その8-2 歩こう歩こう小悪魔は元気
木々の隙間から漏れる光の道。
小悪魔とフルクスはゆっくりとした足取りで歩み続ける。
歩きつつ、小悪魔は考える。
二十年前の『大戦争』でメリーゼの母親は死んだ。
そこで小悪魔に一つ疑問が浮かぶ。
「あれ? フルスク様。メリーゼ様は人間族ですよね? その話だと、メリーゼ様は最低でも二十歳ってことになりますけど……」
とてもそうは思えない。
小悪魔は何度かメリーゼと顔を合わせたことがある……が、見た目は十代前半……多めに見積もっても十五くらいだった。
「ロリババアのフルクス様なら兎も角、人間族のメリーゼ様が二十歳ってのは、少し納得できませんが……」
「あぁ、メリーゼには昔、ワシの血を輸血したことがあるからのう」
かはは、と笑ってフルクスは言う。
「それも『大戦争』の時じゃったよ。一度、ワシ等の拠点がバレて襲撃されたことがあってのう。その時に多くの仲間が重症を負ったんじゃ。メリーゼの母親は助けられんかったけど、メリーゼはなんとか助けてやったわけ」
ロリババアの血。
それは、例え人間族のような命の短い種であっても、その血を輸血すれば何倍も寿命を伸ばすことが可能な代物だ。
とはいえ、それは当然、不死身になるということではなく、ただ単に歳をとるのが異様に遅くなるというだけである。
そして何より、その副作用として、身体の成長が完全に止まってしまう。
小悪魔的には願い下げだ。
小悪魔はスノーフィのようなナイスバディに憧れているのだ。
一生フルクスのようなチンチクリンなんてお断りである。
「小悪魔よ、ひょっとして今、物凄く失礼なことを思わんかった?」
「め、滅相もございません」
幼女鋭い。
……それはともかく、つまりメリーゼは、フルクスの血液によって若く見えているだけ、ということか。
つまりメリーゼは若く見積もっても三十代ということ……。
外見とは裏腹に大人びた受け答えをするなぁと小悪魔は普段思っていたが、そういう裏があったのならば納得である。
「そういえば小悪魔よ」
ふと思い出したようにフルクスは人差し指を立てて口を開けた。
「さっきの話……ワシがどうして『保守派』が嫌いなのかという話の続きじゃが……はい問題、『保守派』が掲げる主張を答えよ」
立てた指をビシッと小悪魔に向けてフルクスは意地悪な笑みを浮かべる。
「え、あぁ、はい。えぇと、『保守派』の主張は、『政府』は世界を守るべきである、という一言に尽きます」
大災害や未知の魔獣、それにあまりにも過激な行いをする『悪人』。
それらに対し、協力的な『悪人』や『民衆』と共に解決へと導く。
「『政府』の圧倒的な強さを持って、弱き者を助ける。それが『保守派』であり、『政府』のあるべき姿です」
「弱き者を助ける……のう。しかし、『政府』は正義のヒーローでも何でもないぞ?」
「ですから、正義のヒーローで『あるべき』だと、考えます。その強さを『世界』のために使うべきだと。強い『政府』の力を」
「あーあーあー? 強い『政府』の力?」
歩みを止めること無く、意味深な笑みを浮かべてフルクスは小悪魔に顔を向ける。
「なんか勘違いしておるのかもしれんが、『政府』の『役人』は、別に格段強い存在というわけではないぞ? 実際、あの『大戦争』でワシらの仲間も多く死んだ。さっき言った通り、メリーゼの母親もその一人じゃし」
フルクスは地面に目を落として歩き続ける。
「『政府』が圧倒的に強いという、この『世界』の現状は、ただ単に、『強い奴ら』をワシらが根こそぎ摘み取ってやったからにすぎん」
「摘み取った……」
「うむ。『大戦争』を引き起こした人間族と魔族の天辺……その下にある戦力まで、それをワシらが全部潰してやったんじゃ」
二十年前の『大戦争』。
その戦争の発端は、文化の流入が起因である。
すなわち、『道具』を作ることに優れていた人間族と、『魔法』を使うことに長けていた魔族の交流。
それぞれの天辺が、それぞれの文化を、忌み嫌った。
それは各々の文化……人間族の『道具』が魔族にとって、魔族の『魔法』が人間族にとって、とてつもない脅威として見られたからだ。
それぞれの文化を揺るがす存在として、嫌い合った。
だから相手の文化を潰そうとした。
抹消してやろうとしたのだ。
その結果が何十年も続いた『大戦争』である。
お互いが、お互いの文化を根絶やしにしようとした、とても大きな戦争。
そんなときに現れたのが、『政府』。
当時『群』と呼ばれた、『魔法道具』を使う集団。
人間族の文化と魔族の文化、『道具』と『魔法』をごちゃ混ぜにした『魔法道具』を駆使する、人間族も魔族も関係ない特異な一群。
「ワシらが制圧して、殲滅して、根絶して……『あの』『世界』を殺戮してやった。そして残ったのは……言い方は悪いが『弱い奴ら』じゃ。結果として、ワシら『政府』が相対的に強い存在として残った。それだけじゃ」
昔の『世界』を殺戮した『政府』。
そうして一度リセットされた、この『世界』。
「……だからこそ、『政府』は『世界』を守るべきなのではないですか?」
「いやいや、だからこそ、ワシらはあまり『世界』に干渉するべきではない」
皮肉な笑みを浮かべてフルクスはチラリと小悪魔に視線を送る。
「ワシに言わせれば『保守派』は過保護なんじゃよ」
「過保護……ですか」
「『保守派』の連中は『弱い奴ら』を守ろうとする。しかしそれでは『弱い奴ら』は『弱い奴ら』のままじゃろう? だから気に食わんわけ」
「…………」
……それなりに、筋の通った意見なのかもしれない。
小悪魔には何も言えなかった。
フルクスの意見に賛成するわけではないし、自身の考えを曲げるつもりもない。
しかしその意見は決して否定できることではなかったからだ。
「なんちゃって」
と、そこでフルクスは振り返り、薄っすらと瞳を細めて立ち止まった。
「そんな話をすれば納得してくれるかの?」
「へ?」
「ワシはそこまで深く考えておらんよ」
悪戯っぽく笑ってフルクスは口に手を当てた。
「……フルクス様、私をからかっているんですか」
「くっふっふ。そんなムッとした顔をするなよ。ワシは『傍観派』じゃからな。遊戯は自分でやるよりも他人がやるのを見ているのが好きなんじゃ。それも、下手っぴな奴がやるのをのう」
言いながら、フルクスは小悪魔に近寄る。
さらさらと風になびく純白の前髪から、赤く鋭い瞳が小悪魔を貫く。
「そこに上手い奴が出しゃばってきたら腹立つわけじゃよ。そんなものは面白くもなんともない。そんな遊戯は、全部無かったことにしてやりたくなったり……のう?」
残忍な微笑み。
裂けるように唇をつり上げて瞳を細める。
威圧感。
小柄であるのに、押し潰されてしまいそうな感覚。
「面白くない遊戯はリセットじゃ。『政府』に加入した理由は個々に違うが、ワシの理由はまさにそれじゃよ。あの時の『世界』はつまらんかったからのう。しかし――」
フルクスは進んでいた方向右手の茂み……その先を見つめるように顔を傾ける。
「この『世界』は少し、面白くなってきたのう」
フルクスの視線。
その奥。
少しだけ開かれた明るめの空間。
緑色の草と、乾いた茶色の土。
その上に、生々しい赤色が汚らしく撒き散らされていた。
「…………」
小悪魔は息を飲み込む。
心臓が一瞬高鳴る。
そこに散らばるのは、無残な肉塊。
それは、キュクロの使う人形。
……否、人形だったもの……!
バラバラにされた『魔法道具』。
壊された、魔法。
殺された、魔法の残骸!




