その10-2 ふわふわ白黒コンパーソン
――フルクスとスノーフィが対峙する数十分前。
「メリーゼ様はとりあえず落ち着かれたようです」
メリーゼを運び入れた病室の前で、フルクスは小悪魔にそう伝えられた。
「ふむ……そうか」
良かった。
メリーゼが助かって、良かった。
肩の力が抜ける。
随分と長い時間、この場で座っていたように感じた。
「フルクス様、ホッとしてますね」
小悪魔はそう言って、フルクスの隣に腰を掛ける。
「お顔が緩んでいますよ」
赤いポニーテールを揺らし、悪戯っぽく微笑みながら、小悪魔はフルクスの顔を覗きこんだ。
なんだか気恥ずかしくなり、フルクスは目を背ける。
「……気のせいじゃろう。ワシはもともとこういうプリティな顔つきなのじゃ」
「フルクス様は、メリーゼ様のことを大切に思ってらっしゃるんですね」
唐突に小悪魔はそんなことを口走る。
「血塗れのメリーゼ様を見た時、私は取り乱してしまいましたけど、フルクス様はとても冷静でした。でも……たぶん、内心はフルクス様の方が、私よりもずっと焦っていたんだと思います。けれどフルクス様はそんな素振り見せませんでした。純粋に、すごいと思います」
「…………」
買い被りだ。
「失礼ながら『傍観派』の方は、なんというか……『世界』を見るだけで……だから『世界』に興味がない人ばかりだ、って思っていましたけれど、そんなことは無いんですね」
「…………」
それも、過剰評価。
「……ワシはそんな大層な人物ではないよ」
詰め寄る小悪魔から逃れるようにしてフルスクは立ち上がる。
「ワシが落ち着いていられたのは、ただ単に、そういう場数を踏んでいるからに過ぎんよ」
嫌というほど、そういう場面を経験していただけ。
今回も、その一つだったという、それだけのこと。
「それに、ワシがメリーゼを優先したのは、単純な話、ワシが弱いってだけじゃよ」
「弱い……ですか?」
あの時。
メリーゼの命か、メリーゼの召喚した『何か』。
メリーゼを助けるのを優先するか、『何か』の正体を突き止めるか。
その選択。
そこで、メリーゼを選んでしまった理由。
否。
もっと言えば、それは二択ではなかった。
メリーゼを小悪魔に任せ、フルクスは『何か』と立ち向かう。
それがおそらくベストな判断だった。
それでもフルクスは、小悪魔と共にメリーゼを救出した。
「メリーゼはワシの、大切な友達じゃ。友達を優先してしまう程度に、ワシは弱い。それだけの話じゃよ」
フルクスは、メリーゼが生まれた時からずっと知っている。
フルクスは外見が幼女だからか、それこそメリーゼが幼いころは随分と懐かれたものだ。
それに、メリーゼの母親との関係もある。
だから、瀕死のメリーゼを放っておいて他のことに専念するなど、出来なかった。
フルクスには、出来なかった。
気の遠くなるような年月を生きてきて、大切なものを失った経験は数知れない。
だが、それはいくら経験しても、慣れるものではない。
そして、それはとても悲しいことだ。
「それは、違うと思います」
フルクスの背中に小悪魔の声が掛かった。
チラリと顔を傾けると、小悪魔の凛とした表情が目に映る。
「それは、弱いんじゃありません。それは優しいと言うんです」
「……ふん、小悪魔は良い奴じゃのう」
皮肉な笑みを浮かべて、フルクスは小悪魔から再び目線を逸らす。
「しかし、それはやはり違うんじゃよ」
瞳を閉じる。
「ワシは、傍観者を気取っておる」
『世界』に関わらなければ、大切なものを失うことなど無い。
だからこそ、フルクスは傍観者でありたいと思う。
「しかしワシは弱いから、結局『世界』に触れてしまう。一人は寂しいからのう」
孤独は怖い。
だから、失う悲しさが付き纏うとは分かっていても、フルクスは傍観者をやめてしまうときが、たまにある。
その結果、メリーゼの母親と仲良くなったし、メリーゼとの関係も出来た。
そして、『政府』の『役人』としてここに居る。
「……あー、あー、あー。いかんいかん。ちょっと弱気になってしまった」
と、フルクスは滑らかな純白の髪を振り乱す。
ふわふわの白黒ドレスがふりふりと揺れる。
メリーゼが一命を取り留めて、気が緩んでしまったか。
やる気は無く、可愛さ溢れ、それでも大人の魅力を感じる、そんなフルクスはどこに行った。
「よし、もう大丈夫じゃ」
言って、フルクスは白い歯を小悪魔に見せた。
弱気のままではいけない。
大切なものを、守らなければならないから。
「なんか……フルクス様って」
気分を変えたフルクスとは裏腹に、小悪魔は真剣な表情を浮かべる。
「何となく、ダメ男を掴みそうですね」
「……余計なお世話じゃ」
長年生きているが、そういえば男の関係を作ったことがないと気づく。
女の関係は何度か持ったことがあるが……。
いや、それはともかく。
大切なもの。
『世界』に関わった結果出来た、大切なもの。
メリーゼも、その一つ。
そんな大切なものを、簡単に渡すわけにはいかない。
簡単に、手放すわけにはいかない。
だから。
だから――。
フルクスとスノーフィが向かい合う。
そこで、先に動いたのは――フルクスだった。
「そのけしからんナイスボディがシワシワになるまで血を抜いてくれるわい」
対峙するスノーフィに向け、両手で持った大きな鎌を大きく右後方に振って――下から突き上げるように振りぬく!
スノーフィの身体を斜め上方に斬り上げるコース!
しかし。
鈍い金属音が、大広間に響き渡る。
フルクスの鎌は、その軌道上で、静止する。
攻撃が、通らない。
まるで、見えない壁に阻まれたかのごとく。
だがこれは、想定内。
スノーフィの魔法は……スノーフィが使う『魔法道具』の能力は、『そういう』ものだ。
超防御特化の能力。
ならば、それがどれほどのものか、ハッキリさせてやろう。
フルクスの力とスノーフィの力。
どちらが上か、白黒ハッキリさせやろう。




