その13-9 殺戮パーティータイム
一人の少女。
どこか虚ろな瞳で空を見上げる、彼女。
背丈は黒瀬よりも少し高いが、加賀よりは小さい。
クリクリとした赤茶色の癖毛。
それは、加賀の知っている人物だった。
「……メリーゼちゃん……か?」
その容姿は、間違いなくメリーゼだ。
しかし、『何か』が違う。
黒瀬も、アルマも、小悪魔も、加賀と同じ違和感を覚えたのか、彼女の姿をジッと見つめていた。
違和感。
何故ここにメリーゼが居るのか、アルマや小悪魔と彼女の関係……とか、そういう疑問を全て棚上げにしてしまうくらいの、気持ち悪さ。
「…………」
どろりとした黒々しいオーラが彼女を取り巻くように覆っているのが加賀の目に映る。
昨日見たとき、彼女の右手にあった杖の姿はどこにもなく、そこには、一つの長刀が握られていた。
黒々とした、長く歪に捻じ曲げられた武骨な剣。
それはどこか、黒瀬が持つブラックナイフのデザインと通じる印象を受けた。
ごくり、と加賀はツバを飲み込む。
今、迂闊に動いてはいけない気がした。
一体『何』を『どう』やったのかは分からないが、おそらく先ほどの爆発は、彼女の仕業だ。
彼女の、所業だ。
まずいのは、この場に加賀と黒瀬が存在するということ。
何故なら黒瀬は昨日、メリーゼを刺している。
つまりは彼女の恨みを買っている。
あからさまに、状況が悪い。
ならば少なくとも、ここで加賀と黒瀬が彼女の視界に入るのは避けるべきだろう。
幸いにも彼女はまるで放心したかのように空を見上げたまま微動だにしない。
加賀や黒瀬、そしてアルマや小悪魔を囲む瓦礫の山に紛れ、とりあえずはこの場から逃れるのが得策だろう。
と、加賀が提案しようとしたところで、
「おいコラてめぇ! ちょっとこっち降りてきやがれっす!」
黒瀬が声を張り上げた。
「は、ちょ、お前何やってんだよ!」
ペシッ、と反射的に加賀は黒瀬の頭を引っ叩いた。
黒瀬のおさげが弾む。
「痛っ! 何するんすか加賀先輩!」
頭を押さえて黒瀬は反論する。
「だってさっきの爆発絶対あいつっすよ! あいつのせいで加賀先輩が危ない目にあったんすよ! そりゃ怒るっすよ!」
「……うん、その気持ちはありがたいけどな」
ありがたいが――と、
加賀が再びメリーゼに視線を向けた、
そこで、
メリーゼと、
目があった。
「…………」
光のない、黒く、黒く、黒く、黒く、どこまでも黒い、メリーゼ……否、『彼女』の瞳。
まるで無機質な、彼女の表情。
彼女と視線が合ったのは一瞬だったが、加賀にはそれがとても、とてつもなく長い時間のように感じられた。
だから、彼女の表情がそこで変わったのも、おそらくは一瞬だったのだろう。
しかし加賀の目には、彼女の唇が綻び、白い歯が顔を覗かせ、その真っ黒な瞳が細く歪み、身体を纏うオーラが爆発的に大きく膨れ上がってその空間を歪めたその一連の動作が、ハッキリと焼き付いていた。
不気味な笑顔。
「くひ……くひひ」
その歪な笑みを浮かべたまま、彼女は片手で持った長剣を、下から薙ぎ払うように――振り切った!
瞬間、バツン、と鈍い衝撃音が走ったかと思うと、彼女が立っていた場所が、爆発した。
粉塵が巻き上がり、そして再び、加賀達に瓦礫が降り注ぐ!
「おいおいおい冗談じゃねえって……!」
「……! 『水鏡之朝星棒』!」
再び、小悪魔が空気の檻を展開した。
先ほどと同じように、瓦礫はその檻によってせき止められる。
しかし、先ほどと違ったのは、その瓦礫と同時に、メリーゼも落ちてきたということ!
「くっひひひひ」
メリーゼはその武骨な長剣で、空気の檻を斬りつける!
ガィン、と鉄同士がぶつかりあったような重たい金属音。
その衝撃は、周囲にあった瓦礫が一気に吹き飛ぶほどのものである。
そのとき、小悪魔が持っているモーニングスター……『水鏡之朝星棒』の先についた水晶が、砕け散った。
「……あ」
小悪魔の、青ざめた表情。
空気の檻。
その魔法を込めた水晶が壊れる。
それが意味するのは――魔法の消滅である。
空気の檻を打ち破ったメリーゼは、まっすぐに、小悪魔めがけ、その重々しい剣を、大きく振りかぶって――
「超ウルトラ殺人鬼アイアンキーック!」
どこからともなく飛んできた黒瀬がメリーゼの長剣を思いっきり蹴っ飛ばした。
砂埃を巻き上げ、メリーゼはその蹴られた長剣と共に瓦礫の山へ吹き飛ばされた。
「ふー、危なかったっすね小悪魔ちゃん!」
「あ、ありがとうございます黒瀬様……!」
「余裕っすよ。でも、いきなり刃物向けてくるなんてびっくりっすね! 常識がなってないっすよ! どういう感覚してるんすかね! マジで!」
ツッコミ待ちかな? と加賀は思ったが無視した。
黒瀬の場違いすぎるボケよりも、気になったのは『メリーゼが小悪魔を狙った』ということだ。
アルマや小悪魔とメリーゼの関係を、加賀は知らない。
しかし少なくとも、両者が敵対していないだろう、というのは加賀でも読み取れていた。
ならば何故メリーゼは小悪魔を斬りつけようとした?
メリーゼが敵意を向けるとすれば、加賀や黒瀬ではないのか?
「……あの剣……まさか」
そこで、アルマがぼそりと呟いた。
「アルマちゃん、何か知ってるのか?」
「……『破壊権化之剣使』」
アルマは思い出すように、そして考えるように指を口に当てながら言う。
「私が昔……異世界に飛ばすのを手伝った『魔法道具』の一つかな」
二十年前の『大戦争』。
当時、『政府』はこの『世界』に不要だと判断した『魔法道具』を『世界』から追放した。
その中の、一つ。
アルマは少しだけ視線を傾ける。
「あれは、壊すことに超特化した『魔法道具』かな」
「壊す……」
殺すのではなく、壊す。
「そう、壊す。だからね、逆に言えば、あの『魔法道具』、『破壊権化之剣使』は、『殺せない』んだよ。切り傷や、致命傷を負わせることは可能でも、それ以上は出来ない」
「……それが『代償』ってことか」
『魔法道具』を使う上での、『制約』みたいなもの。
「んまぁもちろん、壊した物で……さっきみたいに、壊した建物の瓦礫で押し潰したり……とか、それなら話は別だけどね」
相手を殺すためにはワンクッション必要ということなのだろう。
「そして『代償』はもう一つ」
アルマは砂埃が視界を覆う中で、メリーゼが蹴り飛ばされた方向を注意するようにしながら続ける。
「『破壊権化之剣使』は、持ち主の意識を乗っ取るんだよね」
「意識を……?」
「うん、実体こそ持たないけれど、『破壊権化之剣使』は意識を持った『魔法道具』なんだよね。自我を持った道具……つまり」
皮肉な笑みを浮かべて、アルマは加賀を見つめる。
「あれも生きた『魔法道具』なんだよね」
生きた、道具。
それは。
それはつまり。
黒瀬と、同じ、『魔法道具』。
「アルマ様……つまり、今のメリーゼ様は意識を乗っ取られていると……そういうことでしょうか」
「んまぁ、あの様子を見る限り、そういうことだろうね」
「でもおかしくないっすか?」
と、そこで黒瀬が不思議そうに首を傾げた。
「私がメリーゼちゃんに仕返しされるってのは納得できるっすけど、その『はんぐあっぷ……はんばーがー?』みたいなのが私とか、小悪魔ちゃんを襲うのは意味分かんねえっす」
「意味が分からないってことは無いかな。さっきも言ったでしょ? 『破壊権化之剣使』は壊すことに超特化した『魔法道具』。だから、目の前にあるものを壊そうとするのは、私たちが呼吸をするのと同じこと。そして……」
無表情に、無機質に、アルマは何かを言いかけて、しかし黒瀬から視線を逸らし、何も言わなかった。
おそらく彼女は、こう続けたかったのだろう。
黒瀬が人を殺すのと、同じこと。
黒瀬が人を殺すように、『破壊権化之剣使』は、物を壊すのだろう。
そう、言いたかったのだろう。
「とにかく」
と、アルマは再び口を開く。
「あぁなったメリーゼは早く止めなくちゃいけないかな。このままじゃ全部壊されちゃうよ。この街を守る『悪人』としても、どうにかしなくちゃいけない」
「どうにかって、どうするんすか?」
「んまぁ……最悪、殺すしか……ないかな」
「殺しちゃって良いんすか!?」
黒瀬は一瞬で満面の笑みになった。
なんかキラキラとしたエフェクトが見える気がする。
「……もちろん、メリーゼを助ける……正気に戻す方法があれば良いんだけれどね。だけれど、それを考えている余裕は……無いんじゃないかな?」
ゆらぁり。
砂埃の奥に見える、人影。
黒く、黒く、黒々しい笑みを浮かべる、メリーゼが映る。
先ほどの蹴りに全く動じていない様子の、彼女。
「もたもたしていると、私たち全員『壊され』ちゃうんじゃないかな」
確かに今のメリーゼは、手加減をして渡り合える相手かと言われれば、そうではないだろう。
加賀や黒瀬に言わせれば、殺すよりも殺さない方が難しい。
「ちょ、ちょっと待ってくださいアルマ様」
そこで小悪魔が口をはさむ。
「中に居るフルクス様も探し出さないと……」
「……あ、確かにそうかな。んまぁ、あいつが簡単に死ぬタマだとは思わないけど……」
「なら二手に分かれたらどうっすか? 私は加賀先輩とメリーゼちゃんの相手。アルマちゃんと小悪魔ちゃんはそのフルクスって人を助けに行く、みたいな」
「だけれど、あのメリーゼを君たち二人に任せるってのは……」
そう言うアルマに対し、加賀は一歩、前に出る。
「いや、アルマちゃん。黒瀬後輩の言った通りにしてくれよ。その方が、動きやすい」
加賀は、そしておそらく黒瀬も、この場にアルマや小悪魔は居ない方が良いと思っている。
なぜならそれは、気遣う必要が無いから。
加賀は黒瀬と、黒瀬は加賀と、思いっきり、思う存分に、何も気にせず、刀を、そしてナイフを振るえるから。
加賀と黒瀬。
二人が組めば敵はいない。
二人だからこその、無敵である。
「あ、そうだアルマちゃん」
そこで加賀は思い出したようにアルマへ一つの本を差し出した。
「うん? なにかな?」
「メリーゼちゃんの日記」
アルマは少しだけ驚いたように眉をあげ、メリーゼの日記を受け取った。
「その中に何かヒントがあるかもしれないから」
ひょっとすればそこに、メリーゼを殺さなくても済む方法があるかも、しれないから。
それが見つかれば、黒瀬はメリーゼを殺す必要がなくなるから……。
とか。
そんな淡い期待を込めて。
加賀は、仕込み傘に手をかける。
……あと、強いて言うならば。
「…………」
単純に、戦うときに邪魔だったからである。
そうして加賀は、刀を抜いた。
「殺戮パーティータイムの始まりだ」




