その8-3 小悪魔助手と幼女探偵
「ふぅむ、小悪魔よ、これは事件じゃな」
完全に動作を停止したキュクロの魔法人形に目を落とし、顎に指を当ててフルクスは不敵に微笑んだ。
楽しそう。
「…………」
バラバラの肉塊。
キュクロがメリーゼの追跡に使っていた魔法人形は五体。
頭数は合致する。
「フルクス様、この様子を見ると……やはりメリーゼ様は『何か』を召喚してしまった……ということでしょうか」
小悪魔は屈んで肉塊に顔を近づける。
召喚魔法に特化した……戦闘力を持たないメリーゼには、キュクロの魔法人形をここまで破壊することはできない。
ならば当然、この惨状はメリーゼの召喚した『何か』がやったことだろう。
「どうもそのようじゃな。それも、最低で二体、召喚したようじゃ」
「二体……ですか? どうしてそれが分かるんです?」
「壊され方がニパターンあるじゃろ」
フルクスに言われてみて小悪魔は気づく。
確かに、五体の壊され方には二つの型が見受けられた。
片方は、眼球を潰されているタイプ。
ナイフが眼球に突き刺さったままだったり、胸元に斬りつけられた痕があったり……多少の違いあるものの、五体のうち三体は眼球が完全に潰されている。
残りの二体は、身体が真っ二つに分断されているタイプ。
こちらは眼球を潰されてはいないが、その切り口から判断するに、鋭い刃物で一刀両断……といったところか。
「あ、そういえば、疑問だったんですけど」
と、思い出したように言って小悪魔は立ち上がる。
「『魔法を殺すためには魔法の知識が必要』のはずです。ということは、つまり、メリーゼ様が召喚した『何か』は魔法が使える……ということでしょうか」
キュクロは魔法『そのもの』が殺された、と言っていた。
魔法の効果を消すというのは、火を消すのとはわけが違う。
魔法の結果として出た火を消す、のと、火を出す魔法そのものを消す、というのは似て非なるものだ。
前者ならば水を使えば良いだろう。
しかし後者を行う場合、その『魔法道具』の構造が分からなければ、手の出しようがない。
『魔法道具』は、人間族の道具と魔族の魔法が複雑に絡み合った代物だ。
少なくとも、道具と魔法、両方の知識が必要である。
「ですが果たして、『異世界』から来た『何か』が道具や魔法の構造を知っているものなのでしょうか」
「さてな。しかし、もっと分かりやすい考え方があるぞ」
「と、言いますと……?」
「魔法を殺す『魔法道具』を使った、じゃ」
「……なるほど、『自動魔具』ですか」
魔法の知識が全く無くても魔法が扱える魔法道具。
それが『自動魔具』だ。
確かにそれならば魔法の知識がない異世界から来た『何か』でも……。
「……ですが、フルクス様。そんな、キュクロ様ほどの魔法ですら殺せてしまう『魔法道具』なんて、存在するのでしょうか。そもそも、『魔法を殺す』『魔法道具』なんて、私は見たことありませんよ」
「ワシもそれほど数は見たことない。小悪魔よ、ならばどうして、『魔法を殺す』『魔法道具』は少ないんじゃと思う?」
「……え、えぇと……『代償』の問題でしょうか……?」
魔法を殺す、というのは、かなり高度な魔法である。
故に、それに必要な『代償』も尋常ではないはずだ。
つまり、犠牲に対しての見返りが、少ない。
リスクとリターンの問題。
「うむ、その通りじゃ。膨大な『代償』を払って相手の魔法を殺すよりも、相手の魔法を上回る魔法を生み出すほうが遥かに効率良い。それにそのほうが、前進的で発展的じゃ」
要は、相手を否定するのではなく、肯定した上でその先を行く。
弱肉強食のこの『世界』では、その考え方を出来る者ほど強い。
「それに比べ、『魔法を殺す』という概念はあまりにも後退的で衰退的じゃ。ある意味、この『世界』を否定して……殺していると言っても良いかもしれんのう」
そういう意味では、小悪魔の着用している対魔法用の戦闘服……『魔法の威力を弱める魔法』は、フルクスの言う後退的な考え方なのかもしれない。
何かを殺す、というのは、あまりにも後ろ向きだ。
だからこそ、『政府』は『殺生を行わない』のかもしれない。
『傍観者』は、後ろ向きな『世界』より、前向きな『世界』を見ていたいのだろう。
「……フルクス様、ではキュクロ様の人形に刺さったままの、このナイフが……『魔法を殺す』『魔法道具』ということでしょうか」
ナイフの突き刺さった肉塊に近寄って小悪魔は呟くように言った。
「さて、どうじゃろう」
言いつつフルクスはバスケットと閉じた日傘を地面に置いてから、小悪魔の側に寄った。
「一応、人形に刺さったままのナイフは回収しておくか」
フルクスは魔法人形からナイフを無造作に引きぬいた。
ぬらり、とナイフに付着した体液が垂れ落ちる。
「鍛冶師なら兎も角、ワシらが見ても、これが魔法道具なのかは判断つかんからのう」
フルクスは赤く濡れたナイフの先端を太陽に照らして言う。
「それはさておき、そろそろキュクロの魔法の残骸を集めるか」
「あ、はい。ところで、魔法の回収って……どうするんですか?」
「キュクロの……というか、一般的に魔法人形は、その血液に情報を蓄積するんじゃよ。液体は魔法をよく通すからのう」
液体は魔法を蓄積する。
だからこそ、魔法人形は生体ベースで作るのが普通らしい。
魔法を込めた、人形。
身体を流れる魔法で動く人形。
自分で考えて動く『魔法道具』。
「しかし……この惨状では、血液の回収は困難ですよ」
「ちょっとこれ持っとれ」
血塗れのナイフを小悪魔に渡して、フルクスは背負っていた鎌を構えた。
一体何をするつもりだろうか。
「小悪魔よ、そのまま動くなよ」
「へ?」
フルクスは持っていた鎌を――小悪魔に向かって、振り下ろす!
思わず小悪魔が目を瞑ったと同時に、金属音が森のなかに響き渡った。
ナイフを持っていた腕が痺れる感覚。
小悪魔は恐る恐る目を開ける。
「……あれ?」
ナイフにべっとりと付着していた血液が、消え去っていた。
あれ、なんだろう、この既視感……。
「……あ、これって、『悪人』のアカディディスと戦った時と一緒……」
「お、気づいた?」
フルクスは不敵に微笑んだ。
あの時。
フルクスが『決闘祭』でアカディディスと戦った時。
フルクスの鎌を覆っていたアカディディスの血液。
それが一瞬のうちに、何事も無かったかのように綺麗さっぱり消える、ということがあった。
まさに、今起こったことはそれと同じである。
そうか。
フルクスの魔法……フルクスの鎌に埋め込まれた魔法は『血液操作』だ。
フルクスの鎌を覆っていたアカディディスの血液がいきなり消失したのは、フルクスの鎌が『血液操作』できる『魔法道具』だったから。
アカディディスが急に青ざめて倒れたのも、その魔法の仕業だ。
あれは明らかに、貧血だった。
つまり、アカディディスは知らず知らずのうちに、フルクスの鎌によって自身の血液を吸われ続けていたのだ。
アカディディスは自身の血液を固め、重たく変化させる魔法を操った。
しかしフルクスは、その血液を吸収した。
つまりそれは、アカディディスの完全上位互換……!
だからこそ、アカディディスにとってフルスクは『相性が悪かった』……!
「ワシの鎌、『黒鉄回路之鎌』は血液を回収出来る。それは撒き散らされた血液でも可能じゃ」
フルクスは唇をつり上げ、地面に鎌を突き刺した。
すると、辺りに撒き散らされていた血液が、ぞぞぞぞぞ、と地面を蠢き這うようにしてその切っ先を目指して集まってきた。
みるみるうちに地面を汚していた赤は消え、血液を完全に失った肉塊達は砂のように崩れ去った。
「す、すごいですフルクス様。こんな一瞬で……」
素直に尊敬して綺麗になった周辺を見回してから視線を戻すと、フルクスは倒れていた。
「……えー!? ちょ、ちょっとフルクス様どうしたんですか!?」
小悪魔は驚いてフルクスに駆け寄る。
「……少し、目眩が……。いくらなんでも、血液を回収しすぎたようじゃ……。『代償』を使いすぎた。あー、あー、あー、頭が痛い」
フルクスは頭を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
「ワシの血液操作は、その変動分に比例して、ワシ自身の血圧も変化するわけじゃよ。あー、きつい」
「……なるほど、高血圧ですか」
「誰が年寄りじゃ!」
「言ってません」
「あ……いかん、大きな声を出すと頭が……」
ヨロヨロとフルクスはそのまま地面に座り込む。
年寄りだった。
「……どうします? 少し休憩していきますか?」
「うむむ……いや、早めにメリーゼを見つけ出したいしのう……。ワシが休みつつ、メリーゼの捜索を続ける方法を取りたい」
「と、言いますと……?」
困ったように首を傾げる小悪魔に向け、フルクスはゆっくりと両手を広げて口を開ける。
「おんぶ!」
マジか。




