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黒白どっちなの?

 ジェットコースターを楽しめる人もいれば、苦手な人もいますよね。

 航の新しい生活はとんでもない事になった。


 引っ越し当日、黒い作業着の男性がきた。格闘技とかやっていそうな細マッチョ体型で少し強面(こわもて)のイケメンだ。

「三浦航様でしょうか。」

「はい、そうです。」

「本日、運転と搬入を担当する黒井と申します。不用品は後程こちらで処理致しますので、今回は必要な品だけ運びます。」

 話し方は意外にも丁寧で硬い。

 引っ越しだから元気の良いガテン系の人が来ると航は思いこんでいた。

 黒い作業着の黒井さん、覚えやすい名前だ。

「よろしくお願いします。」


 前日までに荷造りは終わらせている。結局、段ボール数個だけになった荷物を路肩に停められた何の変哲もないハイエースに積み込んで新居に向かう。


「一時間もかからないでしょうが、移動中に少しお話しさせて下さい。」

 赤信号で止まった時に、黒井さんが話しかけてきた。

「まず私は、引っ越し業者ではなくて警備会社に勤めております。三浦様が就職される興信所とは業務提携しておりますので、今後も仕事上で度々顔を合わせるかと思います。」

「そうなんですね。お世話になります。」

 警備会社勤務ならマッチョなのも納得だ。

「興信所の垣越明月様とは、あの御方が独立なさる以前から個人的にも親くしておりまして、僭越ながら内心では家族のように思っております。」

「昔からの御知り合いなんですか。」

「彼の方が御幼少の(みぎり)には、専属で護衛させて頂いておりました。明月様は世の宝です。」

「そうなんですね。」

 なんか、変な方に話しが流れているような…。

「明月様は本来は表に出てこられ必要など無い御方であられるのに、広く人助けをしたいと仰られて、本拠地から一人離れて生活なさっておられるのです。そんな明月様に些少なりとも助けとなりたく警備会社を設立させて頂いております。」

「えっ!社長さんなんですか!?」

 驚いた。

「いいえ。社長は私では無いです。設立時より実働部隊総隊長を務めさせて頂いております。」

 何気ない穏やかな口調だからこそ、さらりと言われた総隊長のパワーワードが異様な迫力を持つ。

「お強いんですね。」

「まあ、普通の人間よりも身体能力は上ですね。」

 社長では無くても凄い人なのは確かみたいだ。

「なんで今日の引っ越しをそんな凄い人がしてくれるんですか?」

「三浦様が明月様の直属になられるからです。部下の報告からでは無く私自身で人柄ひとがらを把握したいというのが、今日の引っ越し手伝いの理由です。」

「あの、それって、本人に言う事柄じゃ無いと思うんですが。」

「そうですね。私は少し過保護らしくて、牽制も兼ねて言わせていだだきました。明月様を害する存在は消去したい性分ですので、どうかお気を付けください。」

 怖いことを朗らかな笑顔で言わないでほしい。

 ちょっと股間がヒュッてなったのは、道路の凹凸で車が揺れたからってことにしとく。

「雑談はこの程度にしておきます。ビルが見えてまいりましたので少し御説明をいたしますね。」


 黒井さんの説明によると、ビルの北側に地上十階地下三階建ての立体駐車場があり立駐の地下と地上二階までが一般に開放されたタイムパーキング。三階以上はビルの関係者と住人の月極めになっていて登録キーが無いと進入出来ない仕様になっているのだとか。ビル本棟の一階、二階、三階は、喫茶店と園芸店と宝石商が入っていて、四階と五階に黒井さんの務める警備会社、六階にジムと整体と漢方薬店。七階に管理人常駐のエントランスと会員制レンタルスペースで、八階から上が賃貸と分譲。

 説明を聞くとセレブ臭が過ぎて、本当にそこに住んで良いのか航は不安になる。


「今日は、四階の社用車駐車場に停めます。実はこの車も社用車で防弾仕様なんですよ。」

「え?こんな普通なのに?」

「見た目は普通でないと無関係な人を怖がらせてしまいますから。」

 さらりと言う事柄が、なんか、怖い。


 立体駐車場の三階奥にシャッターがあって、近づくと自動で開いて、通り過ぎると直ぐにまた閉じた。


「着きました。荷物を台車に積み込んだら案内しますので、ついてきてください。エレベーターで七階まで上がってからビル本棟に移動します。」

 

 立駐の一階と四階と七階にビル本棟と直結の通路があって、悪天候でも安心して移動できるようになっているそうだ。


 本棟七階のエントランスでは、垣越オーナーが待っていた。今日の服装は普通のシャツとズボンだけど、襟とか袖口とかキラキラしているしヘアピンもピアスも腕輪もシャラシャラしていて、金持ち坊ちゃんセレブ感が凄い。

「来たね。とりあえず仮鍵だけど渡しておく。」

 そう言って差し出してきたのは、一枚の黒いカードだった。材質が何か良く分からないけど、厚みは2ミリくらいでプラスチックよりも重みがある。

「この鍵を無くすとエントランスから居住階に上がれないから無くさないように。」

「気を付けます。」

「本鍵は身に付けやすい様にバングルを加工中だ。ピアス穴は無いしリングもネックレスも付ける習慣が無さそうだから、こちらの判断でバングルにさせてもらった。」

「あの、バングルって何ですか?」

「そこからかよ。」

 なんか呆れられたっぽい。だけど、独身男が知らなくても普通だと思う。


 上階へ向かうエレベーターの中で垣越オーナー様がしてくれた説明によると、バングルとは要するに腕輪の事だった。ブレスレットと違うのは、チェーンや糸を使わないタイプで壊れ難いのだとか。

 実家が宝飾品の加工販売から始まった総合商社だから伝手があるのだとか言われた。鍵がアクセサリーって、別世界感が酷い。

「バングルに緊急通報機能もつけるから出来上がるまでは単独では建物から出ないでほしい。外出するなら黒井を専属護衛に付ける。本鍵は来週末までには渡せる予定だ。」


 緊急通報機能とか護衛とかってナニ?

 興信所って危険な仕事なの?


「護衛が付くとか初耳なんですけど…。」

「要らないとは思うけど一応ね。何かあっても黒井が居れば安全だから。」

 黙って台車を担当している黒井さんを見ると、にっこり微笑まれた。


 居れば安全って、危険があるから護衛を付けるんじゃないの…。


 前職とは違う意味でブラックな職場に就職したのかも知れない。

 

 呆然とした状態のままエレベーターから出た。

 新居はかなりの上層階みたいだ。


「玄関扉はオートロックで開錠はタッチ式だ。さっき渡した仮鍵を持った状態で持ち手に触れると開錠する。車のキーレスエントリーみたいなもんだな。」

 航が玄関扉の持ち手に触れると本当に開錠した。


 なんか凄い。


 今までの日常と掛け離れ過ぎていて頭の中の語彙が少なくなってくる。


「来客対応もいずれはしてもらうから、部屋数は一人暮らしより多めになってる。一番手前が応接間で、最奥を寝室にしてある。事前に内見とかしてないから軽く案内する。」

 そう言って垣越さんが中の案内をしてくれた。


 入ってすぐの玄関がすでに広いんですけど?

「そこのニッチはとりあえず仮に鉱石置いてあるけど、気に入らなかったら入れ替えていいから。」


 飾りを置くための壁の窪みをニッチって言うんだ。初めて知った。


「応接間は小型冷蔵庫と湯沸かしポットもあるからキッチンにもどらなくても最低限の来客対応は出来ると思う。」

 湯沸かしポットはともかく、小型冷蔵庫まであるのも凄いけど、革張りのソファーセットとか代理石っぽい天板のローテーブルとか、シャンデリアっぽい照明とか、飾り彫刻のある食器棚とか、ナニゴトデスカ? なんか大きい壺とかも隅っこにあるんですけど? 

 

 この部屋、めっちゃセレブっぽい気がする。


「応接間の向かいのドアは来客用御手洗い。空き部屋二つ挟んで次の部屋はリビングダイニングキッチン。ダイニングテーブルは4人掛けだけど、側面を上げれば八人掛けまで拡張出来るやつにしておいた。キッチン家電はとりあえず炊飯器とオーブントースターとオーブンレンジとミキサーとブレンダーと湯沸かしポットと圧力調理鍋と生ゴミ乾燥器を用意しておいた。コンロと食洗機はビルドインで簡単には変更出来ないから注意して。キッチン裏手のパントリーにサブ冷蔵庫もあるから、要冷蔵品の預かり品とかに使って。」


 家具家電が揃い過ぎてるんですけどー!?

 てか、パントリーってナニ?


「空調は御手洗いと浴室以外は床暖房と天井冷房付いてるから自由に設定して。」


 床暖房は知ってるけど、天井冷房は初耳。


「後は、奥の扉から廊下に出て直ぐの扉が脱衣所と浴室。脱衣所に洗濯乾燥機で浴室も乾燥機付きだから雨天の洗濯物も乾かせる。次の扉が御手洗いで、廊下の飾り棚の下がロボット掃除機のドックになってるから、夜間は部屋の扉を開けておくと掃除してくれる。廊下の最奥、行き止まりが寝室。寝室は空気清浄機と除湿加湿器とアロマディフューザーもあるから使って。寝室奥のクローゼットはそれなりに広いから衣類とかが全部収まると思う。」

「部屋数多いですよね。何LDKですか?」

「6LDKかな?」


 って、一人暮らしに6LDKって広過ぎ!

 しかも家具家電がこんなに揃ってるとかナニ?


 エアコンとコンロくらいは前職の社宅でも最初からあったけど、床暖房とか空気清浄機とか洗濯乾燥機とか食洗機とかとかオーブンレンジとかロボット掃除機とか、とにかく一人暮らしには過剰なくらい揃えられている。


「ここの御家賃はいかほどなんでしょうか?」

「家賃とか取る気無いから安心して。他にも光熱費通信費ガス料金と水道料金までは持つよ。」


 え? 嘘でしょ。


「冗談ですよね。」

「家具家電は用意するって言ったからね。住み込みで働いて貰うから、一応はここが職場になるのに家賃とか社員から取るのは、おかしくないか?」


 ホワイト過ぎー!!


 こんなのありえない。普通ありえない。 

 航は驚き過ぎて声も出なかった。

 

 住み込みだって管理費とかの名目で普通に家賃取るでしょ。前の長屋みたいなボロ社宅だってそれなりに家賃払ってたのに。こんな綺麗で家具家電豊富に揃えられていて家賃もろもろが会社持ちって、絶対おかしいでしょう。


「明日は仕事着を作るから、午前10時に七階まで降りて来て。」

「仕事着って一応はスーツありますけど?」

「オーダーで作るから。」

「え? オーダースーツって高くないですか?」

「支給するって話しを電話でしたよね。だから三浦さんは支払い必要ないよ?」


 嘘でしょ?! え? え?


「マジで?」

「それなりの所にも行ってもらうからね。体に合ったスーツが必要だから。仕事着なら会社が支給するのは当たり前だと思うけど?」


 めっちゃホワイト企業だー!!


 就職したのすっごい幸運かも知れない。


 翌日、仕事着を作るのにフリースペースで採寸された。来月までにスーツを三着作って貰えるらしい。機能重視だとかで裏地は耐刃素材。警備部隊御用達の業者さんだった。支給されるのはスーツだけだと思っていたのに、普段着も念の為耐刃加工品を数着。靴は見た目普通の革靴なのに安全靴仕様。翌週に渡されたタブレットとスマホと仕事鞄は軽量なのに防弾仕様。おまけに少し重たい小銭入れと耐刃素材の買い物袋。買い物袋の底面近くにあるチャック付きのポケットに小銭入れを収納して振り回せば簡易武器になるから良いぞ、と黒井さんに言われた。万が一の備えだから使わないで済むのが一番だし、普通にコンビニとかで買い物袋として使えるデザインだから普段使いして欲しい。とも言われる。


 何かと戦うの? そんなのが必要な程危ないの?


 他にも何故か可愛らしい観葉植物とか天然アロマ系芳香剤とか入浴剤とか高そうなお酒とかシルクパジャマとかも支給。リラクゼーションにどうぞって、おかしいでしょ。


 新しい就職先は、ブラックなんだかホワイトなんだか両極端過ぎてオカシイ。


 とりあえず、生活環境は激変した。

 

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