妨害しないとは言っていないのだ。


 そう、いざとなったら拘束すればいい。千年以上生きた人間にのみ発生する特殊スキル、”千年幼女ミレニアム”を習得している今の彼女は、それができるだけの力を有していた。


 ロロナは乱れた髪を耳の後ろに流し言う。


「それじゃあ語るけど。本当に単純な目的よ? あたしたちもアイツ(アキレス)も――とある宝箱を探しているのよ」

「宝箱じゃと……? とんと話が見えぬ。そんなもの、多くの旧人類の街を破壊し迷宮化させた魔族ならば、いくらでも手に入る筈じゃろうて。だいたい、隣町アポロシスのダンジョン塔は五百年前の魔王騒動の時に、おぬしら魔族が場所を転移させ、占拠したと聞いておる。人間が昇るダンジョン塔の宝箱が欲しいのならば、既に確保しておるそちらを使えばいいだけじゃろう」


 ロロナはぽかーんとしている。


「よもやおぬしら、アポロシスのダンジョン塔を奪ったことを知らぬのか?」

「いや、歴史の教科書で習った気もするけど……覚えていると思う? このあたしが」

「自慢するような事ではないじゃろう……まあいい、続けよ」

「話の腰を折ったのはそっちの癖にぃ……ともあれね。あたしたちの目的の宝箱は、いろんな迷宮を隅々まで探したけどどうしても見つからなくてね。だから占い師系の職業スキルを持つ魔族が集まって、占ったのよ――どこにありますかって」


 ログを表示しながら、魔力モニターの青い光に胸の谷間を輝かせグーラーは話を続ける。


「結果は同じ。迷宮内にあるって答え。全部探したはずなのに? 魔王軍もちょっとは混乱したんだけどね。じゃあ、あたしたちの探している宝箱はどこにあるかって、幹部連中が慌てている姿は笑えたんだけど、まあそれは別の話。でも、ほら、全部調査したって言っても、それは確保している迷宮だけの話。陛下がお気づきになられたのよ。この盤上世界に唯一残された未調査の迷宮があるって――そう、もう残りはここだけなの、そして同じ宝を狙っている北部の大英雄殿もここに来ていた。驚いたけれど、嬉しかったわ。じゃあ確実にここにあるわねって確信へと至ったんですもの。これが答え。分かってもらえた?」


 マギはシャーシャに目をやる。

 完璧ではないが、嘘をある程度見抜くスキルを習得している戦術師が、頷いている。


「いったい何が入っておるのじゃ?」

「対価と引き換えになんでも願いを叶えてくれる夢のような箱。世界で唯一目覚めていない、惰眠を貪ったままの四星獣」


 ハッと戦術師の顔が揺らぐが、幼女教皇マギは冷静なまま。

 合点がいったとばかりに、冷めかけたホットミルクに熱属性の魔術を軽くかけ。

 ふぅ……。


「なるほど、あやつもそなたらも――ムルジル=ガダンガダン大王を探しておるのか」

「ええ、そう。金や財宝という価値ある対価さえ払えば、どんなに都合の悪い願いであっても叶えてしまう四星獣。善も悪も、金の前では関係ない。金はすべてに優先される――神々の中で最も願いに制限のない存在。陛下が大王に用があるのよ、ああ、残念だけれどその用までは知らないわ。なにしろあたしだけは下っ端ですから」

「ふむ、まあ信じるが……アキレス殿の願いの内容は知っておるのか?」


 願いがあって探している。

 それは間違いない。


「さあ。本人に聞いたわけじゃないから。あぁ……でも。彼――ダンジョン塔の最終フロアの死闘で、大事なものを失ったっていう噂だから。それを取り戻したいんじゃないかしら?」


 確証はないから、どう思うかはそっちの勝手よ?

 と、言葉を続ける使者ロロナの前で、幼女教皇マギは考え込む。

 ぷっくらとした唇の下に、小さな指をあてていたのだ。


 大事なものをうしなった。それがもし死者が出た事なら、四星獣イエスタデイ=ワンス=モアに願えば蘇生は可能な筈。使者殿アキレスはあの魔猫の力で転移してきたのだから、わざわざムルジル=ガダンガダン大王を探す必要はない。

 では、いったい――。

 考えても答えは見つからない。


「最後に質問じゃ。答えてくれたら許可を出そう」

「どうぞ?」

「魔王アルバートン=アル=カイトスの願いは――おぬしらが旧人類と呼ぶ我らに不利益をもたらすような願いかどうか、使者殿、そなたはどう思うか」


 使者ロロナは愚者の顔で、しかし愚者だからこその実直な答えを返していた。


「ないでしょうね。陛下はとても……お優しいから。いまだに過去、人間だったころの想いをどこか感じさせているもの。あの方の心にあるのは、失くしてしまった父上のみって話よ? だから人間を恨み切れない。だから人間を滅ぼしきれない。真樹の森を踏みにじって北部を制圧することもできなかった――あなたたちは陛下の思い出によって生かされている、それを自覚できているのかしら?」

「御者の男……か」

「それに、もしあなたたちに害を与えるつもりなら、大王に願いを叶えてもらう必要なんてない。魔猫をグルメを餌に一時的に閉じ込めて、そのままこの街に魔王軍をぶつければ終わりですもの」

「なるほど。道理じゃな――」


 幼女は魔族に許可を出した。

 ……。

 が――。


 ◇


 翌日、鶏たちが朝を祝福するように鳴く、健やかな時間。

 監視期間の終わったアキレスは、珍しく困惑した顔で眉間を曇らせ。

 馬面美形をじとぉぉぉぉ。


「そりゃあ、攻略には監視をつけるとは聞いていたが。なーんで、やっと許可の下りたオレ様のダンジョン攻略に、薄汚ねぇ魔族どもが居るんだ?」

「それはこちらのセリフなんですけどぉ旧人類の英雄さん、ちょっとダンジョン攻略を成功させたからって、生意気なんじゃない?」


 そう。

 幼女教皇マギは、北部の大英雄と魔族の使者、二つの勢力に同時に許可を出したのだ。

 条件は、パーティーには必ず、両者の勢力を入れること。

 魔族の使者三人と、北部からの使者が険悪ににらみ合う中。

 無関係な赤髪少女が困惑気味にキョロキョロ。


「あのぅ……どうして、自分も巻き込まれているんですか?」


 もう一つの条件。それはヴェルザの街からの監視として、炎熱狩人魔術師スピカ=コーラルスターあるいは戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャ。どちらか一名も必ず同行させる事だった。

 魔族と旧人類。分かり合えることのないいびつな編成による、ダンジョン上層攻略。

 ムルジル=ガダンガダン大王探しが始まろうとしていた。


 ただし問題が一つ。

 彼らは簡単な回復魔術しか使えない。

 純粋なヒーラーが居なかったのだ。


 ▽人間と魔族のいびつな冒険者達は、ヒーラーを求め冒険者ギルドに向かった。



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