第099話、戦闘終了―闇夜の密談―【ヴェルザの街】
【SIDE:幼女教皇マギ】
冒険者ギルド”ネコのあくび亭”はお祭りムードの大宴会。
勝利の美酒に酔いしれ、異邦人の英雄アキレスを讃える宴のどんちゃん騒ぎ。アキレスもまた人好きのする好人物で、愛想もいい。すぐにギルドにとけ込み、救出された新人達の肩を抱いて戦士ってのはだな、と持論を展開し周囲を楽しませていた。
監視役のスピカ=コーラルスターは呆れているが、それでも彼との距離はだいぶ近づいていた。
アキレスの薬指に光る指輪に目をやり苦笑して、あんまり飲みすぎないでくださいよと友人手前の距離感で接している。
おそらく彼女は監視対象アキレスについて、問題ないと上に報告するだろう。
そんな明るい宴会の裏。
酒に酔いつぶれたフリをした戦術師、シャーシャ=ド=ルシャシャは一人、転移魔術でギルド酒場を離れていた。名目は異世界の邪神魔導書を使った反動で疲れが一気に出た、となっているが、実際は違う。
理知的なモノクルを淡く輝かせ、怜悧な男は冷たい美貌で主人に向かい跪く。
場所は王宮。
相手は人望も実力も、魔猫からの信頼も厚い幼女。
教皇マギであった。
一度口をつけたホットミルクを唇から離し、ふーふーっと波紋と膜を作る幼女が穏やかな笑みを浮かべて戦術師シャーシャに言う。
「シャーシャ坊や、すまぬな。スパイのような真似事をさせてしまって――」
「いえ、我が師、我が主マギ様。我らの祖先、我らの魔女王を快く受け入れて下さったあなたへの恩を、シャシャ家は一生忘れません。いついかなる時でも、あなた様を優先し、最善を尽くすことが使命であり、わたくしの生きがいでもありますから」
頭を下げる戦術師の忠誠は本物。
それが分かっているからこそだろう、幼女教皇マギは少しだけ寂しそうに眉を下げている。
「あいかわらず、素のおぬしは筋金入りの真人間……お堅いのう。昔はあれほどに、マギ様マギ様と頬を赤くして懐いてきてくれていたというのに。妾の前では、女誑しの二枚目半にはなれんのか?」
「あれは演技の魔導書を使っておりますからね」
「しかし、実際に複数の女性に手を出して……おぬしの周りは悪鬼羅刹と化した若き女性の修羅場状態にあると、報告がちらほら上がっておるのじゃが……?」
ジト目で言われた理知的な男は涼しげな顔のまま。
吐息で垂れた前髪を揺らす。
「偽装のためには致し方ないことかと」
「その言い訳。シャルル=ド=ルシャシャが聞いたら、なんと嘆くことか……のう、そろそろ身を固めたらどうなのじゃ? 小さき頃からおぬしの成長を見守ってきた妾としては、女性関係で背後から刺されて終わりなどという坊主の最後は見たくないのじゃが?」
「ご安心を。常に結界を張っておりますので――」
根が真面目でありつつも、女癖の悪さだけは本物だからか。真顔で対策を答える弟子に幼女教皇マギは、うへぇ……っと肩を落とすばかり。
「……いや、そういうことではなく過度な女遊びを止めよという話なのじゃが。まあよい、それで、あの使者殿はどうであった?」
「アキレス殿ですか。スピカ=コーラルスターがあなたの側近に報告を上げると思いますが、善人であることは間違いないでしょう。なにしろ魔猫が懐いております、彼らは人間の本質を読み取る力がある――どんな隠し事も見抜いてしまう。少なくとも街の魔猫にとっては敵ではないのでしょう。ただ――」
言葉を区切り、モノクルに表示したログを反射させ。
「強さも本物……というよりは、異常ではありましたね。彼は敵の正体を知っていたように見えます。そしてなによりもですが――エンシェントオークキングに乗り移った存在、異世界からの外来種ヌートリアスモンスター。ログに表示されている名に倣ってヌートリアキングとしますが、アレはアキレス殿についてこう形容しておりました。《ダンジョン完全踏破者》、と」
「なるほどのう。ではあの使者殿が語ってくれた通り、本当に北部のダンジョン塔は完全に攻略されたという事じゃろうな」
「そして、ダンジョンを完全攻略した勇者こそが――彼、蹴撃者アキレス殿ということで間違いないでしょう」
ふかふかソファーに深く腰掛け、幼女が言う。
「疑っていたわけではなかったが。よもやダンジョン攻略を完了させた大英雄本人が使者として送り込まれてくるとは……想定外じゃな」
「北部でも魔猫が住み始めたと聞きます。おそらくは大英雄が国を離れていても――問題ない。ある程度の安全が確保されているという事でしょうね」
「使者殿は平和になったと嬉しそうに、なれどどこか寂しそうに微笑んでおったからな。外来種……状態異常ヌートリアにかかる危険も減っているという事じゃろうか。その辺りがどーも分からんな」
戦術師シャーシャ=ド=ルシャシャは口元に軍神の手袋を当て、考え。
「ダンジョン塔の攻略が終わり、迷宮が消失。その影響で魔物がいなくなり、ヌートリア達が憑依する駒がなくなったという事かもしれません」
「そして、憑依先を失ったヤツらは唯一残ったダンジョン塔である、このヴェルザの街に侵入しはじめているか。まああり得ぬ話ではないじゃろうな」
「しかし、アキレス殿の目的やその真意については正直分かりかねます。善良な方なので――実際に迫りくるヌートリアからの危機を、善意から知らせてくれているのだとは思いますが……それ以外の理由、外来種ヌートリアたちと浅からぬ因縁があるのやもしれません」
戦術師の言葉を受け、幼女教皇マギが言う。
「あの若さで浅からぬ因縁か……」
「もしかしたらあの方も、なんらかの神の恩寵を受けている存在なのかもしれませんね。ともあれ、彼については安全だと思っていいでしょう。共にヌートリアキングを討伐したわたくしが保証いたしますよ。それよりも問題は、彼とは別件できている使者……魔族の方々でしょうね」
「ふむ、おぬしは彼らを疑っておるのか?」
「魔王アルバートン=アル=カイトス。彼は自らの身内、子供らともいえる魔族という種を守るためならば、他に多くの犠牲が発生したとしても仕方ないと思っているでしょう。それは歴史が証明しております。あまり油断されない方がよろしいかと具申いたしますが――」
告げて戦術師は揺れるカーテンの不自然な陰影に目をやる。
幼女教皇マギは瞳を静かに細め。
「だそうだ、魔族の使者殿。悪いのじゃが、話し合いに参加したいのならばじゃ、許可を取ってからにしてはくれぬかのぅ?」
「あれぇ? やだぁ。バレてたのか……」
悪びれもしない女性の声が教皇の部屋に響き渡る。
カーテンの影が揺れて、それはスレンダーな女性魔族、食人鬼の姿となり顕現。奇襲を警戒するようにシャーシャ=ド=ルシャシャが幼女の前にでる。
相手のイメージを言葉にするのならば、女殺戮者。戦術師の瞳が、鑑定スキルの波動で赤く染まっていく。
「《拷問拳闘家》? 聞きなれない職業ですが――人体部位破壊と、じわじわ対象を嬲ることに特化した状態異常使い。カルマ低き者しかなれない、魔族に発生した新職業ですか。外道ですね」
「あら、辛辣な解説どうもで~す。でーも~? 乙女の秘密を探ろうだなんて、戦術師の鑑定って本当に無遠慮だと思わない? そういうのって、好きになれないな~」
「あなたの方がよほど無遠慮では?」
鑑定深度を上げて、モノクルを輝かせ男は言う。
「それに、乙女とはうら若き女性の事を言うのですが? あなた、三十歳を超えていますよね? 十代を超えた女が乙女を名乗ろうとは、は!? いやはや。片腹痛いとはまさにこのこと。十代になって出直してくることですね」
「あーら。そういうのって旧人類特有の古い考えじゃないかしら? あたしら魔族はあんたら旧人類と違って長寿だから、まだあたしは身も心も純粋に乙女なんですけどぉ?」
「少なくともわたくしの鑑定スキルは、あなたを乙女と認めていません」
「それって……あんたがロリコンなだけなんじゃない……?」
「心外ですね――わたくしはただ、冒険者となったばかりの十五歳前後の、成長途上の瑞々しい若者が好きなだけ。男も女も十五歳から二十歳までが一番美しく愛らしい。冒険者となれる十五を超えたものは、法でも成人と認められた歳であるからして、蔑まれる道理はない。違いますか?」
陽気であった筈の女魔族は若干相手に押されつつ。
「ちょっとなにこの男、顔が良いのにドン引きなんですけど……」
「のぅ……シャーシャよ。妾も若干……引いておるぞ」
「ま――まあいいわ。あなたには用はないの」
ドン引きした顔を隠さず、視線をその主に向けていた。
「お人が悪いですよぉ、ちびっ子様。あたしが居るって分かっているのならぁ、先に言っておいてほしかったんですけど~? ずっと隠れていたこっちがバカみたいじゃないですかぁ」
「おぬし、ほかの者には黙って勝手に行動しておるな? またあのアヌビスに頭をぶん殴られるぞ……?」
「だって仕方ないじゃないですかぁ。先生もアイツも甘すぎですから、あたしみたいな汚い仕事を堂々とこなす人材がいないとダメだろうって、陛下が推薦してくださったんですよぉ?」
汚い仕事。その言葉に反応したのだろう。
「そう――ですか」
のらりくらりと柳のような口調な女魔族を戦術師は睨み。
キィィィィンと魔導書を開く。
理知的な男の――敵意を隠さぬ端正な顔立ちを、書から発生する赤い光が照らしていた。
「さて、まじめな話をいたしましょう。戦闘力のある者が、他種族のリーダーともいえる存在の前で潜伏していた。これはさすがに行き過ぎている。看過できませんね」
「あら、怖い魔導書。異界からのグリモワールね……それも、尋常じゃなく強力な。あたしの考古学レベルじゃまったく理解できない――か。警戒されるのはしゃーないけど、弱い者苛めはおよしなさいってば。あたしじゃそこの幼女様には勝てないんだから。無害なのと一緒じゃない?」
魔導書を輝かせようとする戦術師を視線で止め。
幼女教皇マギは言う。
「それで、使者殿」
「ロロナと呼んで頂戴」
「……。使者殿はいったいなんのようなのじゃ」
「あら、呼んではくれないのね。まあいいけど。あの《ダンジョン完全踏破者》の目的をあたし達は知っている。教えてあげるから、取引したいなぁ――なんて」
「何が望みじゃ」
「あいつに先を越されたくないから、あたしたちにもダンジョン塔に入る許可――もらえないかなぁ、なんて。どうかしら?」
ロロナは闇の中で、口紅をキラリと輝かせていた。




