魚拓の話。
魚拓の話。
皆さんは魚拓を知っていますか?
釣り上げた魚を墨で紙にうつしとり、
『こんなすごいの釣ったんだぜ‼』
と記念に残すものです。……と、私は認識しています。
江戸時代の庄内藩において。
酒井のお殿様が釣り上げた魚を魚拓にしたのが最古の物らしく、今でも見る事が出来ます。
因みに庄内藩では、お侍様の鍛練として海に赴き、魚を釣るのが推奨されていたと聞いた事があります。うろ覚えなので本当かは定かではありません。
ですが釣りに出掛けたりするのは本当に鍛練になったんじゃないのかな、と思ってみたりするのです。
最短コースなら街から海まで小さいながらも山を越えねばなりませんし、山を迂回するコースは結構距離があります。馬であっても、徒歩であろうとも、物凄く大変だろうなと思います。魚釣りって体力勝負ですものね。
私が小学生の頃、夏の盛りであったでしょうか。
学校から帰宅すると、風呂場から『ドゴン』 という大きな音が聞こえました。普段、聞く事もない異様な音に一瞬怯えつつ。ですが、好奇心が抑えられなくて見に行きました。
珍しく風呂の蓋がされておらず、そおっと風呂の中を覗きました。そんなに大きくない風呂の中で一匹の大きな鯉が窮屈そうにしているではありませんか。
ああ、今日はお風呂入れないな。と唐突に理解しました。
そして、風呂場に鯉を放した人物にも気付きました。
そう、祖父がやっちゃったのです。
「おう、釣った。なんかまだ生きてるし桶には入らないから仕方なく」
「無いとは思うけど、誰かが気付かず沸かしちゃったらどうすんのよ」
「無いだろう、それは」
ハハハ、と祖父は笑いました。私としては全然笑えないよ⁉と思いましたが、まあどのみちもう仕方がないのだな。と諦めるしかなかったのでした。
それからさほど時を置かず、今度は父が大物の鯉を釣り上げました。
父は何故か魚拓に挑戦しました。あまりの見事な大きさに面白がった祖母も欲しいと望み、きちんと表装までされた魚拓は2つ用意されました。今でも実家と祖母の家に飾られています。
私は近くを流れる一級河川にこんなに大きな魚がいるのかと驚きました。
そして色褪せた錦鯉の大物を釣り上げた人もいると聞かされて、呆れたのを覚えています。誰かが川に放したのか。あるいは錦鯉が自由を求めて逃げ出したのかはわかりませんが、のびのびと自由を謳歌し、生き延びていたのはすごい事なのではないかと思うのです。




