その7-6 黒瀬のナイフは良いナイフ
「ピコーン! めっちゃ賢いこと閃いたっす」
唐突に黒瀬はそう言って人差し指を立てた。
自分で「ピコーン」とか言っているあたり、全く賢そうではない。
黒瀬はダボ服の中に手を忍ばせ、そこからクルクルと器用に回転させつつ一本のナイフを取り出して――ダンッ、と木製のカウンターに叩きつけた。
歪に波打った黒く輝く鋭い刃。
その刃は黒瀬の肘下とほぼ同じくらいに大きい。
「…………」
加賀から見た感じ、黒瀬にとってナイフは消耗品だ。
それこそ使い捨てのように、投擲してそのままであることが常である。
そしてあまりナイフに拘っている様子も見られない。
敢えて言うなら、投げやすいかどうか、だろうか。
だがしかし、そこには例外が一本だけ存在する。
それがこのブラックナイフ。
これだけは決して投擲武器として扱わない。
一度の戦闘でナイフを使いきってしまったとき、最後の最後で黒瀬が使う最終武器。
そのナイフから手を離し、黒瀬は言う。
「これ、『魔法道具』に出来るっすか?」
そんな黒瀬の言葉で、加賀に一つの疑問が浮かび上がる。
「ん、アルマちゃん、『魔法道具』って、後付で魔法が掛けられるものなのか? 最初から『魔法道具』として作るもんだと思ってたけど」
「後付も可能だね。んまぁ、それが埋め込まれる魔法に耐えられる素材ならいけるよ。ただ、上書きは出来ないけどね。ちょっとこのナイフ見せてもらうねー」
アルマは言いつつ、黒瀬のブラックナイフを手に取る。
たちまちアルマの唇がニンマリと歪んだ。
「え、え、え、なにこのナイフすっごいね。ぐ、グリップが、グリップが! て、て、手に馴染むよこれ! 握った手から全身に電流が走って、き、き、気持ちいい!」
ビクンッ、とアルマは全身を震わせる。
「そして見てよこの黒々としたナイスフォルムと抜群の硬度! えーこれどうしたらこんな材質でスマートな曲線描けるわけ? あー、これヤバいヤバい。ちょ、ちょっとだけ、な、舐めたくなっちゃった……」
ハァ、ハァ、とアルマは息を荒らげてナイフの切っ先に小さな舌を近づける。
「……あの、返してもらえるっすか?」
「おぉ、珍しく黒瀬後輩がドン引きしている」
貴重なワンショットだった。
アルマはハッと我に返るようにして、垂らしていたヨダレをぬぐい取る。
「いやいや、ごめんごめん。あまりにも素敵なナイフすぎてつい」
言って、アルマはナイフをカウンターの上に戻した。
加賀の仕込み傘ならともかく、黒瀬のブラックナイフは言うほど変態武器でも無いと思うが……。
少し変わった武器なら何でも興奮するのかもしれない。
「んで、どうなんすか? このナイフ、『魔法道具』に出来るんすか? ナイフからビーム出して敵を大爆発とかさせたいっす!」
発想が小学生だった。
「んまぁ、魔法を埋め込むこと自体は出来ると思うよ。だけど当然、その代金は頂くよ?」
「うへー、ケチンボっすね!」
「いやいや、商売だからね」
ムフン、とアルマは腕を組む。
「というかそもそも、さっきも言ったけど『代償』が必要だから、ビームとかは厳しいと思うよ? 最初はもっと軽いのにしたほうが良いかもね」
「えー、例えばどんなんっすか?」
「『なんだか持ってると少し温かい』魔法とかかな?」
「そりゃただのカイロじゃねーっすか……」
と呟くように言って黒瀬はカウンターの上にベターっと張り付く。
そう簡単に魔法が使えるわけではないと知って意気消沈してしまったか。
……まぁ、それくらいで丁度良いだろう……と加賀は思う。
近距離での戦闘面、中距離でのナイフ投擲で驚異的な実力を誇る黒瀬が、ビームみたいな遠距離魔法を使えてしまったら、もう誰の手にも負えない。
黒瀬TUEE状態である。
「いやぁ、それにしても」
と、アルマはニッコリと両手を合わせる。
「お客さんたち、どちらも良い武器持ってるねぇ。こんな素敵な気分は久しぶりだよ。お客さん達、異世界から来たって言ってたけど、一体何者なのかな?」
「…………」
メリーゼのときはともかく、殺し屋だとか殺人鬼だとか……そういう正体をここで明かす必要は皆無だ。
だから加賀はチラリ、と黒瀬に目配せをする。
余計なことを口走るなよ、という意味だ。
その視線に黒瀬も気付いたようで、加賀に向かって少しだけ微笑んだ。
……本当に分かっているのか心配だったが、構わず加賀は口を開ける。
「いやぁ、僕たちは何かの間違いで召喚された、何の変哲もない、ただの一般人だよ」
「そうっすよ! 私達はただ『悪人』をぶっ殺しに来ただけの一般人っす!」
この上なく余計なことを口走った。
当人は「上出来でしょ?」と言わんばかりにドヤ顔をキメている。
……自覚がないだけ質が悪い。
「おやおや、お客さんたち。この街の『悪人』を倒しに来たの?」
アルマは目を丸くして言った。
倒そうとしている『悪人』の情報収集をするなら、それは出来る限り隠しておきたかったのだが……。
「うーん、でも、お客さんたちには無理じゃないかな?」
少しだけ困ったような表情をしつつ、アルマは腰に手を当てる。
「んー? どうしてっすかー?」
アルマの言葉に対し、黒瀬は若干不機嫌そうな声音で返しつつ、カウンターに張り付いたままアルマに顔を向けた。
「私は鍛冶師だからさ、目利きは鋭い方なんだよね」
アルマはクリクリとした瞳を細め、不敵に唇を歪める。
「お客さんたちじゃあ、この私は倒せないよ?」




