その7-7 『悪人』『再結晶』 ザクザクザク
グデっとカウンターに上半身をくっつけていた黒瀬は、アルマのそんな言葉を聞いて、即座にブラックナイフを手に取り――アルマの胸目掛け、突き刺す!
耳をつんざくようなビリビリとした鋭い金属音が店中に響き渡った。
黒瀬の一撃。
それを、アルマは先ほど説明に使っていた白色の剣で受け止めた!
「手癖が悪いねお客さん」
「そりゃあどうも、ありがとうっす」
言いつつ、黒瀬は新たなナイフを取り出そうと左手をダボ服の下に手を伸ばす。
だが、その動作と連動するように、アルマも片手を――振りかぶる。
その先には、説明で使ったもう一つの黒い剣。
まずい。
先ほどの説明でいけば、あの白い剣と黒い剣は、『物体を斬りつけた時に炎を発生させる』という魔法が埋め込まれた『魔法道具』だ。
それがどれほどの炎なのかは分からない。
だが、それを実際に受けて確認するというのは、とてもじゃないがリスクが大きすぎる。
最低でもアルマとの間合いを取るべきだ。
この至近距離で、黒瀬に戦闘を行わせるわけにはいかない。
咄嗟に、加賀は先ほどアルマが説明で使用していた紙を目眩ましのつもりで宙に巻き上げつつ――黒瀬の懐に飛び込む!
「んみゃあ!」
黒瀬が間抜けな声を上げたと同時に、加賀の背後を鋭い風が吹き抜けた。
直後。
鈍い空気の震える音とともに室内が一瞬だけ明るくなり、そして肌を焼ききるような熱風がゴオゥッと吹き荒れた。
床に転がった加賀と黒瀬だが、二人共すぐに体勢を整え、アルマに向き直る。
見えたのは、左手に持つ黒い剣を振り切ったアルマと、宙に舞う灰だった。
加賀が巻き上げた紙が、アルマの斬撃によって燃やされたのだ。
「もー加賀先輩、デリケートな女の子のお腹にストライクかまさないで欲しいっす。あれ避けなきゃいけないことくらい、私でも分かるっすよ」
「……そうかい」
それは頭の中では分かっている。
あれくらいなら黒瀬は自分で避ける。
ならばどうして身体が動いてしまったのだろうか。
いや、今はそんなことよりも……。
「アルマちゃんが、この街の『悪人』なのか?」
アルマは両手に持った黒と白の剣を持ったまま、カウンターから離れつつ不敵に微笑む。
「そだよ。この街、ブロークンブレイクを取り締まる『悪人』。それが私、アルマ。この『魔法道具』屋の店長で、しかも鍛冶師である私。ちなみに二つ名は『再結晶』ね」
「……それは格好良い二つ名だな」
なんだろう、『悪人』にはそういうミドルネーム的な制度でもあるのだろうか。
「というかお客さん。『悪人』と決闘するのなら、事前申込みしないとダメなんだけどね」
「あ、そうなの?」
拍子抜けした。
なんだその事務的な対応。
「私としては出直してきてもらいたいのだけど」
言いつつも、アルマは両手に持った剣を構える。
挑戦は受けるといった様子だ。
さてどうするか、と黒瀬をチラリと見る。
「おっしゃー! 加賀先輩! ぶっ殺すっす! 炎の剣なんて当たらなけりゃ怖くないっす! 私の投擲でノックアウトかましてやるっす!」
なんかやる気満々だった。
仕方がない、付き合ってやるか。
「…………」
……と、普段ならばそう判断するだろう。
今は少し、状況が悪い。
「黒瀬後輩、今はやめておこう」
「はああああ?」
鬼のような形相で睨まれた。
「加賀先輩何言ってんすか? じゃあいつ殺るんすか! 今っす!」
「場所が不利すぎんだろーが」
敵のホームだということもあるが、それよりも、ここには見える範囲だけでも大量の『魔法道具』が揃えられている、というのが一番の問題だ。
ここにある『魔法道具』は全てアルマが作ったと言っていた。
それはつまり、この全ての『魔法道具』を、アルマは使いこなせるということだろう。
加賀や黒瀬が『魔法道具』を扱えるならまだしも、これはあまりにも不利な状況である。
そんな加賀の考えを読み取ったのか、黒瀬は睨みつけていた視線を加賀から逸らす。
「……ッチ」
そして舌打ちされた。
「分かったっすよ。ぶー」
黒瀬は頬を膨らませつつ手に持っていたナイフをダボ服の中に仕舞う。
そしてアルマに向かってビシッと指さした。
「次はぶっ殺すっす!」
そんな捨て台詞を吐いて黒瀬は勝手に店から出て行ってしまった。
やれやれ、と思ってアルマを見ると、彼女もまたどこかホッとしたように二つの剣をカウンターの上に戻していた。
「いやー、引いてくれてよかったよ。ここで暴れられたら私の作品がメッチャクチャになっちゃうからね。まったく、お客さん達には驚かされっぱなしだね。あーもう、白い方の剣、傷ついちゃってるよ」
「……あー、その、ごめん。弁償した方がいいよな」
「お客さん、お金持ってないんでしょ?」
「えぇと、うん」
…………。
とんでもなく気まずかった。
「うーん……お客さん、『悪人』を……この私を倒しに来たんだよね。それなら……」
テコテコとアルマは加賀の近くに寄ってくる。
「明日、改めて挑戦を受けてあげるよ。お客さん達が勝てば、私は『悪人』の座を譲らないといけないから、お客さんたちに弁償を要求できる立場じゃなくなる。それで、逆に私が勝ったら、このお店で働いて借金返上してもらう、とかどう?」
……それは、悪くない話……というか、こちらにデメリットが無い話だ。
そこで加賀に一つの疑問が浮かぶ。
「アルマちゃん、その勝ち負けってのは、どうやって決まるんだ?」
倒す、という言葉はあまりにも曖昧だ。
黒瀬の場合は確実にその言葉を『殺す』というニュアンスで使っているのだろうが……。
「んまぁ、『参った』と言ったら負けかな? 当然、死んだらそれで負けだけどね。私は『悪人』やってるから、いつでも殺される覚悟は持ってるけどね。殺し合いの方が分かりやすいっていうなら、それでも構わないよ」
「……考えておくよ」
黒瀬が居る以上、どうしても殺し合いになってしまうだろうが……。
「ところでお客さんの名前は……加賀って言ってたっけ?」
「あぁ、僕は加賀。もう一人の方は黒瀬だよ」
「ん、分かったよ。んじゃあ明日、決闘ね。場所は……この街の中心に大きめの広場があるからそこにしようか。また明日この店に来てくれればそこまで一緒に案内するよ」
なんだか遊びに行く約束をしているような軽さだった。
加賀が思っているより、『悪人』というのは、かなり『ゆるい』制度なのだろうか。
「んじゃ、今日と同じ時間に待ってるからね」
白い歯を見せてアルマは加賀に手を振った。
「わかったよアルマちゃん。じゃ、明日」
「……あぁそうそう、これ完全に言いそびれてたんだけどね?」
店から出ようとした加賀に、アルマは待ったをかけた。
何だろうと思い振り返ったところで、アルマにゴニョゴニョと耳打ちされた。
「…………へー」
とんでもない情報を聞かされてしまった。
「んじゃ、またのご来店お待ちしてるかなー」
と、再び爽やかな笑顔を見せるアルマに見送られながら、加賀は木製の扉を開けて店を後にする。
外に出て石段を降りると、膝を折りたたんで座る黒瀬が、一心不乱にナイフで地面を突き刺している姿が目に映った。
ザク。
ザクザク。
ザクザクザク。
「…………」
完全に精神を病んでいる人だった。
「……黒瀬後輩?」
「あぁ? なんすか加賀先輩。何見てんすか? 文句あるんすか?」
ヤンキーモードだった。
怖い。
「……黒瀬後輩に残念なお知らせがあるぞ」
「はぁ?」
加賀は黒瀬に耳打ちする。
「そのダボ服。パジャマなんだってさ」
黒瀬は目を丸くした。




