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その13-7 加賀先輩と黒瀬後輩

 この『世界』が『大戦争』だった二十年前。

 それを終わらせようとした『(クラスタ)』は、当時存在した『危ないもの』をこの『世界』から一掃しようとした。

 黒瀬という『魔法道具』も、そんな『危ないもの』の一部であったため、この『世界』から追放されたのだ。

 そして、加賀のいた『世界』に飛ばされたのだろう。

 だが、その時の衝撃で、黒瀬は記憶を失ったのだ。

 それでも、記憶が無くなったところで、黒瀬が魔法を殺す『魔法道具』であることは変わらない。

 魔法を、殺す、道具。

 しかし、加賀のいた『世界』に、魔法は存在しなかった。

 だから黒瀬は、『殺す』という概念だけが表に出てしまったのだろう。

 そこに殺すべき魔法が無かったから。

 魔法という概念が無く、殺すという概念しか、そこには無かったから。

 殺すという部分だけが、独り歩きしてしまったのだろう。

 そうして生まれたのが、殺人鬼。

 殺人鬼、黒瀬。

 加賀の、後輩だ。

 ただし、これは全て加賀の推測である。

 だが、しかし、

「んまぁ、概ね当たってるんじゃない?」

 と、アルマは加賀の考察に同意した。

「見た感じ、黒瀬は『斬りつけた魔法を殺す』って感じの『魔法道具』かな? だから、彼女は本能的にナイフを使っているんだろうね。彼女が持っていたブラックナイフは、だからたぶん、デフォルトの装備扱いみたいなものなんじゃないかな?」

 オプションで投擲ナイフも装備可能ですよ……とか、そんな感じなのかもしれない。

 フィギュアか。

「……今の黒瀬は素手だから、小悪魔ちゃんの魔法が破れない……殺せないってことか」

「そういうことかな。昨晩気が付いたんだけどさ……ちょっとこれ見てよ」

 と、アルマは黒エプロンの中から一つの剣を取り出した。

 よく見るとそれは、アルマが昨日、魔法道具の説明に使っていた白い剣である。

「これ、黒瀬がナイフで向かってきたから、この白い剣で受け止めたでしょ? んで、昨晩よく見てみたら、この剣に埋め込んでた魔法が完全に殺されちゃってたんだよね。マジ勘弁して」

「ご、ごめん」

 反射的に謝ってしまった。

「んまぁ、あの『魔法道具』を使いこなせって方が難しいかもしれないかな。いやいや、加賀はうまく彼女を使えていると思うんだよ?」

 そんなアルマの言葉は、加賀の心をざわつかせた。

 使う。

 黒瀬を、使う。

 もちろん、加賀にしてみれば、黒瀬は道具などではない。

 だから黒瀬を使ったことは無いし、使おうとも思わない。

 そして、彼女が人間ではなく、『魔法道具』だからと言われたところで、正直な話、実感がわかない。

 加賀にとって黒瀬は、黒瀬は、黒瀬は……ただの、大切な後輩である。

「彼女を物扱いするな、って顔をしているね?」

「……そりゃ、当然だよ」

 果たして今自分はどんな表情をしているのだろうか、と思いつつ加賀はそう返した。

「いやいや、彼女は物かな」

 それでもアルマはお構いなしにそう口走る。

「けれども私は、物だから自分の好き勝手に使えば良いとか、利用してなんぼだとか、物に意思は必要無いとか、そういうことを言うつもりはないんだよ? 否、物にだって意思はある。物だって人を選ぶ。彼女は君を所有者として選んだんじゃないのかな?」

 所有者。

 黒瀬が加賀の言うことを聞くのは、加賀が所有者だから?

『僕と一緒の時以外は殺さない。一緒の時でもなるべく我慢する』

 その約束を守ってくれる理由も、結局のところ加賀が黒瀬にとって所有者だから?

 だとすれば。

 加賀は知らないうちに、黒瀬を使っていたということになるのではないか?

 黒瀬の意思を、気持ちを、殺していたことになるのではないか?

 それは、加賀の一族が、加賀に対してやっていたことと同じ……。

 否。

「所有者とか……そんな概念、僕と黒瀬後輩の間には無いよ。僕と黒瀬後輩は対等だ」

 そう、対等だ。

 対等のはずだ。

 黒瀬は加賀とは正反対の意見をよく言ったりする。

 加賀の提案する行動と、全く逆の行動を起こしたりする。

 どちらか一方に合わせる時もあれば、二人同意で進める場合もある。

 ごく稀に。

 ごくごく稀に黒瀬が「加賀先輩の顔を立てるっす!」とか言って完全に譲歩することもあるが……まぁ、無視していいレベルのレアパターンだろう。

「対等、ね」

 瞳を細めて、アルマは言った。

「……んまぁ、加賀がどう彼女を扱おうとも、それは自由なんだけどね」

 そうしてアルマは少しだけ微笑む。

「他人は、友人は、家族は、そして恋人というのは、大切にするべき存在だよね。道具も同じ。道具だって大切にするべきだし、大切に扱うべきだよね。人でも道具でも、それは一緒かな? 人でも道具でも、乱暴に、乱雑に、乱用するべきじゃあないよね。例えば私が作った道具は、私の子供みたいなものだから、それは大切に扱ってほしいと思うんだよね」

 手に持った、魔法の殺された白い剣を見つめて、アルマは言う。

「だけれどね、結局のところ、道具なんて、道具でしかないんだよ」

 言って、その白い剣を目の前に放り投げた。

「私は鍛冶師だから……鍛冶師だからこそ、言うんだよ。道具は道具だ……ってね。子供みたいなものであっても、子供じゃあない。子供みたいな、ただの道具なのさ」

 道具は売れるけど子供は売れないしね、と付け加えてアルマは皮肉そうに笑みを浮かべた。

 その笑みが何を意味するのかは分からなかったが、加賀はそれに対し、大きく溜息を吐く。

「……アルマちゃんに言われっぱなしなのは気に食わないから、言わせてもらうよ」

「うん? 何かな?」

「黒瀬後輩が『魔法道具』……物だからと言って、僕にとって黒瀬後輩は、黒瀬後輩でしかない。後輩のような物でもないし、物のような後輩でもない」

 我ながらくだらないことを口走っているな、と思いつつ加賀は続ける。

「あの一つ目の怪物……僕と黒瀬後輩がこの『世界』に来た当初に殺戮してやった怪物たち。あれも確か、黒瀬後輩と同じ生き物ベースで作られた『魔法道具』だったっけ?」

「うん、そう。んまぁ、その怪物の主は私も知っている子だけれど、そもそもその子の本領は『魔法道具』の生成ではないから、その怪物も大した代物じゃあ無かっただろうけどね」

「それと比べて、黒瀬後輩はどうなんだ?」

「彼女はすっごいね。握手したとき、もうすごすぎて笑っちゃいそうだったのを必死に我慢してたくらいかな。人間と大差ない……うん、まさに人間のような、物だった。蛇足だけど、もう少し手を繋いでたらお漏らしコース一直線だったよ」

 どうでも良すぎる蛇足だった。

「……人間と相違ないってことは、それはもう、人間と同じだよな。なら、そこで人間と物を区別する意味は無い。この『世界』のことを、僕はまだよく知らないけれど、この『世界』で起こった『大戦争』とやらは、人間と魔族の争いが元で起こったんだったよな」

「そうだね。大雑把に言うと、お互いがお互いの種族を認めなかったのが、原因かな」

「アルマちゃんが僕と、黒瀬後輩に対して言っているのは、それと一緒だ」

 加賀は仕込み傘を手に取って、地面に突き立てる。

「種族とか、文化とか、考えかたとか、生まれとか、家系とか」

 種族が違うから忌み嫌うとか。

 文化が合わないから排他しようとか。

 考え方が気に食わないから遠ざけようとか。

 生まれが違うから区別しようとか。

 家系だから仕方がないとか。

「全部イライラするんだよ」

 そしてそれに巻かれる自分にもっと腹が立つ、と加賀は噛みしめるように付け足す。

 だが。

「だけれど」

 それでも。

「一つだけ言っておく」

 これだけは、貫きたい。

 貫かねば、ならない。

 と、加賀はアルマに詰め寄る。

「黒瀬後輩を……僕の後輩を物扱いする『世界』は、僕が壊してやる。『大戦争』なんて非じゃあないくらい、そんな『世界』は滅茶苦茶に殺戮してやるから」

 黒瀬的に言うならば、殺戮パーティータイムである。

 だから、加賀は言う。

 目を閉じて、言い聞かせるように口を開ける。

「僕の前で二度と、黒瀬後輩が道具だとか、そういうことを、言わないでくれ」

 黒瀬は大切な後輩だから。

 そんな後輩が物扱いされるのは、我慢できないから。

「加賀、君はとんでもなく格好良いことを言うね」

 ぽふん、とアルマは加賀の頭に小さな手を乗せた。

 加賀が目を開くと、柔和に微笑むアルマが目に映る。

「惚れちゃいそうなくらいかな」

 言って、アルマは小さな八重歯を覗かせ、金色のツインテールを揺らす。

「君みたいな奴なら、話を通すのは超簡単かな」

「……話? 何のことだ?」

 加賀が聞くと、アルマは「むふふ」と笑いながら手を離す。

「君たち……加賀と黒瀬には、この『世界』に居場所が無いんじゃあないかな?」

 居場所。

 それはもともと、加賀が欲しかったものである。

「私に一つ、提案があるんだよね」

 加賀の返事を待たずに、アルマは続ける。

 何だろう、この、待ってましたとばかりの……というか、最初からその話をしたかったのだと言うようなゴリ押し的感覚は……と加賀は戸惑った。

「君たち――」

 と、アルマが何かを言いかけた、その時である。

 加賀とアルマがもたれかかる、建物。

 アルマの店。

 轟音と共に、その屋根が吹き飛んだ。

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