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御使さんは私の返事が相当、嬉しかったのだろう。赤い顔のまま、私にこんな話をしてきた。
「魔道に堕ちた男の傍に清らかな心の子どもがいることを知った上から命じられ、香さんを男から守るために私は来たのですが、この半年近くを香さんの傍で過ごす内に私は香さんのことが何よりも大切だと思うようになりました。上からは香さんを安全な人間の元に送り届けたら戻るようにと言われていたのですが、私は香さんと離れることが耐え難く、これからも香さんをずっとお守りしたいと考えるようになったのです」
「……」
赤い顔で話す御使さんの視線はさっきと変わらず、真っ直ぐ私を見つめたままだ。その力強い眼差しを見れば、御使さんが私のことを本当に気に入ってくれて、本気で私を守りたいと思って言ってくれていることが充分すぎるほどに伝わってきたから、御使さんの話が少々不可解でも、私はあまり気にならなかった。
「ですから私は上に希ったのです。これからも香さんの傍にずっといて香さんをお守りしたいと……。そして今後また香さんの保護者となった者が香さんに無体を強いるのであれば、そのときは何の憂いもない安全な私どもの地に香さんをお連れしても良いかと……。人間を好いたことがなかった私の願いに私の上の更に上にいる御方が興味を持ちましてね。香さんと面会した御方が香さんを大変気に入られ、香さんが私を希うならばと快諾をいただいたのです。勿論、私はそこに行っても行かなくともずっと香さんをお守りする所存ではございますが、もしも……もしも、そのときは私が香さんをお連れすることを希っていただけないでしょうか?」
相変わらず御使さんの話の所々はよくわからなかったし、やっぱり言葉の言い回しや物の例えが少々……いや、随分と大袈裟な気がしないでもなかったけれど、私はこんなに真剣な目で誰かに語りかけられたことは今までになかったし、傍にいたいと強く望まれたこともなかった。初めてのことに何だか物凄く気恥ずかしく感じて頬が熱くなったけれど、御使さんにそう言われたことが私は嬉しかった。だから、それが何を意味するかもわからずに私は……。
「私……今まで誰かに心から守りたいとか傍にいたいとか言われたことがないんです。父は……父だった人は守ってくれるとは言ってくれたけれど、それはいつもお金欲しさで私を本心から守りたいと思っての気持ちから出た言葉ではなかったですし……。だから御使さんにそう言ってもらえて、私はとても嬉しいです。ありがとうございます、御使さん」
私はお礼を言ってしまったのだ。それが了承したということになるとは気付かぬままに……。
先に引っ越していった香に一月遅れで引っ越しをすることが決まっていた二人は最後に神社でもう一度会う約束をしていた。
「え〜、こちらが縁結びと子授けで有名な古楽士神社で御座います。この古楽士神社は人と人との縁を結び、子宝に恵まれない夫婦に子を授けてくれる大変、有り難い神様で御座います。が、一方で風変わりな神隠しをする神様としても言い伝えられております。と、言いますのも、この神様。本当に子どもを好いている神様でして……」
紺の布地に大きな向日葵が描かれた浴衣を着てきた馨は、ツアーガイドに神社の案内をされながら神社に入っていく参拝客たちを横目で見ながら歩いていく。
「親が子どもに無体を強いたり、ないがしろにするのを見つけましたならば、子を親から隠し、親を験しの池に引き込み、親を験すので御座います。子を隠された親が己の非を認め、心から子に詫び、悔い改めるならば、親は子を取り戻せますが、親が非を認めず、悔い改めなかった場合は天罰が当たったり、子と引き離され二度と会えなくされてしまったり、より酷い親になりますと験しの池から出られなくなってしまう……などという恐ろしい言い伝えがあるので御座います……」
馨は待ち合わせ場所にいる薫を見つけると、声をかけようとして近づいたが、いつもとは違う様子の薫に気が付いて目を丸くさせた。
「まぁ!薫くん、どうしたの、その顔?隈が酷いことになっているわよ」
白のTシャツに黒のジレを引っ掛け、ジーンズを履いてきた薫はコメカミを揉みながら言った。
「あ〜、これ?夢見が悪くて夜中に起きちゃってね。それから寝られなかったんだよ」
「へぇ〜、それは、ついてなかったね。そう言えば私も昨夜は怖い夢を見てたらしくて、夜中に魘されていたわよとママが言ってたけど、毎日、熱帯夜で寝苦しくて、そんな夢を見ちゃったのかしらね。私はどんな夢を見たかを自分では覚えてないんだけど、薫くんはどんな夢か覚えているの?」
「ああ、それがヘンテコリンな夢でさ。大人になった香が天馬になった御使の背に乗って虹の向こうに飛んで行ってしまう夢でね。虹の向こうになんて行ってしまったら二度と会えなくなるからと、ボクと馨は必死になって香に天馬から逃げるように言うのだけど、そういう約束をしたからと言って香が御使の元に行ってしまうんだ。大人になった香は健康そうで更に可愛く素敵になっていたし、振り袖姿もよく似合っていたから、それを見られたのは凄く嬉しいのだけど、まるで無理やり嫌な相手と結婚させられそうになっているお姫様を助けに来た王子様みたいなドヤ顔を向けてくる御使が無性に腹立たしくてさ。あ〜、あいつ、馬のくせにムカつく〜!」
「アハハ……!本当に薫くんは、お父さん属性が強いよね〜!ほらっ、いつまでもしかめっ面をしていないで。ただの夢の話でしょう?折角神社に来たんだし、お参りをしようよ!それにしても相変わらず、ここの神社は長い休みになる度に人がいっぱい来るよね。流石、縁結びのパワースポットと名高い神社なだけあるね」
夏祭りに入ったということで古楽士神社には、いつも以上に多くの参拝客が訪れていた。二人の待ち合わせ場所の近くでは大型観光バスが停車し、中から出てきた観光客達が、外のうだるような暑さにウンザリとした様子で携帯用のミニ扇風機や昔ながらの扇子を取り出しながらバスガイドに引率されて神社に入っていくのが見えた。
「……大変恐ろしい言い伝えでは御座いますが、皆様どうぞご安心下さいませ。験しの池があったと言われている土地は実際は何百年も前から池などはなく、何より、この辺り近辺で子どもが神隠しにあったり、親が池に引き込まれた……などという事件は昔も今も、ただの一つも起きてはいないので御座います。では、何故このような謂れが神社に残されているかと言いますと、それにはいくつかの諸説があるので御座いますが、一説によると神社で祀られている神様は実は大昔に台風により流されてやってきた外国人の楽士だったという話があるので御座います……」
バスガイドの話を聞いている観光客たちは、外国人の楽士が子どもでも攫っていたのだろうかと顔を引き攣らせ、怯えた表情となった。そんな観光客たちにバスガイドが案内を続けるのを二人は黙ったまま眺めた。
「この地に流れてやってきて小さな社に身を寄せていた言葉が通じぬ楽士が、暴力を振るう親たちから逃げようとしている村の子どもたちを見かけ、助けようと古楽器を奏で子どもたちを社に誘導し、親から無事に子どもたちを助け出したものの、それが子どもの親たちにバレて楽士は殺されてしまったのだそうで御座います。その際、殺された楽士の体は社の傍にあった湧き水池に落ちたそうなのですが、その数日後に池が干上がったことで村人たちは楽士が悪霊化したと思い、悪霊が村を祟らないようにと子どもを虐めた親たちを罰し、小さな社を大きな社に建て直し、楽士を子どもを守る神として祀ることにしたのが古楽士神社の発祥だと言われ……、また彼が奏でる音楽に合わせて踊った男女が何人も夫婦となったとの話から古楽士神社は縁結びの神社としても有名になり、そんなわけで古楽士神社には良縁を望む多くの人々が参られるようになったので御座います……」
バスガイドの説明を興味深そうに聞きながら歩く観光客の集団が通り過ぎていくのを眺めながら薫が口を開いた。
「あれ?古楽士神社の謂れって、あんなのだったっけ?ボクらが小学校のときの社会科見学で神社の説明をしてくれた白髪のお爺さんは、子隠し神社という名前では参拝客が集まらなくて神社が儲からないからと、江戸時代の宮司が神社の名前を適当な別の漢字に変更したと教えてくれていたように思うんだけど……」
「あら?私は白髭のお爺さんに神様は沢山の子どもたちが笑っているのを見るのが好きだから縁結びをしてるんだと教えてもらったように記憶していたのだけど、私の記憶違いだったかしら?」
「……まぁ、そんなこと、どうでもいいか。それよりも馨。あの大人数では直ぐにお参りも出来なさそうだし、先に飲み物でも買いに行かないか?」
バスガイドの話はまだ続いていたが、この町で生まれ育った薫にとって神社は目新しくもなく、特に興味が引かれるものでもなかった。だから薫はバスガイドの話を聞き流しながら白のTシャツの首元を指で摘まみ、何度かパタパタと引っ張って中に風を送り込みながら、馨にそんな提案をした。
「賛成〜。私も喉がカラカラだわ。引っ越しの荷物を詰めている時にママが若い頃に着ていた浴衣を見つけたから着てみたのだけど、浴衣って見た目は涼しそうなのに着ると凄く暑くて歩きにくいのよ」
馨もまた薫と同じ地元民だからか、既に知っている地元の神社の謂れには少しも興味がないようで、薫の提案に快く賛同した。
「そんなに暑いなら着替えてくるか?どうせ迎えの車を待たせているんだろ?」
「まぁね。それは薫くんも同じでしょう?ここに来る時に薫くん家の車が神社の駐車場に停まっているのが見えたわよ。運転手さんが女性に変わっていて、一瞬だけ薫くんの家の車とは違うのかなと思っちゃったけど、あの黒い車は薫くん家のものだった」
「ああ、彼女はボクがお世話になる引越し先の親戚の秘書をしている人なんだ。ボクの引っ越しを手伝いに来てくれているのだけど、今日は運転手もかって出てくれたんだ。丁度良い。彼女は見た目だけではなく、中身もとても素敵な人だし、馨にも紹介するよ」
「あら?薫くんが素敵だなんて女性を褒めるのは香以外は初めてね……。薫くん、年上のお姉さんがタイプだもんね。どんな人なのか楽しみだわ。そうだ、それなら私も薫くんに紹介したい人がいるの。今日、私をここに連れてきてくれた人がね、祖母の親戚筋の息子さんなのよ。今まで一度も会ったことはなかったのだけど、私の引っ越しの手伝いをしにきてくれたの。普段は寡黙な人なのだけど、話してみると案外面白いし、優しい人でね。とても良い人なのよ」
「へぇ〜、寡黙な男ねぇ……。それって馨の好みドンピシャじゃないか?なぁ、馨。例え親戚だろうと今まで一度も会ったことが無い男を簡単に信用するなよ?これからは密室で二人きりになる状態とか絶対に避けろよ。それとそいつの前で薄着で出るな。いいか、馨。昔から男は狼と言っ……」
「もうっ!薫くんったら!ホンットにお父さんし過ぎなんだから!会えば良い人だってわかるから、ほらっ、もう行くよ!」
馨はまだグダグダと言っている薫の背中を押して、神社の駐車場に向かっていった。小さくなっていく二人の姿に観光客たちは誰も気を止めることはなく、案内を続けるバスガイドに連れられて神社に向かって歩き続けた。
「……古楽士神社の神様は縁結びをなさいますが、その縁が人同士を結ぶ……だけとは限らないとも言い伝えられているので御座います。現し世での人との縁が薄い子どもは神魔を引き寄せやすく、特に綺麗な心の子どもですと神の御使に見初められやすいとも古くから言われており、この古楽士神社の神様は御使が見初めた子どもを直接験し、自分が子どもを気に入り、両者がそれを希った場合、人の子と御使との縁を結ばせ、子が成人した暁には神々の世界に御使の番として子を招き入れてしまうことが稀にある……との言い伝えもあるので御座います……」
え?と驚きの声を上げる観光客たちに、バスガイドはにこやかに微笑んだ。
「ですが皆様、何も心配する必要はございません。古楽士神社の神様は本当に子を好いている神様ですので、仲の良い親子を引き離したり、子どもを現し世から無理やり連れ去るようなことはけしてしないとも言い伝えられております。ですので大人の皆々様。どうか子どもたちが神魔を引き寄せることがないよう、生まれや見た目などで子たちを区別することなく、どの子も皆等しく沢山の愛情で包み、神魔から覆い隠してくださいませ。そしてどうか子どもたちが御使を希うことのないよう……、全ての子どもが現し世でも幸せに生きられるように大切に慈しみ、見守ってあげてくださいませ……」
《完》
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。




