その8-1 小悪魔と幼女のピクニック
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「……遅いなぁ」
首都ルナルノルーナの中央部。
そこに建てられた『政府』の拠点である城――通称、センターブロック。
その中にある、大きな中庭。
城の中ではあるが、大きく開かれたこの場所には木々が植えられていたり、小さな川まで流れていたりする。
その一角。
大きく生えた樹の下。
そよそよと心地よい風が髪を撫でる木陰の中で、小悪魔は銀色の時計を見つめる。
フルクスと共にメリーゼを追跡することになった小悪魔。
しかしそれには準備が必要だろうということで、少しだけ時間を設け、この場所でフルクスと待ち合わせをしている。
だがしかし。
いかにも、遅い。
「…………」
準備。
キュクロの魔法を壊してしまうくらいの能力者。
もしかしたらそんな『何か』と戦闘することになってしまうかもしれない。
そのための、準備。
小悪魔のスレンダーな身体を包む黒基調の長袖長ズボン。
これは対魔法戦闘に特化した特性の戦闘服だ。
当然これも『魔法道具』であり、『触れた魔法の効力を弱体化できる』魔法が埋め込まれている。
その『代償』は『自身の魔法も弱体化されてしまう』こと……だが、今回の場合は問題ない。
もし、メリーゼが召喚したであろう『何か』と戦闘に発展してしまった場合、小悪魔の役割は直接の戦闘ではなく、フルクスのサポートにある。
……とはいえ、小悪魔は戦闘向きの能力を得意とするわけではないので、少なくとも『フルクスの邪魔にならない』ようにたち振る舞わなければならない。
そのための準備に結構時間が掛かってしまったので、ひょっとしたらフルクスとの待ち合わせに遅れてしまうかも……と思っていたが、待ち合わせの時間を過ぎてもフルクスは顔を見せなかった。
……いや、フルクスにも準備はあるはずだ。
小悪魔でさえこれだけの用意をしてきた。
戦闘に発展した場合、直接立ち向かうフルクスの準備に時間が掛かるのは当然だろう。
小悪魔以上に戦闘向きの服装や準備をしてくるはずだ。
「あー、あー、あー、すまんすまん、遅れたわい」
そこで、フルクスの飴玉を転がしたような甘い声が聞こえたので、振り向く。
小悪魔はそのフルクスの姿にギョッとした。
相変わらずの白黒基調……なのは、まぁ良いだろう。
背負った鎌も普段通りだ。
問題はその他。
これでもかと言わんばかりに可愛さを強調したフワッフワの布地とフリッフリのフリルが満載なドレス。
それに合わせたヘッドドレスまで着用している。
右手には真っ白な日傘、左手には小さなバスケット。
「持っていくお菓子をどれにしようか迷っていたら時間が掛かってしまったわい」
「……いや、ピクニックへ行くわけじゃないんですけど」
少なくとも、戦闘とは無縁な格好だった。
やる気満々だった小悪魔がなんだか恥ずかしく思えてくる。
「まぁまぁ小悪魔よ。せっかく外に出るんじゃから、楽しまんとのう」
「まぁ、気持ちは分かりますが……」
「安心するのじゃ小悪魔よ。お主のお菓子も用意してあるぞ。おやつは銅貨三枚までじゃがな!」
「……あぁそれは、どうもありがとうございます」
スノーフィから「フルクスのペースに乗せられちゃダメよ」と忠告は受けてきたが、もしかしたらすでに乗せられてしまっているのだろうか。
「……でも、なんというかフルクス様は、意外とポジティブですね」
スノーフィから依頼をされたときはあれだけ嫌がっていたのに、今のフルクスはむしろ楽しそうである。
「意外って何じゃよ。ま、嫌々やっても余計に腹立つだけじゃからな」
フルクスは腰に手を当てる。
「それに、気に食わんのは『保守派』の考え方だけじゃから」
その言葉に、少しだけ小悪魔はムッと表情を歪めた。
「気に食わないのは、どうしてですか?」
小悪魔の仕えるスノーフィが所属する『保守派』。
世界を守ろうとする、その考え方の何が気に食わないというのだろう。
「くっふっふ、怖い顔じゃのう。……まぁ、とりあえず向かわんか?」
「……分かりました」
言って、小悪魔は胸ポケットから一つの水晶玉を取り出す。
転送用の魔法が組み込まれた『魔法道具』だ。
「では、行きますよ」
「うむ」
小悪魔が水晶を手のひらに乗せると、光の渦が二人を包み込んだ。
転送の魔法は、対象者を即座に別の場所に移動させられる便利な魔法だ。
ふと、そういえばメリーゼも転送魔法を得意としていたな、と思い出す。
メリーゼが使う召喚魔法は転送魔法と非常に近い分類だ。
どちらも空間移動だからである。
とは言っても、別次元からの移動を実現できる召喚魔法の難易度は、転送魔法とは比べ物にならないほど高度ではあるが……。
そんなことを思っているうちに、光の渦は消え去り、小悪魔の目には緑色の草木が映り込んできた。
……森の中、だろうか。
先ほどまで居た中庭とは全く違う。
整備のされていない野性味溢れる森。
「キュクロ様から聞いていた座標はこの辺りですけれど……こんな場所にメリーゼ様が居たのでしょうか」
「ん、あぁ、たぶん合っておるよ。あっちの方じゃろ」
フルクスは小さな指を森の奥へ向けつつ言った。
どこか手慣れた様子である。
「……フルクス様、ここに来たことでもあるんですか?」
「うむ。近くにメリーゼの隠れ家があるはずじゃ」
なぜそんなことが分かるのだろうか……。
否、フルクスは知っているのか。
フルクスは、この場所を知っている。
そういえば先刻、キュクロはフルクスに対し、どこか意味ありげな目線を送りつつメリーゼについて言葉を交わしていた。
「フルクス様はメリーゼ様と仲が良いんですか?」
「というか、メリーゼの母親と旧知の仲なんじゃよ」
「メリーゼ様のお母様……ですか……」
真っ先にフルクスの実年齢が気になった。
……まぁ、魔族は種によって寿命もバラバラだったりするが……。
それはともかく、フルクスとメリーゼにはそういう繋がりがあったようだ。
キュクロはそれを知っていたのだろう。
ならばあの時キュクロがメリーゼに向けた視線はどういった意味を孕んでいたのだろう。
メリーゼの母親と旧知……ということは、その娘であるメリーゼとも仲が良いと考えるのが妥当だろう。
その前提で考えた時、『先読み』がフルクスを今回のミッションに指名したのは、本当に正解なのか……?
果たして、『先読み』やスノーフィは、フルクスとメリーゼの関係を知っていたのか……?
どこか言葉にし難い、言い知れぬ不安。
ぐらぁり、と平衡感覚を失っていくような感覚……。
「まぁ、と言っても」
と、小悪魔の思考を遮るように、フルクスは口を開けた。
そして先ほど指さした方に身体を向けて呟くように言葉を出す。
「メリーゼの母親は『大戦争』で死んでしまったがのう」




