011.創造主、白状する
うっかり系主人公、またの名をコーズ。
そう、彼の名はコーズです。
作者も(◎作者が)忘れるから、念仏のように唱えておきます。
▽
木の柱と板で出来た小屋の中を、青い光が舐めるように揺らめいている。外はもう暗く、人間では遠方を見渡せないだろう。
アーネスとケムナが入っていった小屋の方からは、微かにだが笑い声と罵声が交互に聞こえてきた。あれはあれで仲が良いのだろう……か?
それよりもこちらだ。
私は目の前に置いてある鉱物の檻に目を向けた。人の頭ほどあるそれの中には小さな円錐形の台座があり、中央にあいている穴に枝が深々と刺さっている。ケムナに分けてもらった青い火だ。
鉱物の檻の上には底が深い大きな容器があり、檻を挟んで向こう側にいるイロオが先程から葉や木の実、真っ赤な塊を千切って放り入れていた。
たまに底をすくい上げるようにかき混ぜては固形物を潰していくものだから、殆どドロドロの液状になっている。
おまけに謎の塊が熱に溶けて、更に水分量が増した。こうなるともう真っ赤じゃないところがない。
今や容器の中身は飲み物のようにひたひたになっている。
ハコニワの完成祝いの日……容器にウォルテの一部が入ってしまった事を思い出してしまった。
これは食べ物だろうか。
食べ物なんだろうな。
彼一人分ならいいのだが。
イロオが私の希望的予想を笑うように荷物から取り出したのは、ご丁寧にも手に収まる大きさの容器が二つ。
それから、腕の長さはあろう灰色の棍棒が一つ。イロオは灰色の棍棒を二つに割り、そのうちの半分は元あったように葉に包んで荷に戻した。
イロオの手に残ったものは更に二つに分けられ、小さな容器の中に一つずつ入れられた。収まりは悪く、立てかけたといった方が適切かもしれないが。
イロオの手元をまじまじと見ていると、彼が眉を寄せて呟いた。
「かなり多い方だと思ったが、これで足らないのか」
「え?」
思わず聞き返すと、イロオは灰色の塊を指差した。
「ナッフだ。それともいらないのか」
「うん……?」
「食事はいらないのか?」
「食べた方が良いような気はする」
「ならどうして渋い顔なんだ? まさか台座に備えつけて祝詞を唱え、というのではないだろうな」
「いや、そんな面倒なことはしなくていい……祝詞?」
「面と向かって祈るやつはいなかったか? 自分はそんなもの逃げだと思っているから、誰にも祈らないし、縋るつもりもない。とにかく唱えというなら子守唄くらいは唄えるが」
「私は獣達の声と、風が吹いて木々の葉が擦れる音で十分満足だよ」
「それは良かった」
私の言葉に対しこれ以上ないくらいぶっきらぼうに応えたイロオは、手にした器に赤い液体を注ぎながら小さな声で問うた。
「コーズという名は聞いたことがないが……神か、それに近いものなんだろう?」
「……」
私は目を伏せて息を吐いた。何と答えたものか。
彼は、私が木の枝を壊すところを見ていた。お前はサーブなんだろうと言わなかったのは良かったが……私は神ではない。
否定してその後に妙な誤解をされるくらいなら、創造神だと言ってしまっても良いんじゃないか。
イロオは私の答えを待っているようだったが、やがて痺れを切らしたように問うてきた。
「本当の名は?」
そう問われて、顎を上げる。青い光に照らされ、幾分か血色の悪そうな男児がそこにいた。
彼から差し出された容器を受け取りながら、私は慎重に応じる。
「本来、私に名はない。そのように在る」
「……」
絶句。そういう表現が正しいのだろうか。
彼は自分の分の容器を床に置いたまま固まった。恐らくその頭の中では色々な考えが巡っているのだろう。
私はやはり、告げることにした。
「フレヤは私をサーブだと思っている。だが、私は神ではない」
私は自分の手元に目を移した。灰色の塊は真っ赤な液体を吸い込んで朱に染まりつつある。
まるでウォルテの身体……いや、自分の血のようじゃないか。
…………。
私は人差し指を犬歯で傷つけた。
ぽたりと落ちたのは赤い血だ。そうだ、私は、フレヤの目の前でもこうするべきだったのだ……。
私は血の滴る指先を、彼に見えやすいように掲げる。
「赤い、血……」
「神ではないよ、私は」
イロオの身体が震え始める。私はそれを見なかったふりをして、灰色の塊の、染まった部分に口をつけた。
酸味とえぐみが強い。血が付かないようにしたのに、自分の身体を齧っているようにしか思えない。それでも私はそれを呑み込んだ。
イロオにしてみれば半泣きの父親が目の前にいるわけだが、気にしていないのかそれどころではないのか。
私は容器を側に置いて、彼が言葉を発するのを待った。
「……罰が」
「うん?」
「私は死なないのか?」
ようやく言葉を発したイロオは、茫然としたような表情のままにそんな事を言うものだから、私は思わず苦笑いをしてしまった。
もしかして、あの枝の末路と自分を重ねているのだろうか?
彼は人間なのだから、いずれは死ぬ。
私はそれを故意に捻じ曲げるつもりはない。そんなことをすれば、私はシィリヤと同じものになる。
私は彼の目を見て、はっきり宣言した。
「いずれは管理区に帰るだろうけれど、予兆もなく土に帰るっていうことは滅多にないんじゃないかな」
「私が言いたいのはそういうことではなく……そうだ。世界は? 全てが無くなるって事は?!」
「それは君が死なない身体を得る以上にありえないし、あってはならないことだ。そもそも私が今の状態に至った原因が、ここ自体の保持を優先した結果なのだから」
「え……え? なら妹の話は……シィリヤは、世界の危機は?」
「君の妹が誰だかは知らない。ただ、ミコとやらから何か話を聞いていたなら、概ねそれは彼女の勘違いで成り立っている。まぁ大体、私とフレヤの所為だね。申し訳ないと思う。
ただ、この世界も、私自身も、大きな問題を抱えている事は間違いない」
私はそこで一旦言葉を切って、息を吸った。
「シィリヤなるものが『居てはならない存在』である認識は正しい。あれは世界の約束事を破壊しかねないものだ。もしかしたらもう何処かに綻びがあるのかもしれない。でもね、イロオ。
……今の私には、それをどうにかする力は殆どないと思う」
「私は、いや、自分はどうすれば?」
「君は君の好きなように生きていればいい。最終的には君自身に誇れる死を迎えるよう、努力するのがいいんじゃないかとは思うけどね。ただしシィリヤに捕まるようなことは絶対にしないように」
「我々に、何も望まない、と?」
協力してほしいことは確かにある。しかし、イロオが縋るような目でそんなことを言うものだから、何だか昔の失敗談を思い出してしまった。
私は頬を掻いて、真面目な表情にみえるよう努力した。
「ある子供の……神様の、昔話なのだけれどね。その子は何度試しても人間があんまり成長しないからと、新しく産まれなおしたばかりの君達に直接会って『神がそうあってほしいという事を望んだ』んだよ。勿論、君達は頑張って望みを叶えようとしたようだ。でもね、それはまだ君達には出来ないと分かりきっている事だったんだ。
少なくとも、私やサーブはそれを理解していたし、人間と接触していた機会が多い神も何となく分かっていたと思う。
でも君達はやろうとした。頑張って、頑張って、頑張ったんだ」
イロオの喉が鳴る音が、小さな小屋の中に響く。私は彼がこれまでの言葉を呑み込んだのを待って、続きを口にした。
「でも結局、君達は望みを叶える事はできなかった。何故ならそれはまだ君達には出来ないことだったから。
出来ない事はどんなに頑張っても出来ない。だったらどうするか。君達には次に託すという選択肢があった。いいや、それしかなかったんだ。でも、君達はそうしなかった。選択肢が見えていなかったんだ。神に聞くという行為もせず、自ら『願いの受注期限』を決めてしまっていたんだよ。
上位者に望まれた事をこなせなかった君達は、絶望したその後にどうしたと思うかい?
君ならどうする?」
「……身を捧げるしか」
「そうだ。何故か君達はそうした。罰される前に自らを罰したんだ、とサーブは言っていたが……そんな一斉に死者が出ることを想定してなかったから、こちらは困ってしまった。
想像がつきにくいだろうけれど、私も神も、魂を受け入れきれずに壊れかけた管理区の中で悲鳴をあげたものだったよ。それ以降、あーしろこーしろって言うのはなるべく止めましょうって事になったんだ。
あの事件で一番大変だったのが、自分の失敗を悔いて、わんわん泣いてしまったあの子を宥めることだったけれど」
その頃はまだ担当など決まっておらず、降りれるものが下に降りていたから、誰が何を言ったか細かく管理されていなかった。
あの混乱は起こるべくして起きたのだろうな。
私は居住まいを正した。
「何が言いたいかっていうと……私達が君達の上位者としてハッキリ目標指定すると、君達は張り切りすぎて概ねこちらの予想を逸脱した行動を取るっていう話だ。
ミコの時も若干そうだったね。対応するのは人間に慣れたフレヤだから、今後、起動修正できる可能性もあるけど、大変だろうことは想像に難くない。
だから私は、私が何か把握したであろう君には何かを望んだりしないように気をつけるつもりだ」
「…………」
イロオは再び口を閉ざした。さっきまで大きく開いていた口が閉じたから、私の言葉を理解することはできたと思う。
だが、昔より未来より何より、今が大切だ。
私は先程から気になっていたモノを指差した。私とイロオの目の前にある容器だ。火にかけられたままのそれはすっかり中身が炭化し、異臭を放っていた。
私はもう片方の手で鼻をつまみながら問う。
「ところでイロオ、そこのそれ、カラカラいってるけど大丈夫かい?」
「ハッ?!」
どうも話に集中しすぎて気が付いていなかったようだ。まぁ、それは私も同じか。異臭がするまで気が付かなかったのだから。
イロオは自らの荷物から分厚い布を取り出し、それで炭入りの容器を掴む。
立ち上がった彼は小屋の天井からひも状の何かを引っ張り出し、そこに容器の縁を引っ掛けてぶら下げた。
しかし、まぁ、臭いがすることには違いない。
「外に出るという手もありそうだな」
鼻を摘んだまま独り言をモガモガ言うと、イロオは心底すまなそうな顔をした。私が何か言う前に、彼は小さく開いていた小屋の扉を完全に開け放つ。そして今しがた木に登ってきたらしいケムナと目を合わせた。
「…………何の用だ」
「いや、別に。すごい臭いがしたから人死にでも出たかと思っただけだし」
「…………鍋を焦がしただけだ」
「ほーん?」
イロオの足元に頭を出している形のケムナが、鼻を摘む私を見た。
「コーズ、大丈夫?」
「あぁ、今のところは。悪臭で死ぬかどうか試している最中だから、あまり気にしないでいい」
「ここまで焦げてると本当に死にそうだけど……ま、平気ならいいよ。アーネスにもそう言っとく」
青い火のついた枝をブンブン振りながらケムナがニヤリと笑った。
「彼女も気にしていたのか?」
「というより、彼女が、ね。コーズは色々抜けてるから、君を任せてるイロオさんがガサツだって分かっちゃって心底心配してたよ。こっち来るならそれでも良いって」
「いや、大丈夫だよ。それには及ばない」
「なんかそう言うと思った! コーズってば割と大丈夫じゃなくても大丈夫って言うよね」
「そうかな?」
「うん、っとぉ、危ないじゃん!」
非難するケムナの顔に被さるように、イロオの足がそびえ立った。彼の顔は見ないが……その震える肩は、楽しさのあまり、というのわけではないだろう。
私の予想通り、彼は鋭い声をあげた。
「無礼だぞ、さっさと戻れ!」
「あ。そういうこと言うわけ!」
ケムナも負けじと結構な大きさで叫んだ。慌てて立ち上がった私を、イロオが止める。
「すまない、だが……これらは知らないのだろう」
「まぁそうなんだけど」
喧嘩は良くないと思う、そう言いかけた私の耳に、一際大きな絶叫が届いた。
アーネス!
一番早く動いたのはケムナだった。彼女は弾かれたように木を飛び降りてしまった。イロオも台に刺さった火と鉱物の塊……おそらく武具を手に取った。
だが、その迷いのある視線は、私がどうするかを見ているようだ。
少し迷ったが、私もケムナに続いて木を降りた。
▽
読了ありがとうございます




