012.創造主、獣と語らう
途中で足を滑らせ、ドゴッという重い音を立てて落下した。そんな私を見て、イロオが慌てて駆け降りてきた。
やはり飛ぶことはできないようだ……。
イロオは尻餅をつく私の足元を火で照らし、失礼する、という小さな声と共に足首付近の布をめくった。
彼は神を敬うような態度ではなかったと思うが……私に対しては最低限の譲歩をしようというのが見てとれる。
人間から見れば、私と神達はあまり変わらないと思う。けれど、イロオの中では何か二つの間に線が引かれているんだろう。
足首がひどく痛みはするが、足から血が出ているということはなかった。
「多分大丈夫だよ。それよりもアーネスに何があったのか気になる」
彼は私の言葉に素直に頷いて、一瞬だけ戸惑ってから手を差し出してくれた。私は彼の手を取って立ち上がる。
声の主の安否確認が必要だ。
声がした方向は大体わかる。何故か女児二人の小屋とは少し離れた場所から聞こえてきたように思う。
声が甲高いものだったから、かなり焦っていたのだろう。
ケムナがアーネスにも火を渡した可能性はあるが、もしそうでないならアーネスは真っ暗な中、小屋から離れたところで一人でいることになる。
イロオの注意により例の香は焚いてないが、シィリヤが香以外の何かに寄せられるということもあるかもしれない。
火を持たず対処もできなければ解体女児が解体されてしまう。
それは良くない。
非常に良くない。
私は黙って付いてくるイロオを背に感じながら暗い森の中を歩いた。獣達の声が聞こえてこない。不自然なほど静かだ。
だからだろうか。遠くで誰かが啜り泣くような音が聞こえてきた。
私は一瞬だけイロオと目を合わせ、火を持つ彼を先行させる。
程なくして、アーネスが半泣きの状態で一匹の馬の側にいるのが見えた。
私が側に寄るより先に、イロオが大股で近づいた。
「何事だ」
「あ、えと……た」
「……聞こえない」
アーネスに寄ったイロオの顔には苛立ちが見えた。肩を怒らせてアーネスの胸ぐらを掴みそうな勢いだ。私はイロオの隣に立って、彼の肩を軽く撫でた。
はたしてその行為に効果があったかは分からない。が、ともかくイロオは一度深呼吸してアーネスにもう一度聞き返した。
「何があった」
「お、落ちたのよ!」
「……は?」
「だ、か、ら、小屋から降りようとしたら、ちょーっと落ちたのよ!」
「く、くだらん……!」
真っ青になって弁解するアーネスの言葉を切り捨てると、イロオは眉間のシワを痙攣させた。私も少し落ちたから痛いのは良く分かるぞ、アーネス。
私の同情の色濃い目線をどう捉えたのだろう……アーネスは更に顔を青くしてまくし立てた。
「何よ! 明かり無くて足踏み外したのよ! 滅茶苦茶痛かったんだから!」
「じゃあ何故小屋から離れてるんだ」
「それは、その……声で馬が暴れちゃったから、蹴られそうになって、馬の後ろにまわらないように動きながら宥めてたら……」
「気が付いたら移動していた? 馬など放っておけ! 馬と一緒に元いた場所まで帰ってこれるのなら止めはしないがな!」
「こ、声が大きいわよっ」
「どの口で言うか!」
二人とも同じくらい声が大きいが、今指摘すると総攻撃をくらいそうだ。
アーネスとイロオのやりとりを見ていると、馬が申し訳なさそうに鼻を擦り付けてきた。よく見ればケムナが乗っていた馬だ。
そういえば、先に出て行ったケムナの方が見当たらない。
腰に手を当てて完全に開き直った風のアーネスに問いかけた。
「アーネス、ケムナは?」
「へっ、コーズ達と一緒だったんじゃないの?」
「叫び声を聞いて飛び出してしまったのだけれど……」
「え、ええっ? 嘘っ」
アーネスが左右を見るが、周囲が暗すぎて視界には殆ど何もうつらなかったろう。まずいまずいと呟く女児に、イロオがとどめを刺す。
「嘘なものか! 全く、何の為にここにいるのか分からないじゃないか、あの小娘……っ!」
頭を抱えて唸るイロオに、アーネスが手を差し出して言い放った。
「その火を分けて。私一人でも探しに行くわ」
「探さないとは言ってないだろう。それと、替えの移し木は今、手元にない。ついでに言うなら、この辺りの木は燃えて無くなるぞ」
「ケムナが見つかるまで持てばいいわ」
「運良く枯れ木を見つけても朝まではもたんぞ」
「そんなの、あの野生児をさっさと見つければいいのよ」
取っ組み合いがはじまりそうな二人の剣幕に恐れをなしたのか、馬がじわじわと後退する。
人間は空を飛べないし、離れたところから会話する術もない筈だ。暗い森の中で合流する手立てを持っていないのなら、離れて行動するのはまずいのではないだろうか。
私はできるだけ穏やかに、言葉を紡いだ。
「全員まとまって動けばいいのでは?」
文字通り、二人の動きがぴたりと止まった。私を見て、それからアーネスとイロオが顔を見合わせる。顔の造形自体は全然違うが、その嫌そうな表情がよく似ていた。その表情が変化していく様も。
こちらに二人の視線が戻ってきた時、二人とも何かを決意したような顔になっていた。
「……任せる」
「…………コーズに賛成。ずっと見てないとコーズが遭難しそうだし」
私がフラフラ出歩くと言外に示しているのだろうか。イロオまで、納得したように頷いているのか悲しい。
ともあれ話はまとまった。
イロオは地面に落ちていた木の枝を拾うと、それに火を分けてアーネスと私に手渡してきた。
イロオのものに比べるとあまり明るいとはいえないが、それでも無いよりは、ということなのだろう。
解体女児が再度左右を見渡して、それから息を吐いた。
「探すっていっても、迂闊に大声も出せないわね……森の中じゃ火の明かりは見えにくいし……」
私なら木を片端から破壊してここらの見晴らしをよくすることもできそうだが、これはあまり提案しない方がいいのだろうな……。
三人して同じように唸っていると、後退していた馬が胸元に鼻をすりつけてきた。
この生き物も夜目が利く方ではなかったはずだ。とはいえ何かを訴えているようなので、馬に質問を投げかけた。
「もしかして、ケムナの居場所を知っているのかい」
「いやコーズ、困ってるからって馬に聞いてもそんなこと……」
アーネスの半笑いが途中で止まった。
心得たとばかりに鳴いた馬は、私達が来た方へ少し戻って、それから私達を見る。
真顔になったイロオが、何も言わずに馬と私たちの中間まで歩いて周囲を照らした。
馬に向かって歩き出すと、背中の布を強く引っ張られた。
アーネスだ。彼女は半笑いの顔のまま、押し殺したような声を上げた。
「ねぇ、コーズって馬と会話できるの?」
私はどう応えたものか少し迷った。
馬はこの言語を喋ることができない。なら、これは会話とは言わないか。
私は首を横に振って、アーネスに笑いかける。
「んー、いや?」
「そうよね、うん、あはは、あぁ、何でもないわ。さー、ケムナを見つけましょ、う……」
アーネスは不自然に明るい声を出してイロオに続いたが、私の服から手を離そうとはしなかった。




