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八百万妖貸し屋 彌勒堂カルテット  作者: 樹結理(きゆり)
第一部 邂逅

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 フフッと笑いながら言った蒼司の言葉になにやら気持ち悪さを覚えた誠司は聞き返す。


「なんかあるのか?」

「うん、まあ……死ぬかもしれないから?」

「はっ⁉ な、なんだよそれ‼ どういう意味だ⁉」

「アハハ、気にしなくて大丈夫だよ」


 笑いながら手をヒラヒラとさせている蒼司だが、軽いノリで『死ぬかもしれない』などと言われて気にならないはずがない。誠司は蒼司に詰め寄るがのらりくらりと躱され、結局なんだったのかを教えてもらえない。誠司はあからさまに不機嫌な顔となり、眉間の皺がまた一段と深くなったのだった。


「ほらほら、いつまでも不貞腐れてないで朝ごはんにしよう」


 蒼司は楽しそうににこにこしながら誠司の背を押し、キッチンへと促した。誠司は完全に不貞腐れたままだが、蒼司はそんなことはお構いなしにウキウキとしながらキッチンにて朝食の用意を始めてしまった。横ではひたすらヤイヤイと珠子ときなこが必死に蒼司を止めようとしている。誠司はそんなことよりもキッチン内でなにやらふわふわと浮かぶ光の珠が気になって仕方なかった。まるで様子を探るように近付いて来たり、それでいて誠司の視線がそちらを向くと、ふいっと離れて行ったり、と誠司の周りでふわふわと浮いていた。それがなんだか落ち着かずそわそわとするのだった。


 そんなときガシャーンッという音で誠司は我に返る。蒼司が皿を落とした音だった。


「あぁ!」


 蒼司は慌てふためき、落として割れた破片を拾おうとして、案の定手を切った。


「痛い……」

『あーあ、ソージはやっぱり料理しちゃ駄目!』


 珠子の言葉にきなこは頷き、蒼司はしょんぼり顔でぶつぶつなにやら言いながら、再び破片を拾おうとし、テーブルにぶつかったかと思うと、置いてあったコーヒーを盛大にぶちまけた。


「あぁ‼」


 そしてそれに気を取られている間にフライパンで焼いていた目玉焼きは見るも無残な真っ黒焦げ、さらにはトースターで焼いたはずのトーストまでもが真っ黒に。


「なんでそんなことになるんだ‼」


 誠司がキレた。大声で怒鳴り、しかし、若干涙目で「ごめんねぇ」とか情けない声で謝罪をしている蒼司の姿に、怒りを通り越し呆れてしまった。盛大に溜め息を吐いた誠司は頭をガシガシと掻き、溜め息交じりに言う。


「あんたはもうそこに座ってろ!」


 トーストと目玉焼きとコーヒーを用意しようとしただけで、皿は落とす、コーヒーはカップを落とし、コーヒーをぶちまける、目玉焼きは焦げ焦げに――と、酷い有様。一体どうやったらそんなことになるんだ、と誠司は溜め息を吐きながら、蒼司のぶちまけた諸々を淡々と片付けていく。口を尖らせ拗ねたような顔となる蒼司だが、渋々ながらも大人しくダイニングテーブルの椅子に腰を下ろし、誠司を見守った。

 誠司の手際の良さを見守っていると「おぉ」と感嘆の声を漏らす。蒼司がぶちまけた諸々を手際よく片付け、トーストを焼き、コーヒーはコーヒーメーカーで入れ直し、目玉焼きには冷蔵庫にあったベーコンを添えて、半熟のとろとろに仕上げ熱いままでテーブルに。


 ダイニングテーブルにはきなこと珠子の分も用意されていた。きなこと珠子は目を輝かせ涎を垂らしそうな勢いで、テーブルの上に並ぶ朝食を見詰めていた。そんな姿に蒼司は苦笑するが、誠司も共に席に着いたことを確認すると、誠司にお礼を言いつつ、皆で朝食を食べたのだった。


「おぉ! 凄い! 美味しい!」

『美味しいぃ』

『いつもソージが作るご飯て苦かったのにゃ……』


 蒼司は満面の笑み、珠子ときなこは泣いて喜んでいた。たかがトーストと目玉焼きでこれほど喜ぶとは今までどれだけ酷かったんだ、と誠司は先程の蒼司の有様を思い出し呆れるように溜め息を吐いた。


「はぁ、もういい、これからは俺が作るから」

『やったぁ!』


 珠子ときなこは泣いて喜び、蒼司はそんなふたりの様子に「そこまで喜ばなくても」と、今度は蒼司のほうが不貞腐れていた。そのとき店先から声が聞こえる。


「おーい、彌勒堂! 依頼だぞー」


「あの声は……」


 聞き覚えのある声に若干引き攣りながらも蒼司は席を立った。店先へと戻ると案の定そこには予想した通りの相手がいた。


「堀井さん……」


 眠そうな姿のままの堀井があくびをしながら立っていた。スーツに着替えてはいたが、あきらかに眠そうな顔にボサッとした髪。仮眠していたところを叩き起こされた、といった風貌だ。そのことに苦笑した蒼司は呆れるように堀井に声を掛ける。


「さっき終わったばかりじゃないですか、休ませてくださいよ」

「俺だって休みたかったっつうの!」


 そう叫ぶ堀井の背後から依頼主と思わしき女がおずおずと入ってくる。


「す、すみません……日を改めたほうがよろしいでしょうか……」


 あからさまにビクリとした堀井と蒼司はハッと居住まいを正し、にこりと取り繕った。誠司もあとから店先へとやって来たがそのふたりの様子に呆れ、珠子ときなこは笑っていた。トキはやれやれといった顔で蒼司の頭の上にふわりと乗る。


「ああ、失礼しました。いえいえ、とんでもございません。ぜひお話をお聞かせください」


 紳士的に微笑みを浮かべた蒼司は手を差し出し、たじろいだ女は蒼司の笑顔に頬を赤らめ小さく頷いた。

 胡散臭い笑顔だ、とばかりに堀井と誠司はげんなりと嫌そうな顔をし、お互いバチッと目が合った。なにやらもうすでにこの場に馴染んでいそうな誠司に、堀井はニヤッと笑い誠司は「チッ」と舌打ちをしながら横を向く。そんな誠司の態度に苛ついたのか、意味深な笑顔を向けた堀井はズカズカと土間を進み、誠司の目の前まで来ると肩にガシッと腕を回し耳元に口を寄せ呟いた。


「バディ誕生か? 初仕事だな」


 なんだか弟にちょっかいをかけたくなるような、そんな気分にさせる奴だな、と堀井はニヤニヤと揶揄うように耳元で囁いた。ビクッとした誠司は耳を押さえ、ガバッと堀井に勢い良く振り向き鋭い目で睨む。


「うるせぇ!」

「ハハ、仲良くやれよー」


 じゃれ合っている堀井と誠司に、なにをやっているのだ、といった目を向けていた蒼司は呆れつつも、依頼主に視線を戻しにこりと応接室へと促した。


「ようこそ、八百万妖貸し屋 彌勒堂へ」


 ――――ここは、あやかしたちが集う場所。

      今日もどこかであやかしたちの声が響く――――




 第一部 完

第一部完結。

こちらの作品は現在第二部を執筆中です。

投稿時期が未定のため、一度完結とさせていただきます。

第二部はのんびりお待ちいただけると幸いです。

長い作品にお付き合いいただきありがとうございました。

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