50話 念力のオリーヌ
動きの遅くなったスタミアボアに対してオリーヌは余裕たっぷりの動きで近づいていく。
大剣を振り上げ、一体に向けて素早く振り下ろす。
ここで、もう一体のボアが立っていられず体を寝かせたのだ。見えない圧力が高まった? どうも上から圧力がかかっているようだ。
重力を操る? でもそれなら、彼女が近づいたときに自分も影響をうけないんだろうか。
オリーヌは残る一体も始末する。強力すぎるな。あのボアが全然動けなかったぞ。
「あたしは子供の頃から普通じゃなくて、念力ってのが使えるのよ」
「念力か……」
「大剣との相性もまあまあ良いのよ」
謙遜しているが、本当は相性抜群だろうな。念力で動きを止めて、一撃で仕留める。
この人と戦ったら、俺は勝てるんだろうか。
まるで心を読んだみたいにオリーヌは微笑む。
「戦いたい?」
「え、急になんで」
「そういう顔してるし。あたしは、軽くならいいけど」
「……お願いするよ」
自分の実力を試したい一心で俺は剣を抜く。呼吸を整えてから攻めかかる。まずは剣戟だ。
やはり剣そのものの重量が異なることもあって一撃が重い。じゃあ速度で勝てるかっていうと、そうでもない。
大剣を短剣みたいな速さで振ってくるのには驚かされる。
一度距離を取って魔法攻撃。まずは火壁を俺と彼女の間に出現させて視界を遮る。その上で、俺は石を拾ってそれを投擲した。
それを弾く音がしたかと思うと、かべを回り込むように走ってくるオリーヌの姿。ギリギリを狙って落とし穴を作る。が、ひっかかってくれない。
軽くジャンプして、そのまま大剣を振り下ろしてきた。これは受けたらまずい。重さでやられる。
バックステップで避ける。するとオリーヌが左手を伸ばし――俺の体に見えなない力が働いて後方に吹っ飛ばされた。
巨人にでも体を押されたみたいな力だ。こりゃ抵抗が難しい。
ゴロンと転がってから体勢を整える。突進してくるオリーヌに、少々の恐怖を覚える。……怖い。強いじゃなく、怖いと感じるのは初めてかも。
風魔法で強風を発生させる。さすがに少し動きが鈍ったが、オリーヌはまた左手を伸ばす。
やばい。そう感じた瞬間、俺の全身に上から力が加わる。
「ぐう……」
重ぃ……。そして突っ込んでくるオリーヌ。この状態で彼女の攻撃を防ぐのは難しい。
苦肉の策で俺は爆炎矢を近くの地面に撃つ。
「正気なの!?」
一応、正気だ。狙いは爆風。これで俺の体が転がされる。狙い通り、念力の呪縛からは逃れられた。
とはいえ、問題が解決したわけじゃない。
彼女は念力を使う際、左手を伸ばす必要があるんだろう。その瞬間、避けるか。もしくは、落雷で気をそらし、一気に勝負に出るか。
「……やめましょう」
「え、なぜ?」
「これ以上やると、どっちが勝つにしても両方が怪我をするわ。それも軽くないやつ」
「あぁ……それもそうか……」
彼女は遠征から帰ったばかり。俺は明後日には遠征にいくかもしれない。無駄な怪我をすることほど、馬鹿馬鹿しいことはない。
彼女は引き分けだと手を叩いたが、そうは思わない。
「真剣勝負なら俺の負けだな」
「そんなことないわ。ユウトが全力できていたら、あたしも勝てるか怪しいものよ」
優しいなこの人。俺のプライドを折らないために、優しい言葉を選んでいる。結構ショックなもんだな。
俺はもちろん剣を収める。彼女はギルドに行く前に村に寄るというので付き合う。麦穂などを運ぶのを手伝っていたので、俺もそうする。村人はみんなオリーヌを慕っていた。日頃からこういう奉仕をしているのだろう。
人としてもデキているな。俺が二十歳の時なんて、自分のことしか考えられなかったのに。
夕方にギルドにいくと、入った瞬間に野太い声があちこちから上がる。
「オリーヌゥゥ! 待ってましたーー!」
「依頼達成おめでとさん!」
「……まだ成功したと言ってないじゃないの。まぁ成功したけど」
いつもこんなのかと尋ねると、オリーヌは疲れた様子で頷いた。大変だな。
マスターは報告を受けた後、クラーケンの遠征の話を持ちかける。俺の時より、ずっと熱心な様子だ。オリーヌがいってくれないとギルドの面目が立たないって感じだった。
「もう少しゆっくりしたかったけど、仕方ないわね。ただし条件があるわ。依頼が終わった後、あたしはトラジストに立ち寄ってから帰る。いい?」
「構わんが、ベルゼガス調査はほどほどにな」
「ベルゼガスって、悪魔八獄の?」
聞き逃せない名前に俺が反応する。オリーヌは首肯して、ベルゼガスを追っていると話してくれた。
実の母親がその悪魔によって殺されたらしい。しかも、ただの死に方ではないようで……。そこには言及しなかったが惨い目に合わされたのだろう。
オリーヌは、遠征中にテッドが取り憑かれた話を聞くと怒りを露わにする。
「ふざけんじゃないわよ、あいつ! 死んでも許さないんだから……。あたしの調査だと、トラジストにいるのは間違いないのよ」
「間違いないと思う。俺はそいつの眷属をやった時に聞いたよ」
「やっぱり、そうなのね」
「あと、言ってなかったけど雨女っていう眷属も倒している」
ギルド内がどよめく。雨女は有名だったので当然の反応かもしれない。でも悪魔の眷属だと想像していた人は少ないのだろう。オリーヌは港町にいく覚悟を決めたようだ。
俺はすぐにソフィアに相談しに行く。幸い自宅に帰っていたので、どうするか訊くと行く気満々だ。足手纏いじゃないなら、ついて行きたいと言う。足手纏いなんてとんでもない。
立派な戦力として期待している。その後、マスターに参加の意思を伝えてから宿に帰ると、オリーヌはギンローにメロメロになっていた。
体に抱きついて頬ずりしている。
「可愛い~。あたし、犬が好きなのよねぇ」
『ギンロー、イヌジャナイ』
「狼の魔物だっけ。なんでもいいわ、可愛いから」
『ギンローハ、ギンローハ…………ウンコ!』
ウンコに改名したわけじゃなく、トイレに行きたくなっただけのようだ。ダッシュで外に出て行くギンロー。ちなみにギンロー専用のトイレを宿裏に設けてもらっている。
にへら顔からいつもの美人顔に戻ったオリーヌが、意味ありげに言う。
「ギンローってさ、ただの従魔じゃないわよね? マーから始まる伝説の魔物だったりしない?」
「なぜ、わかります?」
「生後数カ月であれは賢すぎるかなって。それにこの辺に狼の魔物って少ないし」
隠してもしょうがないし森にいたことを話す。なぜいたのかはオリーヌでも見当がつかないとのこと。
まぁ今更理由はどうでもいい。ギンローとは縁があったってことで。それよりも訊きたいのはクラーケンのことだ。
俺の能力で足を引っ張らないか遠慮せずに教えてほしいと伝える。
「ユウトは強い。Cランクが不思議なくらいね。足手纏いにはならないわ。でもクラーケンは一撃が即死級。冷静な判断と集中力、そして俊敏性が大事ね」
少し安心した。身軽なソフィアやギンローとも相性は悪くなさそうだ。ただ、俺はスキル強化しておいた方がいいかもな。
食後、俺は部屋に入ってフリースキルのステータスを開いた。




