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その10-5 ジュースも滴る良い女

 一体スノーフィの能力は何なのか……。

「……いや、もう考えるの面倒臭いわい」

 だらり、とフルクスは肩の力を抜き、鎌の先を床にカツンと当てた。

「……あら……? ……それは負けを認めるってことかしら……?」

「あー、あー、あー? 誰もそんなことは言っておらんよ」

 フルクスはギラリと睨みを効かせる。

「時間稼ぎも兼ねて少しだけ戯れてやろうと思っとったが、やっぱりワシは……考えすぎるのは得意じゃあない。面倒くさがり屋じゃからのう」

 そして、傍観者だ。

 見るのは得意だが、考えるのは苦手なのだ。

「まぁ、それでも見ていれば分かることもある。例えば――、防御時と攻撃時に差があり過ぎるってこと……とかのう」

 スノーフィと距離を取りつつ、フルクスはゆっくりと広間を歩く。

「防御時にはワシの全力で振った鎌を完全に停止させるほどの硬さじゃった。しかし、攻撃時にワシが食らったのは、そんな硬度のものじゃあなかった」

 鎌が通らないほどの硬さを誇る何か。

 そんな何かで殴られれば、相当なダメージを受けるはずだ。

 しかしそんな硬さも、重たさも、まったく感じられなかった。

「距離によって威力が変わる? 攻撃と防御で使っているものが違う? いやいや、そうじゃあないのう」

 軽口のようにフルクスは続ける。

 スノーフィは、何も言わない。

「距離によって変わるのなら、最初と後の威力に差異が感じられなかったのはおかしい。じゃから、前者は違う」

 最初に受けた一撃。

 完全に無防備で受けたあの攻撃も、ほとんどダメージを受けなかった。

「そして後者も違う。魔法道具を一人で二つ使うやつはそうおらん。『政府』内にだって、三人おったかどうかってとこじゃ。ワシもお前も、そこには入っておらん」

 二つ同時に『魔法道具』を扱うのは至難の業だ。

 複数の『魔法道具』を扱うということは、それだけ複数に自分のリソースを割くということ。

 小悪魔のように誰かのサポートに徹する役割を担う者ならともかく、フルクスやスノーフィのような戦闘でメインを張る者なら、一つの『魔法道具』を極めたほうが効率的なのだ。

「ならば単純な話。使っているものは一緒。しかし、それを動かすのは苦手……といったところじゃろ」

 だからこその防御特化。

 動かないのが基本の能力。

「……で……それが分かったところで……どうするのかしら……?」

 スノーフィは大きな身体をゆっくりと動かし、フルクスに向かって足を進めた。

「……いえ……それは何も分かっていないのと一緒じゃないかしら……?」

 一歩。二歩。三歩。

「……結局貴方はどうしようもないじゃない……」

 四歩。五歩。六歩。

「……貴方の『魔法道具』……『黒鉄回路之鎌(プライオリティキュー)』は……当たらなければ怖くない……」

 七歩。八歩――。

 九歩目をスノーフィが踏もうとした、そのとき。

「おりゃあ!」

 フルクスは目の前にあった机を鎌で引っ掛け、スノーフィに向かって投げ飛ばした!

「……はぁ……? ……また……同じこと……」

 呆れたように言ったスノーフィだったが、しかしそこで、押し黙る。

 フルクスが投げ飛ばしたのは机……だけではない。

 周りにあった机を、ソファを、手当たり次第スノーフィに投げつける!

「……やけくそね……でも……そんな攻撃……通らないわよ……」

 スノーフィの言うとおり、机も、ソファも、スノーフィの前でバラバラに壊れ、砕ける。

 見えない壁によって、弾かれる。

「いやぁ、スノーフィよ。ワシはいつも疑問だったんじゃが」

 フルクスは邪悪に微笑む。

 残忍な笑みを、スノーフィに見せつける。

「お主って、雨の日はどうするんじゃ?」

 言って、フルクスは天井を指さした。

 とても高い、大広間の天井。

 そこにあるのは――無数の、蓋が開けられたジュースの瓶!

「……なっ……」

 先ほどの机とソファの乱れ打ちは、単なる目眩まし。

 フルクスは、スノーフィがそれに気を取られている間に、キュクロが散らけて行ったジュースの瓶を片っ端から天井へと放り投げていた!

「……ッチ……」

 スノーフィは舌打ちし、投げられたジュース瓶を見つめながら後ずさる。

 その様子からして、やはりスノーフィは『液体を防げない』のだろう。

 だから、ジュース瓶を避けたのだ。

 机やソファのようにジュース瓶を弾けば、瓶が割れて液体が燭台にかかってしまうから。

「かはははは。早く逃げんとのう。あ、そういえば小悪魔はワシと同行するとき、戦闘服なんて着ておったんじゃよ。まぁ、確かに戦闘する際には動きやすい服装がベストじゃからのう」

 唐突にそんなことを言い出したフルクスに対し、スノーフィは訝しげな視線を向けながら、打ち上げられたジュースが降ってこないであろう位置を目指して足を動かす。

「スノーフィよ。お主、そんなロングスカートで大丈夫なのか? 足元注意した方が良いぞ?」

 フルクスが残忍な笑みを浮かべたその直後。

「キャァ!」

 スノーフィは黄色い悲鳴をあげて体勢を崩し――

「ふぎゃあ!」

 なんか可愛い声を出して尻餅をついた。

 そしてそこに――ジュースが降り注ぐ。

 スノーフィのロングスカートも、ピッタリとした上着も、桃色の髪も、ジュースに汚される。

 当然、燭台から炎は、消えた。

「……うぅ……痛い……」

 目を瞑り、少しだけ涙目になるスノーフィ。

 あれ、この女こんなに可愛かったかなぁ、とフルクスは首を傾げた。

「……何か……踏んだ……?」

 そんなスノーフィの前にあるのは……転がった水晶球である。

 床に転がっていた、複数の水晶球。

 スノーフィはそれに足を取られた。

「だから気をつけろと言ったのに」

 フルクスはピチャリと音を立ててスノーフィに近づき、顔を寄せる。

「くははは。小悪魔から水晶球をパクっておったんじゃが、使い方が全然分からなくてのう。しかしこういう使い方も出来るんじゃな」

 フルクスは、小悪魔にオンブされていたとき、こっそりとポケットから水晶をいくつか拝借していた。

 後で驚かしてやろうと思っていたのだが、メリーゼの件があったのでそのまま持ち続けていたのだ。

「……机とかソファだけじゃなくって……ジュース瓶ですら目眩ましだったわけ……」

「まぁそういうことじゃな」

 フルスクはスノーフィの顔を濡らすジュースを指ですくって舐める。

 甘い。

「正直、お主が液体を防げないのかどうかは、確信無かった。じゃから、本命は床にまいた水晶球でお主を転ばすこと。転べばその衝撃で燭台落とすじゃろ、とかそんなテキトウな考えじゃよ」

「……テキトウな考えでやられたってのが……マジでムカつくわね……。……でもまぁ……」

 と、スノーフィは床に背中をパシャッとつけ、腕で顔を隠して口を開ける。

「……私の負けよ……」

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