52話 発見
突然の出来事に困惑しているサラリーマンに俺は柔らかい口調で声をかける。もちろん日本語だ。
「こんにちは、少しよろしいでしょうか」
「貴方は?」
俺は簡潔に自己紹介をした後に、今彼に起きている状況を説明した。もちろん最初は信じてもらえなかった。これから会社に向かわなきゃいけないと彼は話す。
駅の場所を聞かれたのには少し困った。仕方なく、俺は遠方に魔法を撃ってみせた。ここが地球ならこんなことできますか? と言うと彼はようやく現実を呑み込んだ。
彼の名前は伊藤雄太、二十六歳。超大手メーカーに勤める会社員だ。ぶっちゃけ会社名を聞いたときは驚いた。超エリートなのだ。
「召喚されたとして、誰がなんの目的で行ったのでしょうか」
「それが、俺たちにもわかっていないんです。他にも強制転移させられた日本の子がいて、今保護しています」
伊藤さんも同行してくれないかと願うと、素直に従ってくれる。状況をちゃんと理解してくれているのは助かるな。動揺はしているのだろうが、冷静な判断をできる大人で良かった。
宿に彼を連れていき、同じ日本人の被害者だと由里に説明した。
「すまないが由里、一緒に来てくれないか」
「もちろんです。犯人を捜すんですね」
「ああ、今が一番のチャンスなんだ」
予知夢の男と由里を連れて俺は奴隷商館に行く。伊藤さんの世話はアリナに頼んだ。
商館には俺と予知夢の男の二人だけで入る。由里と彼女を売った男が一緒にいたら怪しまれる。
店主のセバールは男の顔を見るなり表情を綻ばせた。
「いらっしゃいませ。本日も商品をお売りに……というわけではなさそうですね」
俺の姿を見て、セバールは少々険しい顔をした。あまり好かれていないらしいな。
ともあれ、男が灰色ローブの男について訊く。
「なあ、いつも俺のを買ってくれる人はまだ来てないのかい?」
俺が訊くより、顔なじみの彼の方がいい。そう判断して、事前に頼んでおいたのだ。
セバールは客の情報開示について少し迷ったが、今回は口を開いた。
「来ておりませんね。何故です?」
「や、なんでもねえ」
訝しげな表情を浮かべるセバールに背を向けて俺たちは店を出る。
「俺の仕事はここまででいいかい? 正直、争いごとには巻き込まれたくないってか」
「ああ、あんたの働きには感謝している」
俺は謝礼金を渡す。多めに渡しておいた。その代わり、また予知夢を見た際は、すぐに俺に教えてくれるよう頼んだ。
彼は予想以上の金額に飛び上がって喜び、スキップしながら去って行った。あの様子なら裏切ることはないだろう。
もっとも、これ以上あいつが予知夢を見ないような未来を作るべきだが。
……店の前で待機していたら怪しまれるな。
「由里、少し上に移動していいかな」
「屋根上ですか? でもどうやって」
「こうだな」
俺は彼女の手を握り、転移魔法を使う。
転移魔法10では、自分が触れた相手も一緒に瞬間移動できる。ただし、一人の時よりも移動できる距離はだいぶ短くなる。
ちなみに、自分以外の物を転移させるスキルもフリースキルには存在する。
いずれ覚えてもいいかもな。
「す、すごーい……。これ魔法ですよねっ」
「最近覚えたんだ。結構役立つんだよ。それはそうと、もし犯人が来たら頼む」
「はい」
犯人捜しは由里の記憶だけが頼りだ。灰色ローブを来ていた三十前後の男。そいつが召喚者の可能性が高いけど、今日も同じローブを着ているとは限らない。
商館に入る客を一人一人チェックする。
利用者は、やはり財力のありそうな男が多い。四十、五十歳くらいが一番かな。奴隷を買っていく客はほとんどいない。
高価な買い物だから慎重なのだろう。さらに待つこと数時間。
「――ユウトさん、あの人!」
二人組の男性だ。一人は筋骨隆々で首筋にタトューらしき紋様が入っている。体格は日本人離れしているが顔は日本人っぽい。
そして別の一人。こいつが灰色ローブを着ていた。
「あれが、以前由里を買いに来た男か?」
「背格好は似ています。顔は、もう少し近くに寄らないと」
「なら、見てみよう」
由里の手を握って俺は彼らの前に転移する。
「ッ!?」
灰色ローブの男が目を見開く。フードを被ってはいるが真正面からなので顔は確認できる。由里はこの男を確認して、興奮気味に言う。
「この人です、間違いありません」
「突然ですが、奴隷商館にはなんの用で来ましたか?」
「ぶしつけになんだね」
男は不機嫌そうな顔を隠すこともない。痩せ型で目が細く、唇が薄い。顔色も悪いためか、温情があまりない印象を相手に与える男だ。
まずは失礼すぎない態度を取っておこう。
「突然失礼しました。ユウトと申します。いくつか質問したいことがあります。まず、御名前をお伺いしても?」
「……ファスターだ。こちらも一つ訊きたいのだがね。先ほど、目の前に突然現れたのはどうやった?」
「転移魔法です」
「転移魔法だと……。それを使える者を初めて見た……」
ファスターは驚愕と同時に興味深そうに俺を観察してくる。こちらもいくつか質問をする。
まずは由里に見覚えはないか。次に奴隷商館には異世界人を買いにきたのか。
由里に見覚えはないと話し、異世界人のことも誤魔化された。
「それなら、そちらの黒髪の男性と話させてください」
「無理なのだよ。この男は私の奴隷で、許可なしでは一言も話さない」
「だったら許可を出してください」
「断る。私にとってメリットがない」
俺は由里に耳打ちで、ここからは危険になるから宿に帰っているように伝えた。彼女の背中を見送っているとファスターが睥睨してくる。
「強硬手段にでも出るつもりかね?」
「そうしないと真実にたどり着けないなら。俺は、あなたが異世界人召喚していると考えています」
「やれやれ。私には、禁忌を犯すような力などないというのに」
首を横に振りつつ、一歩下がるファスター。入れ替わるように一歩出てくる護衛の男。
姿を隠される前に、俺はファスターに手を伸ばした。
「私に触るな!」
「もう遅いよ」
肩に手をかけ、屋根の上に転移する。胸ぐらを掴んで押し倒し、屋根の端っこから頭をはみ出させる形を取る。いつでもここから落とせるような形だ。
強引ではあるが、状況からしてこいつが異世界召喚に絡んでいるのは間違いないからな。
「落下したら運が良くても大怪我、最悪死ぬ。正直に答えた方がいいぞ」
「小癪な……」
「召喚するのはなにが目的だ? なぜ男ばかりを買っていくんだ」
「……よかろう。では教えてあげようではないか。スタップ、私を助けろ!」
ダン、と地面を強く音が聞こえたかと思うと、俺の視界にファスターの奴隷が入ってきた。跳躍力もさることながら、筋肉のつきかたが先ほどまでと違う。明らかに肉体が大きくなっていた。
屋根上に着地したスタップは、その太い腕を薙ぐように振るう。拳にはナックルダスターのような物が装着されている。俺は後退してそれを躱す。
「うぬっ、スタップゥウウ!」
スタップは屋根から落下したファスターを空中でキャッチすると、豪快に着地を決める。
「ここはまずい。外まで走れ」
スタップはファスターを抱きかかえたまま、俺の方は見向きもせずに門の方へと疾走する。おそらく、衛兵が寄ってくるのを嫌がったのだ。召喚以外にも罪を犯していそうだしな。
あの行動は、俺としても助かる。町中では全力で暴れられない。
俺はつかず離れずの距離を保ちながらファスターを追跡する。




