ぼた餅の話。
ぼた餅の話。
物心つく前からずっと、春と秋の彼岸には祖母が『ぼた餅』を持ってきてくれました。神棚と仏壇にお供えした後で食べたぼた餅は、それはそれは美味しいのです。
餅米の粒が残っているのもまた良いのです。『つぶ餡』との相性がこれ程あっている物は、ないのではないかと思います。
一般的には、春は『ぼた餅』秋は『お萩』と名称が変わりますよね。地方によって彼岸の菓子は様々あるというのが本当に面白いです。
その地に根付いた文化が、如何様にして伝わったのか。探求していくのは誠に楽しいものです。
私の住まう地方は春であろうと秋であろうとぼた餅と呼ぶようです。ですので、ここではぼた餅の名称で統一させていただきますね。
因みに『あんまん』『あんパン』『あんこ餅』は『こし餡』派です。こし餡美味しいですよね。
結婚して数年。なんということでしょうか。
ぼた餅との縁が切れました。
タイミングをこれでもかと外し続けるのです。
偶々実家に帰っても「昨日食べたよー」等と事あるごとに言われてしまいます。
だからといってお店で買うのは何かが違うのです。悲しくはあるもののまたいつかチャンスがあるだろうと諦めてきました。
ある日突然、草餅や大福等が食べたくなりました。でもこれじゃ無い感がハンパ無いのです。何故なのか全くわかりませんでした。
餅で、あんこ。
食べたい食品が二つ揃っているというのに、何かが違う。何だろう、この違和感は。
その疑問が解明されたのは五月の連休中実家に帰省した時でした。
母が「なに食べたい?」と聞いたので私は思わずこう言いました。
「お祖母ちゃんのぼた餅」
と。ほぼ無意識でした。言ってから違和感の正体はこれかと思ったのです。ああ、私が恋い焦がれていたのはこれだったのだ、と。
ここ数年は母がぼた餅を作っているそうで、祖母の味を継承しているのなら構わないと、すがり付くようにお願いしたのです。
出来上がったぼた餅は、記憶にある物よりも甘さ控えめでしたが、何の問題もありません。
「これ、これだよう。これ食べたかったんだよう」
「そう?じゃあ、また作ってあげるよ」
娘の望みを叶えた母は、とても優しい笑顔で請け負ってくれたのでした。




