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その12-1  悪魔と悪意


************************************


「メリーゼ様は悪だと思いますよ」

 メリーゼが眠るベッドの傍らで、小悪魔はそう呟いた。

『政府』の意向に逆らい、召喚魔法を使用した揚句、それによって召喚された『何か』によって瀕死の状態にまで陥ったメリーゼ。

 そんなメリーゼの看病を任されたものの……現状メリーゼの容体はかなり落ち着いている。

 それは『政府』の中で唯一、回復魔法のみを生業とする『役人』のお陰であるが、その彼女も忙しい見であるので現在は席をはずしている。

 彼女曰く「くひひひ、いやいや有り得ないことだけどさー、もしもアタシの治療に不備があってさー、メリーゼの容体が急変とかしたらさー、ガチヤベーわけでさー、一応見ててあげてよね」とか。

 そしてフルクスにも、この場を任された。

 だから、まぁ、小悪魔はとりあえずこの場にいる。

 悪を目の前にして、小悪魔は何もしないでここにいる。

「……私は何を考えているんだ」

 小悪魔は、何かをするべきなのか?

 何か。

 今、メリーゼの寝首を掻くのは容易い。

 この『世界』を壊してしまいかねない彼女は、ここで息の根をとめておくべきじゃないのだろうか。

『役人』同士の殺しは『政府』の禁止事項に触れる。

 だが、小悪魔は『役人』では無い。

 例えばスノーフィが直接手を下したり、小悪魔に命令してメリーゼを殺せば、それは違反となるが、小悪魔が独断で動いたことならば、それには触れない。

 ならば、ならばここで――

「……いや」

 そんなことが、出来るはずが無い。

 小悪魔は、フルクスに任されたのだ。

 メリーゼの看病を、フルクスに託されたのだ。

 フルクスの真意は分からない。

 小悪魔を信頼してのことなのか、それともこうして小悪魔が迷うことを見越しての判断なのか……。

「私は、どうするべきなんだろう」

 否。

 先ほどフルクスはこの部屋から出て行った。

 おそらく、メリーゼを狙うスノーフィと直談判するつもりなのだろう。

 ならば、小悪魔はここで何もするべきではない。

 フルクスとスノーフィの決着を待つべきなのだ。

 ここで小悪魔が動くことは、フルクスに対しても、スノーフィに対してさえも裏切りと言えるのだろう。

 それでも。

 どちらが勝ったとしても、小悪魔の立ち位置は変わらない。

『政府』は守る者であって、制限する者なのだと、小悪魔は思う。

 傍観者という立ち位置を主張しているものの、『政府』は今の『世界』にとって防衛線……リミテーションとなっている。

 そこに明確な意思は無いかもしれないが、二十年前の『大戦争』と同じ事態にならないように、『世界』を抑圧しているのだ。

 そうあるべき『政府』に身を置いているのに、再び『大戦争』と同じようなことを起こしかねないメリーゼは、どうしたって悪なのだ。

「…………」

『政府』。

 二十年前の『大戦争』の結果、最終的に残った『(クラスタ)』の三十六人で構成された『政府』。

 現在の内訳は、人間族十七名と魔族十九名。

 設立時の初期メンバーはその三分のニを占めており、残りはこの二十年で入れ替わった人物達だ。

『政府』を抜けた者達は、自身の力に限界を感じたり、ただ単に『政府』という組織に飽きて席を譲ったり……その理由は様々だった。

 それでも、その席を開ける際には誰しもが後釜を用意したし、そして、全員が自らの意志でやめていった。

 メリーゼは、こんなことになっても、『役人』であり続けるのだろうか。

『役人』であるメリットとは、何だろう。

 生活が保障されていること……?

『政府』は首都ルナルノルーナを直接的に治安維持することで、その見返りを住民から受け取る。

 その仕組みは『悪人』と同じであるが、圧倒的な力を持つ『政府』に守られるということは、絶対的な安全を保障されているのと同義であるため、『悪人』と比べれば割高だ。

 だから『政府』に身を置いていれば……『政府』を居場所とすれば、生活には困窮しない。

 しかし、やはりメリーゼにとって大きいのはそんなことではなく、『役人』同士では殺せない、というルールなのだろう。

 何をしようと、そのルールがある限り『役人』に命は狙われない。

 監禁されてしまうことはあっても、命までは取られない。

 それはルナルノルーナの住民と同じく、絶対的な安全が保障されているのと同義だ。

 何故そんなルールがあるのかは知らないが……しかし『政府』という組織が作られたときからそのルールはあるらしいので、少なくとも『役人』達はそれを承知で『政府』に身を置いているのだろう。

 そして、そういうルールを守っているからこそ、『政府』は『民衆』からの批判をほとんど受けていないのかもしれない。

 それはさておき……。

 小悪魔は目を瞑る。

 メリーゼの悪意。

 その目的は不明であるが……フルクスはどういう立ち位置なのだろうか。

 少なくとも、小悪魔やスノーフィのそれとは違う。

 しかしこれまでのフルクスを見ていて分かったのは、フルクスにとって、メリーゼは子供のようなもの、ということだ。

 そしてそれは、『傍観派』である彼女らしく、基本的には放任主義。

 メリーゼの考え方を尊重している。

 しかし同時に、彼女が失敗したなら守ってあげたいとも思っているのだ。

 故にフルクスはメリーゼの命を最優先に行動したし、今もスノーフィからメリーゼを守ろうと行動しているのだろう。

 メリーゼが『保守派』によって監禁されていたときは、むしろフルクスは安心していたのかもしれない。

『保守派』という鎖が彼女を縛っている間は、むしろ安全だったのだ。

 フルクスにはメリーゼを止められなかった。

 それは力がメリーゼの及ばないからではなく、気持ちの問題として、メリーゼを縛れなかった。

 だから『保守派』がその役目をしている状況を、メリーゼは黙認していたのだろう。

 いわば、その状態こそが最も安定していたのかもしれない。

 しかし状況は変わった。

 この状況で、フルクスはどう行動する?

 否。

 この状況で、小悪魔自身は変わらなくても良いのか?

「おりゃー!」

 突如、部屋の扉を乱暴に開けてフルクスが姿を現した。

「ふ、フルクス様!? ちょ、ちょっともう少し静かにしてくださいよ。メリーゼ様に刺激があったら悪いですよ」

 と、そこでフルクスがなんかニヤニヤとした表情を浮かべているのに気が付く。

 何か良いことでもあったのか――

「って、まさかフルクス様、スノーフィ様を……」

「くははは! マジ余裕じゃったなぁ! 小指で勝ったわ! 小指で!」

 さすがにそれは盛り過ぎだろうが……しかし、スノーフィに仕える身としては悔しい気持ちが強い。

 上機嫌すぎるフルクスを見て歯がゆい。

「あぁそうそう、小悪魔にはこれ返しておかんとな」

 言って、フルクスは片手に持っていたバスケットからいくつかの水晶玉を取り出した。

 なんだろう、小悪魔には見覚えのある水晶だ。

「あれ、これ私の水晶じゃないですか」

「うん、借りとった」

「いつの間に……」

 全く気が付いていなかった。

 手癖の悪い幼女である。

「いやぁ、お主の水晶が決め手じゃったわ。ワシの水晶テク、見せてやりたかったのう!」

「はぁ」

 ……いや、待て。

 ということは、スノーフィがフルクスに負けた直接的な原因は小悪魔の水晶ということになるのだろうか。

 小悪魔は頭を抱えた。

「それよりも小悪魔よ、メリーゼを連れて出かけるぞ」

「はい? 今からですか?」

 今日は朝から色々あった気がするが、さすがに外は真っ暗だ。

 もう眠りにつく者も多いだろう。

「『保守派』は一人じゃないからのう、スノーフィのデカ女みたいなのをそう何人も相手にしとれん。メリーゼが瀕死じゃったからやむを得ずここに運び入れたが、もう落ち着いている以上この場に長居する理由は無い」

 ふわり、とフルクスは長い髪とふりふりのドレスを揺らして言う。

「ワシの信頼する旧知が営む店に、メリーゼを隠す」

「フルクス様の知り合い……のお店ですか?」

「うむ。メリーゼの隠れ家近くにある街、ブロークンブレイク。そこを納める『悪人』、アルマが営む『魔法道具屋』じゃ」

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