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その7-1 大切な『もの』と分からない『もの』

*******************************


 加賀と黒瀬は街を目指し、メリーゼの隠れ家を後にして山道を下る。

「うーん、加賀先輩。やっぱりこの服、大きすぎたかもしんないっす」

 黒瀬はメリーゼに借りた部屋着のままだったので、家の中を物色して外出用っぽい服装を見繕った。

 ……と言ってもそれは、スウェットのような、淡いピンク色をしたダボダボの服である。

 他にもかなり探し回っていたようだが、結局ピッタリサイズの服は見つけられなかったらしい。

 ちなみに、黒瀬の制服は洗濯され、隠れ家の外に干しっぱなしだ。

「これ、油断するとブラジャー見えちゃうっすよ。どうっすか? 加賀先輩、ブラジャー見えないっすか?」

 黒瀬は後ろ向きに歩きながらダボダボの上着をパタパタとしきりに動かす。

「……知らねえよ」

 チラッと見えたような気がしたが見なかったふりをした。

 加賀は紳士なのだ。

「いやー、ダボダボ服はともかく、外はポカポカ陽気で良かったっす。暑いのには強いっすけど、寒いのは超苦手っすから」

 黒瀬に言われて気がついたが、この世界……少なくとも加賀と黒瀬が居る地域は、四季でいうところの春に近い空気が感じられる。

「つーか、私、あんまりオシャレとか気にしない方っすけど、それにしたってメリーゼちゃんのラインナップは酷かったっすよ。これが一番マシだったっす」

「……というか黒瀬後輩、メリーゼちゃんまだ息があったけど、トドメ刺さなくて良かったのか?」

「んー、ほっときゃあ死ぬっすよ」

「さらっと冷酷なこと言うよな……」

「温厚な人殺しが居るっすか?」

 そんな会話をしつつ山を下ること三十分程度。

 山の茂みを抜けると、一面に緑色の畑が広がっており、その向こうに複数の民家が見えた。

 黒瀬言うところの中世ヨーロッパの街。

「結構、時間かかったな」

「そっすねぇ。まぁ、ずっと下り道だったから良かったっす。でも帰りは登りだからもっと大変っすね」

「……ん?」

 帰り……って何だろう。

「えぇと、いや、またメリーゼちゃんの隠れ家に帰るつもりなのか?」

「そりゃそうっすよ。だって、私の制服干したままっすもん」

「……へぇ」

 自分が殺した死体のある場所へ、服のためだけに帰ろうとか思う黒瀬の神経は、やはりそこそこイカれている。

 てっきり別の場所に拠点を作るものだとばかり考えていたが……。

「道標も何も置いてこなかったし、戻るのは大変だぜ?」

「えー、でもー、加賀先輩に買ってもらった制服っすから、捨てたくないんすもん」

「……ふぅん」

 なんだろう、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 ……いやいや、気のせいだろう。

 黒瀬が普段着として使っている紺色の制服は、加賀が以前、依頼の都合で黒瀬に買ってあげたものである。

 黒瀬は高校に通っていなかった……というか、聞くところによると学校と名のつく場所に通ったことが無いらしい。

 だから、制服というのが珍しくていつも着ていると思っていたが……。

「んんん? 加賀先輩どうしたっすか? 照れてるんすか?」

「……なんでだよ」

「んふふ~、加賀先輩は~、私にお熱~」

 なんだこいつ。

 黒瀬は奇妙な鼻歌を歌いつつ、両手を後ろで組んでふらふらと街に向かって前へ進んだ。

「…………」

 加賀には、黒瀬の考えていることが分からない。

「なぁ、黒瀬後輩」

 そこでふと、聞いてみたくなった。

 前々から疑問だったこと。

「黒瀬後輩は、僕を殺さないのか?」

 もちろん、簡単に殺されるつもりなどは無い。

 力量はおそらく均等だろう。

 差異があるとすれば、その行為に躊躇いを感じるか否か。

「んー?」

 黒瀬が振り向くと同時に、ヒュン、と加賀の左頬を風がすり抜けた。

 ハラリ、と数本の髪が切れるのを感じた。

 ……早い。

 黒瀬が放つノーモーションのナイフ投擲は、加賀でもその瞬間を捉えるのが難しい。

「加賀先輩は、私に殺されたいんすか?」

 柔和な笑みを浮かべて黒瀬は言う。

 ゆるりと結んだ二つのおさげを、ふわりと風になびかせる。

「くふふふふ、加賀先輩は殺さないっすよ。加賀先輩と殺りあうのは、絶対に楽しいと思うっすけどね」

 白い歯を見せて黒瀬は加賀に近づく。

 緩やかな風を帯びて、黒瀬は加賀の顔を覗き込むように見つめる。

「んまぁ、この異世界に飽きるまでは、加賀先輩と殺りあうつもりは無いっすよ。あ、加賀先輩がどうしても私と殺りたいっていうなら別っすけどね」

 スウェットの下から、その小さな身体に不釣合いの大きなナイフを取り出して、ゆっくりと加賀の胸元にナイフの腹を押し付ける。

 硬くて重たい力が、加賀の胸を圧迫する。

 重たい。

 それは、とても重たく感じた。

「でもとりあえずは、『悪人』とかいう奴らを、『政府』とかいう組織を、弱肉強食とかいうこの『世界』を、グッチャグチャのメッチャクチャに殺戮してやりたいっすね」

 にひひ、と黒瀬は無邪気に微笑み、クルクルと器用にナイフを回転させてダボ服の中へと仕舞いこんだ。

 止めどなく溢れる黒瀬の殺戮衝動。

 それは一体どこから来るのだろう。

 殺戮衝動が、どうして加賀に向けられないのか。

 それは本当に、『とりあえずこの世界を殺戮したいから』なのか?

 その程度の理由で、加賀を殺さないでいられるものなのか?

 黒瀬とした約束の件も、分からない。

『僕と一緒の時以外は殺さない。一緒の時でもなるべく我慢する』

 その約束を黒瀬が守ってくれる、その理由。 それも、殺戮衝動に反しているではないか。

 矛盾。

 黒瀬の心は、あまりにも複雑すぎる。

 やっぱり加賀には、黒瀬の考えていることが、分からない。

 いや、それは『分からない』のではなく、『分かりたくない』だけなのかもしれない。

 黒瀬の中身を……その闇を、すべて受け止められる自信が無いから。

 それを、紐解きたくない。

 三年。

 加賀と黒瀬は三年の付き合いになる。

 それでも未だ、黒瀬という後輩について、加賀は何も知らないのだ。

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