閑話 これからの事
どれ位三人で抱き締め合っていたか分からないが、優しく降り注いでいた太陽の光が橙色になり、辺りを暖かみのある色に染め上げるまで草原にいた。
ユーリが泣き止んだ事もあり、そろそろ夜の帳が下りようとしているので、ガンツとナンシーはユーリを促して王都まで急いで帰る事にした。
ギリギリで門が閉まるのに間に合い、平民街にある二人の宿屋へと歩く。その間、ナンシーはユーリと手を繋いでいた。手を繋がれていたユーリはどこか恥ずかしそうにだけど、嬉しそうに頬を染めてナンシーに大人しく手を引かれていた。
既に閉まってしまっている肉屋を右に折れるとガンツとナンシーの宿屋が見えてきた。
すっかり、辺りは真っ暗で二人の帰りを待っていた宿屋も明かりが灯っておらず、寒々しい。
「さ、どうぞ」
ニコニコしながら宿屋の中へと招き入れるナンシー。ガンツは一足先に居住スペースへと入っていき、明かりをつけていく。
暖かな光を発するのは、ユーリの世界では蛍光灯などが一般的だったが、こちらの光源はとても不思議で、天井にあるのは変わらないが、石のような物が嵌め込まれている。その周りには光球が浮き、たまに下へと光球が降り注ぐ。落ちてきた光球は床に着く事無く途中でフワッと溶けてなくなる。
それを不思議そうに上から下へ、また上から下へと追っていくユーリの様子に二人は微笑みながら見守る。
暫く観察していたユーリはハッと我に返り、ゆっくりと二人へと視線を向けて、ずっと見られていた事に気付くと真っ赤になって俯いてしまった。
そんなユーリにガンツはテーブルに座るようにと手招きし、ナンシーはお茶を入れるべくキッチンの方へと移動する。
「それで、これからの事だが」
「はい」
「本来ならば、ユーリは王宮で保護してもらえるんだが、どうする?」
「……………」
ガンツからの今後についての事を聞かれても未だに整理をしきれていないユーリは答えられなかった。長い沈黙はお茶を淹れて持って来たナンシーによって壊される。
「じゃあ?此処に一緒に住む?」
その言葉に弾かれたように顔を上げたユーリをナンシーは優しく微笑みかける。
「おい!」
「だって、保護してもらってもユーリが幸せになれるか分からないじゃない?だったら、ちょっとこの世界に馴染んでもらってどうしたいか本人に決めてもらえば良いじゃない?」
「だが…」
この世界で異世界人はすべからく保護対象で王宮に報告の義務がある。ただ、義務であって強制ではない。ナンシーは、ユーリに判断を任せると言っているのだ。
「ユーリはどうしたい?」
あくまでもナンシーはユーリの判断を任せた。ナンシーとガンツは黙ってしまったユーリを急かす事無く、お茶を飲みながら待った。ユーリは暫く悩んだ後。
「ここに置いてもらえますか?」
不安そうにナンシーとガンツにお伺いをたてるユーリはどこまでも不安そうで頼りない。
「ええ。勿論よ!ただし、此処は小さな宿屋だから手伝ってもらう事になるけど良いかしら?」
「はい」
「……ナンシーとユーリが決めたんなら、俺からは言うことはない」
お茶を飲むガンツにナンシーが、
「ふふふ、ガンツ、貴方父親みたいね」
瞬間、ガンツは飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。
嬉しそうに笑うナンシーをガンツとユーリは驚いて瞠目し、ナンシーを見た後に二人はお互いを見合った。
「こんな美人な娘が俺の娘なもんか!」
「こんな素敵なおじ様が私の父だなんて!!」
「あらあら」
一層からからと笑うナンシーとまた見詰め合う二人。
「あら?そんな熱い視線を交わすなんて、お母さん妬いちゃうわ」
どこまでも二人をからかうナンシー。指摘された二人は頬を染めて下を向いてしまった。
「ふふふ、さて、今日の夕飯は何にしようかしらね?」
夕食のメニューを頬に片手を当てて、首を傾げて考え出すナンシーにユーリがすかさずに手を上げた。
「ナンシーさん、私が作っても良いですか?」
「あら?ユーリは料理が出来るの?」
「はい。小さな頃から作っていたので色々と作れます」
「そう?じゃあ、お願いね」
食事を任されたユーリはキッチンに向かうとどんな食材があるのか漁りだした。
鶏肉やハーブ、レモンやバター等を見付けたのでハーブチキン擬きでも作ろうと考えた。
まずは鶏肉にフォークで沢山穴を開け、塩をまぶす。全体にまぶし終わったら塩を鶏肉に揉み込む。
本当はスライスしたレモンとハーブを入れて、二晩ほど寝かしたいが、今回は今食べるのでバットに鶏肉とレモンとハーブを入れて置いておく。その間に付け合わせにする野菜を炒める。塩コショウで味付けし、皿に盛り付けておく。
フライパンにバターと鶏肉を入れ、その上にハーブを乗せて蓋をする。
頃合いを見計らい鶏肉を裏返して、酒と柑橘を絞り、また蓋をして焼いていく。
良い色に焼きあがったら、適当な大きさに切り分けて皿に乗せていく。
乗せ終わったら、フライパンの汁をソースとして掛ける。
出来上がったハーブチキン擬きとパンを二人の待つテーブルへと並べる。
「なんだか、美味しそうな匂いがするわ」
「本当だ。涎止まらないんだが」
二人は、わくわくした表情でナイフとフォークのカトラリーと握り締めて、ユーリの料理をじっくりと色んな角度から観察している。
「食べないんですか?」
「だって、異世界の料理よ!とても珍しいわ!」
「すまないな。ナンシーは料理が好きなんだ。食べるのも見るのもな。飽きたら食べ始めるから放っといて良いぞ」
ちょっと困った顔でガンツがそう言った。どうやら、これが日常茶飯事のようだとユーリも納得して食べ始めた。
「うん、旨い!肉に味が奥まで染み込んでるな。それにとてもジューシーで鼻からハーブの匂いが抜けていく」
美味しそうに食べるガンツにユーリはとても嬉しくなった。前の世界の家族は食べられれば、なんでも良いのか、美味しいとは一言も言われた事がなかった。それが、いつも寂しかった。
ユーリとナンシーは、食べ終わった食器等を片付け終わると食後のお茶を淹れて、テーブルに戻って来た。
「とても美味しかったわ」
「ありがとうございます」
少し寂しそうに眉を下げるナンシーにどうしたのだろうかとこてりと首を傾げたユーリ。
「堅苦しいのは、いけないわ」
ナンシーは敬語がお気に召さなかったようだ。目上の人だし、と思い、畏まった言葉を使っていたが、ナンシーにしてみれば、それは距離を感じる事だったようだ。ナンシーの隣のガンツもうんうんと頷いている。
「…じゃあ、ありがとう。ナンシーさん」
頬をほんのり染めて照れながらナンシーに笑いかけたユーリはとても可愛かった。
「どうしましょう…」
「ああ」
二人は胸を押さえてテーブルに突っ伏した。
「ユーリが可愛すぎて辛い…」
「ああ」
ナンシーとガンツは不覚にもユーリの笑顔で胸の奥が締め付けられる感覚を味わった。
恋とは違う、守ってあげたくなる可愛さに胸キュンした二人。庇護欲を掻き立てるユーリの笑顔の虜になった二人は目で話し合い、絶対に彼女を守るのだと決意する。
そんなやり取りをしているとは知らないユーリは二人が鬼気迫る表情でお互いを見詰め合っているのを不思議そうに眺める。
今日は、もう遅いからと居住スペースの客室へとユーリを案内した。
ベッドに入ったユーリは直ぐに寝息をたて始めた。余程疲れてしまったのだろう。ユーリが安心できる場所だと感じてこんなにも無防備に愛らしい寝顔を晒すユーリが一層、愛しかった。二人は、折角気持ち良く眠っているユーリを起こさないようにそっと部屋を出ていった。
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