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その13-8 異世界

 アルマの店は、三階建ての煉瓦造りである。

 その二階から上半分が、大きく鈍い音を立てて吹っ飛んだ。

 爆発、だろうか。

 宙に舞う瓦礫!

 粉じんと共に舞い上がる大小の破片!

 それらが加賀とアルマに降り注ぐ!

「~~!」

 加賀は咄嗟に隣のアルマを荷物のように肩へ乗せ、その場から駆け出した。

 目に映る黒瀬と小悪魔。

 二人は揃って口をポカンとあけている。

「…………」

 間抜け面にもほどがあった。

 とりあえず、あそこまで走れば大きな瓦礫に押し潰されることは無いだろう、と加賀はとにかくそこを目指して駆け抜ける。

「わ、私のお店が……」

 そんな哀愁漂うアルマの声音を聞いた、その時。

 加賀の周りに、大きな影ができた。

 衝動的に振り向くと、案の定、加賀とアルマ目掛けて落ちてくる巨大な瓦礫が目に映った。

 これだけ大きいと、このまま走り続けても……避けられないだろうか。

 ならば方向を変えて……と思ったが、その大きな破片の他にも、崩れ落ちる瓦礫があまりにも多く、安全地帯をその一瞬では読み取れない。

 あぁ、これは、死んだなぁ、と加賀は直感した。

 せめてアルマだけは……とも思うが、だからどうすれば一番良いのか判断がつかない。

 というか、いきなり爆発って何が起こったのだろう。

 爆発オチか?

 そして潰されENDか?

 いや、それより。

 そんなことより。

 黒瀬は、大丈夫だろうか。

 あまりにも唐突な展開に合うと黒瀬は思考停止してしまう時がある。

 この『世界』に召喚された時もそうだった。

 黒瀬は子犬のように首を傾げて加賀を見つめていた。

 そんな黒瀬を思うと、心配で仕方がなくなる。

 加賀が付いていないといけないと思うし、付いていて欲しいと思う。

 いつも側に居てほしいし、居たいと思う。

 居場所。

 そう、居場所なのだ。

 最初から、この『世界』での目的とか、生き方とか、そんなものを探す必要は無かった。

 元の『世界』ですでに、そしてこの『世界』でも、加賀の居場所は、いつも黒瀬の隣にあった。

 黒瀬が隣に居るだけで、加賀の心は救われていたのだろう。

 どんな『世界』でも、黒瀬がただそこに居るだけで、そこは加賀の居場所と成り得た。

 殺し屋。

 加賀に居場所が無かった、その家系。

 その家系で、その仕事を幼い頃から仕込まれていた加賀には、いつだって死ぬ危険がまとわりついていた。

 殺す覚悟と、殺される覚悟をもって仕事をするのは当然のことである。

 人が死ぬのは当然のことで、自分だってそれは変わらない。

 いつ死んでも良いと思っていた。

 居場所のない『世界』に、未練なんて無いと。

 そう、思っていた。

 しかしこの土壇場で、居場所を見つけてしまった。

 見出してしまった。

 だから加賀は、この時初めて、思う。

 死にたくねーな、と。

 もう少し黒瀬と一緒に居たかったな、と。

 そこまで考えたところで――

 否。

 ここで加賀が死ぬことは、絶対に無い。

 そんなバッドエンド、加賀にしてみれば、全て否定できた。

 なぜなら――

「加賀先輩! そのまましゃがむっす!」

 黒瀬の、声。

 反射的に加賀は視線を前に戻しながら、アルマを抱き込むようにしつつ、頭を下げて身を低くする。

 ブワァ、と風が加賀の頭上を駆け抜けた。

 一瞬だけ目に映った人影。

 黒瀬だ。

 黒瀬が、加賀の頭を飛び越えたのだ。

 加賀の後輩。

 彼女がこの場に居る。

 いつも、いつだって安心して背中を任せられる後輩がこの場に存在する。

 だから、加賀が死ぬなんてことは、あり得ない。

 少なくとも加賀は、それほど黒瀬を信用しているのだ。

 そして人影は、もう一つ。

「『水鏡之朝星棒(インスタントインスタンス)』!」

 小悪魔。

 彼女が声を張り上げると同時に、再び地響きのような音が辺りを揺らした。

 小悪魔が展開した魔法。

 その空気の檻が、巨大な瓦礫をせき止めたのだ。

 しかし、その衝撃で巨大な瓦礫は、細かい瓦礫に分解した。

 大部分は空気の檻によって阻まれ、砂埃を巻き上げ崩れ落ちていったが、複数の小さな破片は勢いを保ったまま、加賀とアルマに向かって降り注ぐ!

 小さな、と言ってもそれは各々が人の頭くらいはある大きさだ。

 そんなものが空から降ってきて頭にでも直撃すれば、一発であの世行きである。

 そのとき、

「うおりゃああ!」

 ぼかん、と冗談みたいな鈍い音を立てて、黒瀬が瓦礫を蹴っ飛ばした。

「いえーい! どうっすか加賀先輩! 大きな方は小悪魔ちゃん! 小さな方は私っていう超ドハマリなコンビネーション!」

 笑いながら黒瀬は降り注いでくる瓦礫を次々と蹴って破壊していく。

「まぁ当然、加賀先輩と組んだ方が段違いに上っすけどね!」

 靴裏に鉄板は乙女の嗜み。

 黒瀬の靴には鉄板が仕込まれている。

 瓦礫を蹴りつけたときの、ぼかん、とかいうギャグみたいな音はそのためだろう。

 しかし、それ以上にふざけているのは、黒瀬の脚力だ。

 しなやかに白い黒瀬の足からは想像もできない破壊力。

 加賀はいつも不思議に思っていた。

 その細い腕で、どうして大きく重たいナイフを操れるのか。

 ずば抜けた運動神経はどこから来るのか。

 人間とは思えない身体能力。

 人間ではない身体能力。

 何のことは無い。

 本当に、人間ではなかっただけだった。

 黒瀬は、もう全てが規格外なのだろう。

「おっしゃー! 瓦礫の雪崩オールクリアっす! ……ちょっとちょっと加賀先輩! いつまでも幼女抱き締めてんじゃねーっすよ!」

「……いや、その発言だとちょっと犯罪っぽいからやめてくれ」

 加賀は抱き締めていた……いや、降り注ぐ瓦礫から庇っていたアルマから体を離し、ゆっくりと立ち上がる。

「……わ、私のお店……」

 相当ショックだったのか、アルマは未だに真っ青な顔をして放心したように呟いていた。

 不憫すぎる。

 しかし、今の爆発は何だったのだろうか。

 ガス爆発?

 いや、この『世界』に『そういう』ものがあるのかは分からないが……。

「み、皆様! 大丈夫ですか!?」

 と、そこに小悪魔が駆け寄ってきた。

「あぁ、小悪魔ちゃん、ありがとうな。助かった」

「い、いえいえ、とんでもございません。黒瀬様の指示が無ければ、私はあの一瞬で動けなかったです。お礼でしたら、黒瀬様に言ってください」

 そんな言葉を聞いて、加賀が顔を振り向けると、これ以上無いだろうという憎たらしいドヤ顔を向ける黒瀬が目に映った。

「…………」

 呆れたようにツッコミを入れようか、それともおでこを叩くか、もしくは頬っぺたを思いっきり抓ってやるか……。

 加賀は、そういう性格だ。

 黒瀬の先輩は、そういう奴だ。

 だけれど今回は、

「ん、ありがとうな、黒瀬後輩」

 と言って、その小さな頭にポフンと手を置いてやった。

 そんな加賀の態度に、黒瀬はキョトンと目をパチクリさせる。

 新鮮だったのだろう。

 加賀も同感だった。

「んふふ~、どういたしましてっす」

 黒瀬はくすぐったいような声音を出して、柔らかくふにゃふにゃと微笑んだ。

 今までにないアホ面だった。

 そして、見ていてとても、癒された。

「んふふふふ。それにしても加賀先輩、さっきの爆発は何だったんすかね?」

「ん、さぁな。だけど、店の二階から上が完全に崩れちゃってるから、規模は大きいな」

 加賀は黒瀬から手を放しつつ、小悪魔の方に向き返る。

「小悪魔ちゃんは、何か分かるか?」

「い、いえ」

 と、小悪魔は何故か赤くなった顔を横に向けた。

 ……ここで少し恥ずかしくなる加賀だった。

「私にも何が起こったのか分かりません……が、とにかく被害の状況を……周囲の人たちに被害が無かったか……と、中に居る人…………」

 赤くなっていた小悪魔の顔が、みるみるうちに、青く変わった。

「た、大変! ちょ、ちょっとアルマ様! 放心なさっている場合ではありません! 帰ってきてください!」

 叫びつつ、小悪魔はアルマの胸ぐらをつかんでブンブンと力任せに振り回す。

「こ、こここ、小悪魔、ききき、気持ち悪いいいい」

「そんなこと言ってる場合ではないです! 中に居たフルクス様とメリーゼ様が大変です!」

 ……メリーゼ?

 黒瀬が刺した、メリーゼ?

 彼女が、中に居る?

 フルクス?

 それは確か、メリーゼの日記に書かれていた人物ではなかったか?

 ドクリ、と加賀の心臓が高鳴った。

「ちょっと、小悪魔ちゃん、それどういうこと?」

 と、加賀が問いかけようとした、そのときである。

 ぞわぁり、と加賀の背筋をねっとりとした悪寒が駆け抜けた。

 思わず、加賀は仕込み傘に手をかけ、その気配が感じた方向……爆発した、アルマの店……その、崩壊した二階部分に視線を向ける。

「加賀先輩、なんか居るっすね」

 黒瀬も加賀同様に気配を悟ったのか、ガキン、と鈍い金属音を響かせて両手に取り出したナイフを重ねた。

 加賀は殺し屋だ。

 今まで幾人もの強敵と対峙してきた。

 だから、向かい合っただけで相手の力量は、何となく測れる。

 しかし今回は、違った。

 それは『強い』とか『弱い』とか、そういう話ではない。

 ただ単に、『ヤバい』という感覚。

 それだけを、ひしひしと身体に感じた。

「…………」

 得体のしれない不気味さ。

 店を覆う、光を遮る砂埃。

 薄れゆくその茶色い壁に、一つの人影が、ゆらぁり、と浮かび上がった。

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