どれだけ手を汚そうときみだけを愛する、離さない、逃がさない、取り戻す
ひとりの魔法使いが、燃え盛る業火の中で灰を地面に撒いて魔法陣を描いていた。
青白い不健康そうな顔色をした美しい男だった。
手入れを十分にされてないと一目でわかる癖のある黒髪が顔にかかるのをうっとおしそうに払う。媒介である魔術書を右手に、掠れた声で呪文を唱える。
どこからともなく左手で撒く灰は、少し桃色がかっている。
魔法使いに支給される黒のローブにつけられた装飾ががちゃがちゃと音を立てる。
熱風の熱さで額に前髪が貼りつく。闇よりも深い絶望の黒と形容される完璧な黒い瞳に前髪がかからないように、前髪を左右に流す。
そうして男は、灰で魔法陣を描きあげた。
「さあ、リサ。還っておいで。ぼくをひとりにするなんて最低だ―――」
リサという名の男が愛する女が死んでから13回の月の満ち欠けを繰り返した。
世界を担うという13の偉大な妖精を屠った。
13億人の罪なき命を奪い、13人の王族を殺し、彼らを焼いた遺骨の灰を使った。
死者を蘇らせる禁忌の魔法を使うことなど、稀代の天才魔法使いという男にとっては造作もないこと。
どんな命よりも、美しいものよりも、なによりリサが男にとっては至上であった。
かつて男の手中にあったものを返してもらうだけのこと。
男は年齢に見合わない無邪気な笑顔で――それでいて、狂った笑みを浮かべた。
「ぼくが呼んでるんだ。還っておいで、リサ」
片手に携えた魔術書が勢いよく開き、強風に煽られたかのようにページがつぎつぎと自動的に捲られていく。
煙で痛めた喉のせいで上手く声が出ないのも気にすることなく、男は喉から出血しようとも呪文を唱えるのをやめない。
黒を帯びた魔力が魔法陣に流れ込む。
「―――リサがぼくの隣で生きてくれるなら、ぼくはそうなんでもする!だから、ほら、ぐずぐずするな!!」
血走った目をカッと見開き、叫んだ。
タールのように魔力で黒く染まりきった灰が、魔法陣を中心とした爆風で夜空に舞いあがった。
周囲を――大国を三か国ほど――燃やしていた炎が一気に弾け飛ぶ。
火の粉が男を目がけて降り注ぐ。が、男の髪一本燃やすことなく、赤が白に変わる。
鎮静の雨ではなく、雪となる。灰によく似たざらざらとした雪。
死ねば大気に溶けて、水となる。
「なんだリサ。きみは、雪になってたのか―――」
男は上を見上げてぽつりと呟く。
そうして次に足元を見下ろせば、男が愛した女が全裸で横たわっていた。
「おかえり、リサ」
男は甘い声で囁いた。そうして、冒頭に戻る。