013.創造主、焚き火を見る
先頭の馬を追う最中、一番大きな明かりを持つイロオが、通過する木の幹を炙って目印を付けている。
走るとまではいかないものの、淀みない足取りの馬は結構な速度だ。青い火を正確に、適切な時間で推し当てるイロオは、この作業に慣れているのだろう。
走ることに手一杯な私の位置を確認してくる余裕すら見せている。
頼もしい限りだ。そして自分が情けない……。
最も後ろにいるアーネスが私の背を押して、早く進むよう促してくる。息が切れているのは私だけか。
この状況で私が役に立たないのは分かりきっているので、一つ提案してみた。
「もし、小屋が、近いならっ」
私は戻っていようか、と続ける前に、イロオが無意味だ、と言葉を告げた。
「目印が見えない。荷を置いた小屋から離れている」
「目印って、ねぇ、今つけてるそれは何なの?」
「これとは別の、この森一帯に付けられたものだ……口を挟むな」
「本当、いい友達になれそうだわ」
「君と、イロオが? そう、は、思えない、けどもっ」
「ねぇコーズ皮肉って知ってるかしら?」
「勿論だとも」
淀みなく答えた次の瞬間、後ろから押される力が増した。これは怒る前兆、ではなく怒っている。しかし彼女が何か言う前に、私がイロオにぶつかった。
結果的にアーネスの言葉が出てくることはなかったが、果たしてそれは良かったのか。
イロオが、急に後退したのだ。
アーネスとイロオに挟まれて息が詰まる。なにやら絶句しているイロオを無理やり退かした。
そこには強張った面持ちで火をかざすケムナが立っていた。その目の下には、うっすらと涙の後が見えた。何というか、アーネスを見つけた時と似ているような……。
「あ、アーネス?」
「け、ケムナ」
一瞬の間を置いて、二人が駆け寄って抱き合う。邪魔だと言わんばかりに、アーネスの手から火の灯る小枝が投げられた。馬が避けた青い光は、地面から露出した木の根を、そして二人の足元を照らす。
ケムナに、欠損したところは無さそうだ。どうしてか、抱き合って互いを確認し合う姿が好ましく見えて笑みがこぼれた。
「ケムナ!」
「アーネス! あぁ、会えて良かった! 無事?!」
「無事じゃないように見えるの、バカケムナ?!」
「見えない、良かった! って誰がバカだっ!」
抱き合っていたかと思うと、二人は罵詈雑言を吐きながらお互いを殴り始めた。どちらの攻撃も当たってないあたり、手抜きをしているのがわかる。が、これは一体何の儀式なのだろうか。
攻撃がだんだん本気なものになるにつれ、罵詈雑言も短く稚拙なものへ変化していく。止めるべきか迷っている私の横で、全員の様子を見ていたイロオが頭を横に振った。
「怒りを通り越して呆れる、とはこういう事か……」
「まぁ、すぐに会えたのだから良かったじゃないか」
イロオの対応からして、緊急性は無さそうだ。下がってしまった彼の肩を撫で、笑いかける。
「小屋に帰れそうかい?」
「あぁ……それなら問題な…………」
何やら意味深な眼差しを向けられたが、それも一瞬の事だった。
パチパチと何かが爆ぜる音。それから何かが焦げた臭い。
「……くない」
イロオが小さく、目的はまだ先のはずだ、と呟いたのが聞き取れた。
「え?」
そう口にしたのは誰だったろう。
ケムナの背後にそびえていた木が、青い火に包まれた。まるで目印のように、暗い森の中にあっても煌々とうつしだされたその形。とても見覚えがある。管理区まで続いていそうなほど真っ直ぐ伸びた木……。
前進すべく踏み出した私の足は、何かをごろりと踏みつけた。
旅芸人二人と同じように固まるイロオの手を持って、足元に火を近づける。足があった場所に、真っ直ぐしたものが転がっていた。
私の背丈より長い、見覚えある木の枝。
それを頑張って拾い上げれば、中央付近の一部に茶褐色の何かが付いていた。臭いを嗅いでみると、付着したそれは鼻をついた。拭いきれずに残った自分の血と嗅ぎ比べてみる。
少し臭いは変わっていたが……多分同じものだろう。
真っ直ぐ前を見て、口を開けたまま固まるイロオに確認を取る。
「まさかとは思うけれど、あの木は……」
「……さいしゅ、もくひょうだ」
たどたどしい口調のまま答えた彼は、目を左右に動かし、これまで以上の動揺を見せた。と、同時に、殴り合っていた筈の二人が再び抱き合い、少しずつ此方へと後退してくる。
はたから見れば面白い動きをしているが、状況的にはひどく切迫しているので仕方のない事だろう。
悠長な事を言っていられないが、そも私の足も、中々動く気配がない。
「激しく燃えてるようだけど」
「りかい、しているが……」
「これは燃え尽きるかい?」
「……周囲の木よりもずっと早く」
「イロオ、これは……どうしたい?」
「どう……逃げるべき、だ?」
質問に疑問で返したイロオの首根っこを引っつかんだその手は、アーネスとケムナのものだった。息ぴったりの行動に息をつまらせたのは何もイロオだけではない。
私も、イロオと一緒になって二人に後ろへと引っ張られはじめたのだ。
そばにやってきた馬にまで逃げるよう行為を促された。
足を縺れさせないよう、木の枝を使ってバランスを取る。
「何で疑問系なのよ! これは逃げるべきでしょ!?」
「ッ……誰のせいだと思ってるんだ?!」
「うぐっ」
「あーあー責任の所在なんて後よ! ともかくアレが来る前に逃げるのよ!」
私を除いた全員が押し殺したような声で口論しながらも、イロオを先頭に走り始めていた。
全員の自然な動作で集団の中央に押しやられた私は、来た時と同じでアーネスにせっつかれながら疑問を口にする。
「アレは……来るだろうか?」
「ケムナじゃなくても分かるけど! 焼けてる匂いが似てるから! かなりまずいわ!」
「アーネス、本当にアレの生息地とか、分かってな……いぶッ?!」
「っあ!」
急停止したイロオの背にはねとばされ、手にしていた枝と鼻が当たった。ゴッと嫌な音がした鼻を押さえながら頭を横から出すと、すぐにその理由が分かった。
「もうこの辺りの木、全部燃やしちゃわない?」
震える声で告げられたアーネスの言葉に、全員が同意しかけていた。
すぐそこには、イロオの持つ火に照らされている青紫の塊。浮遊するそれが、こちらにゆっくりと近づいてきている。
我々は既に遅かったのだ。




