その13-1 加賀という先輩は
************************************
その日の夜、加賀は眠れなかった。
それは、明日『悪人』の座を奪うためにアルマと戦うことが不安とか、今この時にも『政府』の追手が現れるかもしれないだとか、加賀とは対照的にぐっすりと大の字になって眠る黒瀬がベッドを占領してしまっているからとか、そういうことではなく、黒瀬との会話を思い出していたら、単純に眠れなくなってしまったのだった。
窓の外を見ると、なんか月みたいな明るい星が三つくらい見える。
「……異世界ってのが実感できるな」
この世界で、やりたいこと。
よくよく考えてみれば、加賀は元居た世界でも、特にやりたいことは無かったのだと思う。
それでもとりあえず、家業である殺し屋を務めていた。
疑問を持ったまま続けていた。
それは、表の顔である学校生活でもそうだった。
勉強とか、成績とか、そういうものは加賀にとって通過点でしかない。
何故なら加賀は何を勉強したところで、学んだところで、結局殺し屋になるしかないのだから。
人生というのは、世界というのは、つまらないものだな、と思っていた。
そんなとき、加賀の前に現れたのが、黒瀬だった。
否、現れたというか、血塗れで空から降ってきたのが、黒瀬だった。
繁華街の、路地裏。
高い建物の上からゴミ置き場に落ちてきたのだ。
「腹が減って落ちた」とか間抜けなことを言い出したので、仕方なくご飯を与えたところ――加賀は黒瀬に襲われた。
真っ黒なナイフを加賀に向かって、一突き。
その突発的な行動に加賀は驚かされたが、しかし加賀にとってそれを避けるのは容易であり、軽くナイフを叩き落して彼女を押し倒した。
その後、何故か黒瀬は加賀に懐き、日常生活で頻繁に顔を見せるようになったのだ。
何度か殺されそうになったり、殺しそうになったり、ご飯を食べさせたり、勝手に殺しの仕事についてきたりしながら、加賀と黒瀬の奇妙な生活は続いた。
そういう関係。
黒瀬は加賀の内情とか、過去とか、家柄とか、人物について興味があったようなので、加賀は黒瀬に色々話してやった。
思えば、そういう時、加賀は楽しかったのだ。
おそらく、初めてできた、対等な関係。
それはつまり、一族以外との関係。
友達。
一族からは必要ないと言われてきた、友人関係。
だから加賀は、黒瀬を突き離せないでいたのかもしれない。
彼女と一緒に居たいと思っていたのかもしれない。
それでも、加賀は黒瀬の過去をあまり聞かなかった。
「…………」
興味が無かったわけではない。
内情に踏み込むのも無粋だろうと思っていたからだ。
だから、黒瀬の話を深く聞いたことはない。
それでも黒瀬が自らそういう話を始めるときもあったので、多少の情報は知ることが出来た。
人殺し。
殺人鬼。
彼女、黒瀬は、殺人鬼だ。
食う、寝る、殺すが彼女の全てだ。
加賀が過去に殺した人間は、それこそ数知れない。
だが、おそらく、黒瀬は加賀以上に、人間を殺している。
昔からずっと、殺し続けている。
街を渡り歩いて……殺し歩いているのだと。
家族は居ないそうだ。
加賀のような、殺し屋の一族、ということでもない……らしい。
記憶喪失とか、そういうものなのかもしれない。
気付いた時には、黒瀬は殺人鬼だったのだ。
生まれた時から殺し屋である加賀は、なんというか、そこに少しだけ共感した。
そして、そういう単純な理由で……殺人鬼だからという理由で自らの行動を……殺戮を肯定してしまう、したいことをしてしまう黒瀬が、たぶん羨ましかったのだ。
「したいこと。やりたいこと……」
この『世界』でやりたいこと。
悪い奴らを殺戮してやりたいっす……みたいなことを黒瀬は言っていた。
ただ、それは加賀が元の『世界』でもやっていたことだ。
犯罪者とか、司法で裁けなかった悪人とか、そういう『悪い奴』に対し、加賀は殺し屋として相手をした。
この『世界』でも、『元の世界』と同じことをするのか?
否。
それは同じようであって、同じではない。
何故なら、『世界』が違うからだ。
もちろん共通点はあるだろう。
しかしここは『異世界』だ。
魔法が存在するとか、『大戦争』を終わらせた『政府』が『世界』を支配しているとか、そして、警察なんて組織は存在せず治安を守っているのは『悪人』とか……。
……治安を守る必要がある、ということは、どこの『世界』にも悪い奴は存在するということだ。
そういえばメリーゼは『悪人』を倒したい……などと言っていた。
この世界において警察の代わりに治安を守る『悪人』という役職。
その立ち位置を利用して……乱用して、地域に迷惑をかける『悪人』を、懲らしめたい、と。
まぁ、『程度』はあるだろうが、とはいえメリーゼの考えに共感できないか、と言われればそうではない。
地位を悪用して周囲に迷惑をかける。
それは当然、悪いことだ。
「…………」
そこでふと、部屋の隅にあった本棚が加賀の目にとまった。
本。
あの武器屋を経営しているというアルマの話からすると、加賀や黒瀬がこの世界の言葉を話せ、そして文字が読めるのはメリーゼの魔法が影響しているらしい。
ならば当然、本だって読めるはずだ。
加賀は立ち上がり、本棚からテキトウに一冊の本を取り出す。
その表紙には『召喚の手引き』と書かれていた。
参考書みたいなものだろうか。
ぺらり、と加賀は本を開いて軽く目を走らせる。
「おお、普通に読める」
英語で書かれたテキストの内容がすらすらと理解できたときの感動に近い。
なんというか、言葉の意味がスッと頭に入ってくる感じだ。
どうやらこの本は、過去に特定の地点へ飛ばした『何か』を取り出す……つまりは召喚するために記した、メモ書きといったところか。
ページはそれによって分類されているようだ。
財宝とか、魔獣とか、罪人とか……そういう項目が用意されている。
その先にあったのが、『魔法道具』という項目。
そして、更にそれは細かく分かれており、その中でも加賀が目を引いたのが、魔法を殺す『魔法道具』である。
「腹痛が痛いみたいな」
たぶん黒瀬ならそういうアホなことを言うんだろうなぁと思い、加賀は更にページをめくる。
「……ん?」
異世界番号九百九十九。
地点、ニホン。
そんな記述が、加賀の目にとまった。
それは間違いなく、加賀と黒瀬が居た、元の『世界』を表しているものだ。
これが意味するのは……何だ?
魔法を殺す『魔法道具』。
それはつまり、黒瀬や加賀の持っている武器のことを指している……?
加賀の、仕込み傘。
黒瀬のブラックナイフ。
そういえば武器屋のアルマが加賀や黒瀬の武器を絶賛していたが……。
とはいえ……しかし、おそらく加賀の仕込み傘は、魔法を殺す『魔法道具』とやらではないはずだ。
何故なら、これは元の『世界』で加賀専用に作ってもらった物だからだ。
その鍛冶師が実は『魔法道具』職人でした、なんてオチなら話は別だが……それはおそらく無い……と思う。
ならばやはり、考えられるとしたら、黒瀬のブラックナイフか……?
いや、厳密に言えば黒瀬は体中にナイフを仕込んでいるので、ひょっとしたらその中の一つが……とかは有り得るかもしれないが……。
「…………」
加賀は、黒瀬の過去に踏み込もうとはしなかった。
……が、
「明日、少しだけ足を入れてみるか」
勇気を出して、踏み込んでみるか。
加賀は本を棚に仕舞ってから、足をベッドから投げ出し髪はぐちゃぐちゃでお腹は丸見えで涎は垂れ流しの黒瀬に視線を移す。
「…………」
……うわぁ踏み込みたくねえ、と思う加賀だった。




