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「すまぬが少し聞きたいのだが…」
食材を買い出ししていたユーリに金色の髪に青い瞳の整った顔に身なりのいい青年が話し掛けて来た。身なりや言葉遣いで貴族だと言うのが丸わかりだ。
「…なんでしょうか?」
流石に平民である貴族を無視するのは、不味いと感じ対応する。
「ユーリという平民の娘はお前か?」
「確かに私の名前はユーリですが、貴方様がお探しのユーリさんとは違うと思いますよ。平民の名前でユーリというのは、よくある名前です」
対面する貴族の青年にユーリは見覚えがない事から彼が探している女性とは別人だろうと思った。
「ふむ。では“黒髪のユーリ”ではどうか?」
この世界では滅多に見られない黒髪。ケントルム王国の王都広しと雖も黒髪を持つ人物はユーリ位だろう。
「……私ですか」
そう答えると青年はにっこり笑い、ユーリにじりじりと近付く。
「平民の娘というからどんな娘かと思ったが、なかなかの美形ではないか。これならば…」
ユーリが前方の青年ばかり気にしていた事で背後から近付く存在に気付かなかった。
「!」
突然伸びてきた手で拘束され、刺激臭のする布で口と鼻を塞がれる。拘束された腕から逃れようと必死で抵抗するが、徐々に意識が朦朧とし始め、酷い眠気が襲う。
「僕の子供を産むのに相応しい。その力を受け継ぐ子供をたくさん産ませてやろう」
薄れゆく意識に青年の言葉が聞こえ、懸命に誰が貴方の子供など産むものかと叫ぶが口が動かない。重くなる身体と目蓋に最後まで抵抗するが、細まる視界が遠くなって、遂にユーリは暗闇へと堕ちていった。
◇◇◇◇◇
それが、ユーリが覚えている最後の記憶だった。次に目覚めるとティアンが心配そうに見ている所から始まる。
「さあ、屋敷に戻れ」
大勢の手下を引き連れた青年は尊大な態度でユーリ達三人を睥睨する。ユーリの後でティアンとグラナトが目を合わせる。ここからどうやって離れようかと互いに考えている事がわかった。
「嫌です!私は帰ります」
いつになく大きな声を出し、青年を拒絶するユーリ。大人しそうに見えてもユーリは頑固なのだ。こうと決めたら頑として動かない。
「娘、俺の子供を産むのがそんなに嫌か」
「嫌です。子供を産む事を強要されるなんて絶対に嫌です」
「夫に尽くし、夫の子を産み、育てるのが女の幸せだろうが、何が不満だ」
「知りもしない人に拉致されて、子供を産めとか言われてもそこに互いの感情がなければ、ただの強姦です!そもそも夫って何ですか。私と貴方は夫婦でもありませんし、知り合いですらない。赤の他人なんですよ。貴方のその持論は貴方のお金に目が眩んだ女性が望む事じゃないですか?それなら他を当たってください」
鼻息荒く捲し立てるユーリをティアンとグラナトが呆気に取られて見詰める。そんな二人の様子に余裕のないユーリは気が付かない。
ユーリの意外な抵抗に青年は顔を赤くして怒っているようだ。何せ、お前の財力に擦り寄ってきた女性と一緒にするな、と言われたのだ。男のプライドを刺激されて、激昂するのは当たり前だ。
「娘ぇ、お前の価値など精霊の寵児という能力以外ないだろうが!そんなお前を僕が欲してるんだ!お前は黙って僕にその力と身体を差し出せば良いんだ!!」
あまりの青年の言い分に流石のユーリも押し黙る。だが、反応したのはグラナトとティアンの二人だった。
「………あら?ユーリが精霊の寵児だと知っていたのね」
「知っていて、こんな事をしたのか」
二人の静かな怒りに漏れ出た力が三人を取り囲むように渦を巻き始める。
「僕は貴族だ。この前の王宮での出来事だってその場で見ていた」
「その場で見ていたのに私達に楯突くのね」
王宮での一件で王の前に姿を現した筈のティアンに言及しない青年。ただ単に覚えていないだけなのか、ティアンを精霊だと思っていないのか。
「五月蝿い!!お前達こそ誰だ!!ここは僕の父上の屋敷だぞ!!何処から入り込んだ!!」
「青二才が」
底冷えする低音を発するグラナト。どうやら青年は二人の事を精霊だと思っていない事が判明した。だからこその精霊を蔑ろにするような発言を繰り返していたのだろう。納得した精霊二人はこの青年を排除する事に決めた。
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