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今日の食堂は大にぎわいでとても忙しかった。ベンとガンツだけでは厨房が回らなくなり、見かねたユーリが補助で入る事で事なきを得た。昼時しか開けていないのにお客さんが全員いなくなる頃にはティータイムに最適な時間になっていた。
閉めた食堂でみんながぐったりとしているとアンリが起き出してきた。心配したユーリ達一同は、このまま休んでて良いよ、と声を掛けたが、アンリは譲らずに食堂のお客さんが食べ終わった食器の後片付けを手伝った。
食器の片付けが終わったので、ティータイムという時間帯もあり、ユーリがおやつ用に用意していたお菓子を出した。
今日のおやつはレモンパイだ。ユーリはそれぞれに好みの飲み物を用意していく。
ガンツとベンはコーヒー、ナンシーとヴィオレットは紅茶、アンリと自分用にはいつもはオレンジジュースを飲むが、本日のおやつが柑橘系なので、今回はミルクティを用意した。
「んまい」
一口食べたベンが目を見開いてそう言って、フォークに乗せた一切れをじっと見詰める。中身がなんなのか解析しようとでもしているかのようだ。ベンの隣のヴィオレットはフォークを咥えたまま、うっとりとした表情で動かなくなってしまった。
「うん、今日も旨いな」
「ええ、美味しいわ。甘いのにさっぱりしてるわ」
口いっぱいに頬張るガンツに柔和な笑顔のナンシー。ユーリの隣では、花が飛んでいそうな程に蕩けた幸せそうな顔のアンリがいた。アンリはユーリがじっと自分の事を見ていると気付くと恥ずかしそうに顔を赤らめ、上目遣いでユーリを見上げた。
「美味しいです」
「良かった」
ユーリはみんなの反応に満足したのか、自分の分を小さく切り分けると口に運んだ。
サックリとした生地にほんのり甘酸っぱいレモンが口いっぱいに広がる。それをミルクティで流し込むと後に残ったのは爽やかなレモンの香りだ。今回のお菓子も良く出来た、と自己評価する。
のんびりしたティータイムが終わり、泊まり客の為の夕食を作る為に厨房へと戻るガンツ。
ベンとヴィオレットは、食堂を開いている間だけの契約だ。食堂が閉まれば、彼等は帰ってしまう。それをユーリはいつも少し寂しそうに見送る。
「ユーリ」
「ん?どうしたの?」
「ユーリには僕とガンツとナンシーがいます。寂しいのでしたら今日、一緒に寝ますか?」
見上げてくる灰色の瞳はユーリを気遣っている。こんな小さなアンリにも分かってしまう程に自分は落ち込んでいたのだろうかと少し焦るユーリ。いつもアンリはユーリを気遣い、傍にいてくれる。それが、とても嬉しく心強いとユーリは感じた。
「うん、今日は……」
――一緒に寝ようか。と言おうとしたが、突然の乱入者にその先を言う事は出来なかった。
「では、私が一緒に寝てあげよう」
突然の声に二人が声のした方を見遣ると忙しいだろうにまめにユーリに会いに来るアーサーだった。いつもの旅人風の服装をしているが、華やかな容姿は隠せておらず、どこかのやんごとなき子息がお忍びでお出掛け中なのが、丸わかりだ。
それでも本人は完璧な変装が出来ているとご満悦だ。
「どなたですか?」
「この国の王太子のアーサー様よ……お断りします」
前半はアンリに答え、後半はアーサーに嫌そうに答えた。
ユーリの嫌そうな顔に気付いているのか、いないのか、アーサーはにっこりと笑う。
「つれないな」
アーサーを拒絶するユーリとなんとかして近付きたいアーサーの睨み合いが続く。
アンリにもユーリがアーサーと仲良くしたくない雰囲気を感じ取り、アーサーに威嚇の視線を向ける。
「それで?今日はどうされたんですか?」
「そう警戒しないで欲しいな。貴女の事を父上に話したら是非会いたいから連れてくるようにと言われてね」
「私の事を話しただけで国王様が直々に会いたいなどとは言わないと思いますけど、どんな風に話したんですか?」
「結婚相手として考えていると」
「えっ…」
警戒心全開のユーリがその言葉で絶望したような表情に変わる。一方、アンリの方は威嚇から殺気に変わった。
それを読み取ったアーサーはユーリの隣の小さな少年に初めて目を向けた。
ユーリの黒髪と同じく珍しい銀の髪に青から紫へと変わる不思議な瞳、うっすらと桃色に染まる頬と赤い唇の綺麗な少年がいた。
いつもなら人懐っこい笑顔を振り撒く彼が今は綺麗な柳眉を逆立てて、アーサーを射殺す勢いで睨んでいる。少年には似つかわしくはない殺気に流石のアーサーもたじたじだ。
「帰ってくれますか」
少年独特の高い声を低くさせ、アーサーを牽制するアンリ。
「ここで引くわけにはいかないな。私は、国王に彼女を連れて来るようにと言われているんだ。拒否しても力ずくで連れていく」
徐にユーリの腕を掴んだアーサーは引き摺るように連れて行こうとする。
「やめてください!」
「ユーリ」
ユーリはアーサーが掴んでいる手を外そうとしたが、アンリが止めた。どうして?と思いアンリに目を向ける。
「王に直接会って、拒否する事を旨を言いに行きましょう。このまま此処で話していても彼はきっと諦めません。それなら、この国の最高権力者に直々にユーリの意思を伝えた方が早いと思うんです」
小声でユーリに囁くアンリは、いつもの柔かな雰囲気は鳴りを潜め、ずっと大人っぽく見えた。真剣な眼差しにユーリは驚いたが、それも一瞬でアンリの意見に一理あると思い、徐に頷いた。
「わかりました。王宮に行きます。だから手を放して下さい」
「!そうか!」
何かを勘違いしたアーサーは、とても嬉しそうに笑うと掴んでいた手を放した。すると、透かさずにアンリがユーリとアーサーの間に身を滑り込ませた。
「今から行きますか?」
アンリのユーリを護るように立ち塞がった行動にアーサーは不快そうに眉を顰め、睨み付ける。睨まれたアンリはどこ吹く風で未だにユーリの前に立っている。
ユーリもアーサーと距離ができて、ホッと溜め息を漏らしている。
「ああ、馬車を待たせているから…こっちへ」
そう言うとアーサーはユーリの手を取ろうとしたが、
――――パシッ
「!」
アンリがアーサーの手を叩き落とした。手を叩き落とされたアーサーと叩き落としたアンリの両者が睨み合う。少しでも触れたいアーサーと少しも触れて欲しくないアンリ、それに水を指したのがユーリ本人だった。
「行きますから、そんなにアンリを怖がらせないで下さい」
ユーリにはアンリがアーサーを怖がっての行動に映ったらしい。それにアーサーは愕然とした表情をし、アンリは勝ち誇った表情をしている。アンリはいつでもユーリの味方だが、ユーリもいつでもアンリの味方だ。
三人が重苦しい空気のままに大通りまで移動すると豪華な黒塗りの立派な馬車が停まっていた。馬車にはお忍びだというのを隠す気がないのか、王家の紋章が周囲に威光を激しく主張し、馬車を囲うように騎士達が立っている。その異様な雰囲気に近くを通る人達が避けるようにしているのを目撃したユーリとアンリは激しく後悔していた。
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