その14-1 アルマという『悪人』は
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人間族と魔族が大いに争った二十年前の『大戦争』。
それよりも昔。
ずっと、昔。
大昔。
人間族と魔族は、一つの種族だったという。
その種族は『道具』と『魔法』を組み合わせた『魔法道具』というものの扱いに長けていたらしい。
だが、その種族はあるときに真っ二つに分かれる。
すなわち、『道具』は偉大だと断言する者と、『魔法』こそ至高であると確信する者。
両者が互いを認めることは無く、ほどなくして『道具』の文化と『魔法』の文化は完全に分断したのだ。
そして、『道具』を使う種族は人間族として、『魔法』を使う種族は魔族として、その後しばらくの間……数百年、数千年という単位で、それぞれが独立した文化を歩んで行った。
だが、五十年程前に、転機が訪れる。
昔のように一つの種族に戻りませんか? と、両者の代表が歩み寄ったのだ。
アルマが、人間族と魔族の間に生まれたのは、そんなときである。
両者の仲が良かった時代。
……否、それは仲が良かったというよりか……様子を伺っていた、と表現した方が正しいのかもしれない。
要するに、上辺だけ。
ただ、アルマの家族は、そんな上っ面だけの、それこそ政略婚のような、望まない関係ではなかった。
少なくともアルマはそう思っている。
鍛冶師の父とロリババアの母。
アルマから見て両親はとても仲が良かったし、アルマにも愛情をたくさん注いでくれた。
しかしそんな日々は、突然終わりを告げる。
それが、『大戦争』である。
結局、人間族も、魔族も、お互いを認められず、それぞれを、否定した。
そのときアルマは思った。
ならば、両親の関係は、否定されるものなのか?
それはアルマ自身の存在を否定するのと一緒じゃないか、と。
だから、アルマは当時の『群』に参加した。
戦争を終わらせたいとか、世界を救いたいとか、そんな安っぽい正義感などではなく、自分自身の存在を否定したくなかったから。
この『世界』に居場所が無くなることが、怖かったからである。
『群』が何故『魔法道具』を用いて『大戦争』を終わらせ、『世界』を無理やりリセット……すなわち、大昔と同じように人間族と魔族……『道具』と『魔法』の入り混じった『世界』を構築しようとしたのかは分からないし、アルマにとってはどうでも良い。
ただその目的がアルマの求めるものと一致していた、というだけである。
だから『群』が『政府』と組織名を改め、この『世界』のトップに立ったところで、アルマはそれを抜け出した。
とはいえ行くあてもなかったので、なし崩し的にアルマは『政府』の用意した『悪人』という立場に収まった。
『悪人』。
それは『政府』の作った新しい制度であり、『政府』は『悪人』をこの『世界』にばら撒いた。
『悪人』はその地域の治安を守る代わり、そこの住民から税を取る。
しかし中には性質の悪い『悪人』だって存在する。
自身の力に任せ、守るべきはずの住民に多大な負担をかけたり……。
しかしむしろ、それこそが『政府』の目論見なのではないかとアルマは考える。
そこに分かりやすい『悪』を用意することで、それぞれの地域……それぞれの小さな『世界』の不満をそこに向けさせている……とか。
だからこそ、敢えて『悪人』などという名称を付けたのではないか、と。
「んまぁ、この日記を読む限り、そんな感じでメリーゼは、性質の悪い『悪人』を放置する『政府』にイラついていたんだろうね」
「それは分かりましたが……アルマ様、早く降りて欲しいんですけど……」
アルマを背負いながら走る小悪魔は疲労した声音で訴えた。
「んでも、メリーゼの日記を読みながらフルクス助けに行くの無理でしょ。私が小悪魔に背負われつつ日記を読む。小悪魔が私を背負いつつフルクスを探す。これがベストかな……あ、そこの階段から上に行こう」
アルマは小悪魔の左肩から腕を伸ばしながら言う。
先ほどのメリーゼ……というか『破壊権化之剣使』の破壊魔法によってアルマの店は崩壊寸前だ。
フルクスが未だに姿を見せないところからして、瓦礫によって閉じ込められているか、はたまたどこかで気絶しているか……。
フルクスの場合、余程のことが無い限り前者だったらすぐにでも脱出してきそうなものだが……。
とにかく、まずはフルクスに貸していた二階の部屋に向かうべきだろう。
「なんだか私、最近いつも誰かを背負っているような気がします……。それは兎も角として、アルマ様」
小悪魔は瓦礫を避け階段を登りつつ話す。
「私はメリーゼ様にイラつきます。いくら気に入らないからって、お世話になっていたはずのフルクス様にも迷惑かけるなんて、あり得ないです。それに、『保守派』はそういう『悪人』に制裁を加えることもありますよ」
「んまぁ、それだってあくまでも受け身だよね。なぜなら『政府』は基本的に『傍観者』だから。だから、『政府』には『傍観派』が一番多いでしょ?」
三十六名で構成される『政府』。
そのうち『傍観派』は確か……三分の一を占める十二名ほどだったか。
「『政府』は『世界』をただ単に見守るだけの組織。そんなものを作るために、メリーゼの母親は『政府』を手伝ったわけじゃあない」
メリーゼの日記からは、そう読み取れた。
アルマと同じく、メリーゼの母親も、何かしら個人的な理由があって、『政府』……当時の『群』に参加していたのだろう。
「目的のために死んじゃったっていうのなら、まだ救いがあるかもだけど、そうじゃない、無駄死にみたいなものだったとしたら……」
アルマは、自身に照らし合わせて、考えてみる。
自身の存在が、結局認められないような『世界』になっていたのなら……。
「それは、黙っていられない、かもしれないね」
盤石になった『政府』の地面を叩き壊すのが、メリーゼの目的だったのだろう。
そのために、『政府』が動かざるを得ないような危険因子を滅茶苦茶に召喚した……といったところか。
「それでもメリーゼは、それなりに葛藤したんだろうね。だけれど、親しい人……フルクスが『傍観派』だから、相談もし辛かったんじゃないかな」
二十年。
動かない『政府』。
誰にも相談できない環境。
むしろ、二十年よく持ったというべきだろう。
「信頼できる人がいない、というのは、怖いことだよね」
アルマは加賀と黒瀬を頭に浮かべつつ言った。
彼は彼女を信頼している。
おそらく、彼女も彼を信頼しているのだろう。
そしてお互いを、認め合っている。
かつてアルマが『世界』に求めたものを、彼と彼女は、お互いに共有し合っている。
だからあの二人は、恐ろしく安定していて、とても強いのだろう。
「信頼……ですか。でも、フルクス様はメリーゼ様のことを、本当に大事に思っていますよ」
「メリーゼはそうじゃあなかった、というだけじゃないかな。んまぁ、この日記を読む限り、確かに親しくは思っていたし、尊敬とかもしていたのかもしれない。だけれど、それだけだよね。心から信頼はしていなかったんじゃないかな」
そしてそれは、メリーゼが悪い奴だから、というわけではない。
性根が腐っている、ということでもない。
ただ単純に、自分が最も親しいと思っている一番距離の近い人物ですら純粋に信用できないほどに、メリーゼの心がとても弱かった、というだけなのだ。
「……信頼と言えば、アルマ様。あの二人……加賀様と黒瀬様にメリーゼ様の相手を任せてしまって良かったんですか?」
「おや、小悪魔はあの二人の力を信頼していないのかな?」
「いえ……力は、信頼できます。少なくとも黒瀬様は……先ほど相手をしたときに、その力を十分に実感できました。私が言いたいのは、そういう意味での信頼ではなく……えぇとですね、加賀様と黒瀬様は、べつにメリーゼ様の相手をする必要がないわけでして……」
「あぁ、そういうことね」
別世界から来た加賀と黒瀬にしてみれば、この街が……この『世界』が『破壊権化之剣使』によって破壊されたって、そんなことは知ったこっちゃないのだ。
極端に言えば、もうこの時点で加賀と黒瀬は『破壊権化之剣使』をほったらかしにしてどこかへ逃亡しているかもしれない。
「いやいや小悪魔、それは大丈夫だよ」
「どうしてそんなハッキリ……?」
「加賀は馬鹿正直だからさ」
さらっとアルマは言った。
「良い言い方をすれば、真面目……かな」
そしてその上で、頭でっかちに色々考えすぎるタイプなのだろう。
確かに腕はある。
だが考えすぎる故に、その腕が鈍っている。
そんな印象だ。
頭で色々考える前に腕を動かせばもっとうまく立ち回れるのだろうが……。
いや、むしろそこを補っているのが、黒瀬なのか。
一人で完璧、なんてものは求める方がおかしいのかもしれない。
人間族と魔族は、もともと一つだった。
『道具』と『魔法』があっての『魔法道具』だ。
「……アルマ様……!」
と、そこで小悪魔が急に立ち止まった。
思わず前方に崩れそうになったが、寸前で堪えつつアルマは口を開ける。
「ちょ、ちょっと小悪魔、どうしたのかな」
「フルクス様が……!」
小悪魔の視線。
その先に、土埃と赤い液体に塗れたフルクスの身体が目に映った。




