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その9-1 殺し屋の選択は?

************************************


「……黒瀬後輩、いつまで顔隠してんだよ」

 メリーゼの隠れ家。

 その玄関口で、加賀は呆れたようにそう言った。

 中世ヨーロッパ的な街、ブロークンブレイク。

 その街を治める『悪人』であり鍛冶師でもあるアルマ。

 彼女の店を出てから、加賀と黒瀬は山道を登り、なんとかメリーゼの隠れ家まで戻ってきた。

 黒瀬がメリーゼの家から拝借して着用していた服。

 それがこの『世界』における寝間着……パジャマだと判明し、街を出た後も黒瀬はずっと顔を隠していた。

「うー、だって恥ずかしいんすもん!」

 指の隙間からチラリと瞳を覗かせて黒瀬は言う。

「このダボ服がパジャマだったなんてあり得ねえっす! 私、パジャマで街中歩きまわってたってことっすよ!? くっそ変態じゃないっすか! 顔くらい覆わせて欲しいっす!」

「いやもう誰も見てないから大丈夫だって」

 それに、変態とはまた違う気がする。

 とはいえ、ちょっと頭の弱い子には見えるかもしれない。

 まぁ、黒瀬はそもそも頭の弱い子なので問題ないだろう。

「……あれ? 加賀先輩」

 加賀が玄関に足を踏み入れたところで、黒瀬はそれまで顔を覆っていた両手を広げて訝しげな表情を見せる。

「なんだか、女の匂いがするっすよ」

 変態みたいなことを言い出した。

「……メリーゼちゃんじゃないのか?」

 黒瀬がナイフで貫いたメリーゼの死体は放置したままだった。

 ……いや、正確には完全に死んだことは確認していなかったので、死体と表現するのは間違っているのかもしれないが。

 だが、あの傷ならばあの後すぐに死んでもおかしくはない。

 運が良ければまだ生きている可能性も……いや、無いはずだ。

 メリーゼの家を離れてから結構な時間が経っている。

 さすがにもう死んでいるだろう。

 ただし、それはあくまで、元居た『世界』基準の話であって、極端に例えばメリーゼが『死にづらい人種』とかだったりした場合は話が別だ。

 ……まぁ、そんなところまでは、さすがに考慮する必要はないだろう。

 この『世界』では『どこまで』があり得るのか。

 それは考えても答えは出ない。

「メリーゼちゃんの死臭でも嗅ぎ取ったのか?」

「いや、違うっす。死肉に興味は無ぇっすから」

 チャリ、と小気味良い音を立て、黒瀬は片手にナイフを数本構えた。

 黒瀬は生物の気配に敏感だ。

 なんというか、それはもう野生動物的な機能が備わっているのではないかと疑ってしまうほどである。

「メリーゼちゃんじゃあない『何か』っすね」

 メリーゼではない『何か』。

 想定外の、侵入者……!

「人数は二人っす」

「人数まで分かるのかよ」

「女の勘っす」

「……ふぅん」

 探偵的な推理力を発揮したとかそういうことでは無いらしかった。

 というか女の勘ってそういうやつなの。

 それは兎も角……侵入者とは一体、何者だろうか。

 考えられるパターンとしては二つ。

 一つは、メリーゼに仲間がいたパターン。

 この場合は明らかに危険。

 黒瀬がメリーゼを刺したことで、恨みを買ってしまった可能性が大きい。

 もう一つは、メリーゼが追われていた組織……『政府』の可能性。

 この場合は……どうなのだろう。

 そういえば、何故メリーゼは『政府』に追われているのか、というその理由も聞きそびれていた。

 そこが分かっていればまだ判断のしようも¥あるのだが……。

 ……優先するべきは、何だろう。

 一度、気持ちを整理する。

 今、加賀が目的としているのは、この『世界』での居場所を作ること。

 ここで言う『居場所』とは即ち、殺し屋の加賀でも、殺人鬼の黒瀬であっても、誰にも責められず、誰にも縛られないような、元居た『世界』では到底実現できないような、そんな場所。

 弱肉強食の、この『異世界』ならば、それが実現できる。

 各地域を支配する『悪人』の座を奪うことで、それが成立する。

 最優先するべきはそれだ。

 そう考えると、メリーゼの仲間とか、『政府』とか、そういった『外野』を考慮する必要はない。

 とはいえ、そういう『懸念要素』を放置したままにするのも、気持ちが悪い。

 ならば、ならば――

「加賀先輩、まぁたゴチャゴチャ色々わっけ分かんねえこと考えてるんすか?」

 黒瀬は、考え込んだ加賀を覗き込むように顔を向ける。

 深く黒々とした瞳。

 吸い込まれるような混濁。

 そんな視線を加賀に送る。

 そのまま、くすり、と黒瀬は唇を歪めた。

「考えすぎは良くないっすよ。困ったら殺す! 迷ったら殺す! 邪魔だったら殺せば良いんす! 大丈夫っす! 私と加賀先輩に敵うやつはこの『世界』にだっていねえっす!」

 両手にナイフを構え、黒瀬は白い歯を見せる。

 理屈で動くタイプの加賀とは違い、黒瀬は感性で動く。

 加賀には理解できない、解読しようのないくらいにシンプルな理念。

 それはまるで、加賀の一族と同じ思考停止。

 加賀が大嫌いだった、一族の理。

 だが。

 だがしかし。

 それでも。

 それなのに。

 どうして加賀は、こんなにも居心地が良いのだろう。

 大きく、息を吸い込む。

 身体が膨れ、肺に空気が送り込まれる感覚。

 一秒程度間をおいてから、口から溜まったものを吐き出す。

 深く、深く、深く、肺の中を空っぽになるまで、吐き出す。

 そうして加賀は、仕込み傘に手をかけた。

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